3話
ナルが地べたに向かい合って座り込むと、目の前に座っている店員はナルの様子を舐め回すように観察し始めた。
そんな目線に居心地の悪さを感じつつも、この勝負に挑むことに決めたナルは脳内で作戦を立て始める。
(この店員さん、さっきは大量のスキップを同時出しすることで一気に上がってましたね。ラキネード姉様と似たような必殺技の持ち主でしょうか)
第6王女であるラキネードは、好きなタイミングでドロー4を引くことができるという必殺技の持ち主である。
ナルとは一番年が近いということで、ナルが小さい頃、つまりまだ将来に期待されていた頃は、ナルのMANAの教育係&対戦相手であった。
ナルの頭には、妹であろうと容赦せず必殺技でフルボッコにする姉の姿しか思い浮かばないが。
ともあれ、ナルが一番戦った相手がラキネード第6王女であることは確かである。得意カードを好きなタイミングで引くことのできるMANAプレイヤーの存在は、ナルの最もよく知るところであった。
(このお姉さんは、さしずめスキップカードを自在に操る事ができるのでしょうか)
そんなことを考えながら、ナルが最初にしたことはというと、その場にあったMANAカードを全て表向きにひっくり返した上で順番通りに並べ替える作業だった。
「おや、なにしてるんだ?」
「カードが108枚全部揃っているかの確認ですよ。もし足りないカードがあるようだったら、作戦を変える必要がありますからね」
「ふーん、なるほどね。全部揃っていると思うけれど、まあその真剣さは嫌いじゃないかな」
ナルは黙々とたくさんのカードを並べる。当然というかなんというか、MANAのルールに定められた通りの108枚のカードがそこにあった。
数字カード0 各色1枚ずつ。
数字カード1~9 記号カードのスキップ、リバース、ドロー2 各色2枚ずつ
ワイルド ワイルドドロー4 4枚ずつ
スキップカードだけが群を抜いて多いとか、足りないカードがあるとか、そういった小細工はないみたいだ。
条件は同じ。そのことを確認したナルは108枚のカードを一つの束にまとめると、真剣な顔でシャッフルを始めるのだった。
「それじゃあ、カットをお願いします。」
「あいよ」
シャッフルを終えたナルは、重ねられたカードをお姉さんに手渡す。お姉さんはというと、慣れた手つきでカードの上半分と下半分を交換することでカットを終わらせた。
「配りますね」
ナルはそう言うと、お姉さんから返されたカードを7枚ずつ配る。完全な無作為であり、ここにお姉さんの必殺技を関与させるスキはなさそうだ。
(私がひく分には大丈夫。問題はMANAが始まってからの山札……)
「おー、ありがとさん。それじゃあ始めるとするか!」
お姉さんはあくまで明るく抜けるような声を発し、ナルは小さくこくんと頷く。そしてお互いに配られた7枚の手札を確認し、ここにMANAがスタートした。
(最初の手札は……土の2 炎の4 水の4 水の5 風の9 土のドロー2 ワイルド ですか)
まずまず。自分の手札を見たナルの最初の感想はそれであった。
4のペアに土のドロー2、ワイルドがカギとなる。この3つを使うタイミングによって、戦況や結果はガラリと変わるはずだ。
特に大事なのはドロー2。周りの人が勝手に呼んでいるだけとはいえ、『還らぬドロー2』の異名を持つ彼女のことだ。初手に入った土のドロー2の使い方に関して、脳内でいくつものパターンを導き出す。
ワイルドとの組み合わせ。ドロー2返し用への保管、初手ドロー2による撹乱……いろいろな可能性を生み出しておく。
「それじゃあめくります……水の3ですね」
この間僅かに2秒。一通りの戦略を練り終わったナルが、山札の一番上のカードを裏返して横においた。
対する店員は、まずは同じ水のカードを置き、その上に同じ数字のカードを重ねる。
「水の8土の8だ」
(いきなりの2枚出しですか)
MANAにおいては、数字か記号が同じならば何枚でも同時に出して良いと定められている。スキップ5枚同時出しは流石に極端だが、2枚出し、3枚出しは普通の勝負でもよく見られる光景である。
残り1枚のときにはMANAと宣言しないことをいけないことを考えると、複数枚同時出しで上がるのはMANAの基本と言っても過言ではない。
(そのペアをいきなり捨てるということは……なかなかいいカードの組み合わせが来たんですかね?)
相手の手札がどのようなものか考えながら、手札のどのカードを捨てるか選択するナル。とはいっても悩むほどの選択の余地はないようで、すぐさま手札の右端のカードを摘んで場に送り出した。
「土の2です」
特に深い意味はない、孤立しているカードからさっさと処理するのがナルの平素のスタンスである。
相手の店員はというと、ふーん、と呟いてからとんでもないカードを送り込んできた。
「ワイルドドロー4、風だ」
(へ、ここでワイルドドロー4?)
誰もが認めるMANAの最強カード『ワイルドドロー4』
場を支配する色が何であろうと出すことができ、相手に4枚のカードを引かせた上で相手の手順を飛ばして、さらに場を支配する色を好きなものに指定できる。回避するには同じくワイルドドロー4をぶつけるしかない。
ナルの知る限り、2ターン目で出てくるような代物ではない。戦いも終盤になろうかというころ、ここぞというシーンでの切り札としてとっておくのが普通である。
「どうした、ポカーンって顔してさ。ほらほら、4枚引けよ」
「いえ、そんな急かさないでください」
腑に落ちない気持ちを抱えながらも、ナルは山札から4枚のカードを引いて自分の手札に加えた。
(土の0に風のリバース 炎の9 ……あ、ワイルドドロー4がこちらにも来ましたか)
ナルの手札は10枚まで増えたが、使える武器も増えている。土のドロー2にワイルドドロー4、相手の手札だって残り4枚もあることを考えると、まだまだ逆転のチャンスは十分に残されている。
ナルが4枚のカードを引いたことを確認すると、店員は適当に風の3を場においた。
(相手の手札は3枚で……いや、まだドロー2は使えませんね)
普段だったらナルもそろそろドロー2を消費する頃なのだが、今回はまだ使わない。
今のナルには、ここで土のドロー2をだしても返されるだろうという、確信めいたものがあった。
『還らぬドロー2』の異名を持つ者としての直感……ではない。ほんのちょっとしたイカサマだ。
(相手の手札は1枚ひっくり返っています。あれはドロー2かワイルドドロー4でしょう)
実はさっき、108枚のカードを確認したときにナルは『ドロー2』8枚と『ワイルドドロー4』4枚だけを、上下ひっくり返した状態で山札にしていた。
MANAカードには上下という概念があり、それはカード表面からも裏面からも確認できる。
相手の手札の中にひっくり返ったカードがある。それはすなわち、相手がドロー2かドロー4を持っているということにほかならなかった。
(逆に言えば、あのカードを出した時に返しさえすれば、確実に相手の手札を増やせますね)
店員の手札にひっくり返ったカードは1枚しかない。それさえ処理してもらえば、ナルの一方的な攻撃が可能だ。
「風のリバースです」
「風の1だ」
「風の9です」
「風のドロー2」
思い通りに進んでいき、思わずにやけそうになる表情を必死に抑えるナル。
「土のドロー2です」
(これで相手の手札は5枚、反撃の開始です)
しかし、そう思っていたナルに対する店員の行動は予想していないものであった。
店員はまるでナルが何を出すかを知っていたかのように山札に手を伸ばすと、カードを2枚だけ引いたのである。
明らかなルール違反とも取れる行為に、ナルはすぐさま文句を言い始める。
「ちょっとお姉さん! ドロー2が2枚重なってるんですから、4枚引いてください!」
「誰がドロー2で引いたって言ったんだ? これは……手札に記号カードしかないから2枚引いたまでだ」
「な、な……」
「思い出してみろ、さっきの私は残り1枚だったけどMANAって言わなかっただろ? 次のターンじゃ上がれないってわかってたのさ」
(それが本当なら、残り2枚の時点で、『まだ見ぬ記号カード』と『風のドロー2』で既に手札には記号カードしかなかったはず! なぜその時点で2枚引かなかった……!)
しかし、ナル自らが場においた土のドロー2を見るや、ナルはこの店員さんの目的を理解する。
(私からドロー2を奪うため! そして、山札から新たなドロー系カードを引いてくることに一縷の望みを託したのですか!?)
ナルは、店員が引いてきた2枚のカードをこわごわと見てみる。もし両方共にひっくり返っているようなら、ナルが今までに立ててきた戦略が全て破壊されるのだ。
普通に考えればその可能性は限りなく低いが、なにせ先ほどスキップ5枚同時出しを見せた店員である。その程度の確率は笑って掴み取るようなイメージが、ナルの頭のなかに植え付けられていた。
(ひっくり返ったカードは……1枚!)
店員の手札は3枚、その中でひっくり返ったカードは1枚だけであった。
ナルの戦略は完全には壊れていない。ナルの手札にはワイルドドロー4があり、1枚返された程度なら、まだ保険が残っている。
ナルは落ち着くために深く息を吸い込み、吐き出す。そして相手が出してくるであろうドロー系カードが何なのか確認すべく、場札に目線を向けた。
「悪いな。炎のドロー2返しだ」
「いえいえ、ワイルドドロー4返しの水です」
この世界の一般的なMANAのルールでは、ドロー2にワイルドドロー4をかぶせることは可能だ。ただしその逆はできないが。
MANAにおいてワイルドドロー4が最強と呼ばれる由縁である。
場に重ねられた、3枚のドロー2に1枚のドロー4。合計すると10枚ドローという、滅多に見ない爆弾となって、ナルから店員に送られた。
(これで相手の手札は12枚になります。私の手札は7枚、これは長い戦いになりそうですね)
しかし、そんなナルの予想は、またしても店員の手によって裏切られる。
「ワイルドドロー4返しでMANA、これで14枚かぁ。炎」
(な、なぜ!? 今の相手にはひっくり返ったカードはなかったはず!)
パニックに陥るも、ナルの手札には既にワイルドドロー4はない。
必然、打てる手のないナルは、山札から14枚のカードを引いてこなければならなかった。
(土の3、炎のスキップ、ワイルドドロー4……逆さまにしておくイカサマが、もうバレたんでしょうか……あれ、またワイルドドロー4、これで5枚目……え?)
「引き終わったか。炎の0、あっがりぃ!」
全部で4枚のはずのワイルドドロー4が5枚ある。そんなあり得ない結論に達したナルは、そのトリックを求めて場札を漁る。
(な、ない! 序盤に相手が出したはずのワイルドドロー4が……炎の7にすり替わっている!)
黄泉帰り
「いやあ、残念だったなお嬢ちゃん」
「……再戦を申し入れてもよろしいでしょうか?」
「おう、いいぜ♪ 500ゴールドな♪」
ナルの頭のなかには、額縁のことなどとうに消え去っていた。
この人の正体が知りたい。そして。
(この人の必殺技……もしかしたら、偽物かもしれない……)
店員が持っている必殺技が、本当にナルの知っている必殺技なのか。それとも別の何かなのかを見極めたい。
そんな考えを持ちながら、ナルは再び108枚のカードをシャッフルし始めた。