2話
セオーリ王国の城下町にて。
賭博場を出てから、立ち並ぶ店の前を目的もなくぶらつく一人の少女の姿があった。
かなり栄えている国のバザールだ。周囲を見渡せば人ばかり。そんな騒々しい環境の中で少女は独り言をつぶやくも、周りの人は誰も彼女に注目することはない。
「今日の戦利は5000ゴールドでしたね……まあ悪くないです」
そんなことを言うものの、彼女の顔に喜びの感情は浮かんでこない。むしろ、たった5000ゴールドしか手に入れることのできない自分自身に対していいようのないいらだちを感じているみたいだ。
彼女の名前はナル。この国の第7王女……一応のところは。
血縁的には王女であるのだが、立場的には王女として扱われていないようなものだ。そもそも第6王女までは国民の間にも広く認知されているのに対して、第7王女であるナルだけは、存在自体があまり知られていない。
「いってえな、おい気をつけろ」
「あっ、すみません」
たとえ人混みの中ででぶつかったとしても、この程度の対応をされる始末である。
これがナルの姉であったなら、ぶつかった側が顔面を蒼白させて平謝りしていたのかもしれないが。
ナル自身は気品も何も漂わせない、どこにでもいそうな少女でしかなかった。そのことは、ナル本人が最もよく理解しているのだ。
「お姉さまたち、今頃はパーティでも楽しんでいるんですかね……私も参加したかったです……」
別にナル自身、こうなることを望んでいたわけではない。王女という肩書が嫌だからこんな生活を送っているわけではない。
むしろ真逆だ。王女でありながら、誰よりも王女というものに憧れている女の子、それがナルという少女なのである。
「ああ、そういえばドリー姉様から額縁を買ってくるよう頼まれていたのでしたっけ」
本来であれば城の中にいる使用人に頼むべきようなお遣いを、わざわざ末っ子であるナルに頼む辺りに、王族のナルに対する扱いが現れていた。
第7王女のナル、立場上は王女であるが、城の中に居ながらにして、他の王女との扱いの差は酷いものがあった。
まず、ほとんど親に会うことができない。
食事する場所も献立も違う。
着せられる服は庶民の服に毛が生えたようなランクのもの。
付いているお世話係なぞいない。
パーティーなどのイベントに参加するなんて夢のまた夢。
他の姉からの扱いは、使用人と同じレベル。
周りの人も、それを止めてはくれない。
「王女としての価値が無いからって、ここまで扱いに差をつけますかね……いっそ追い出してくれればこっちとしてもせいせいしますのに」
バザールで額縁を探してキョロキョロする姿を見て、誰がこの国の王女だと気づくことができるだろうか。
近くに額縁がないようなので、ナルはバザールを回りながらどこに額縁があるのかを探し始めるのだった。
探し始めてから10分ちょっとが経過しただろうか。なんだかんだ言いながら、ナルもこのバザールの雰囲気を少し楽しんでいた。
外国から来たという美しい色合いのネックレス、どうやって作ったのかが不思議なぐらい精巧なガラス細工。
思わず目移りしてしまう商品の数々を眺めながら、結局買わないで次の店に進む。
目的のものはなかなか見つからないものの、時として思わぬものが売られていることもあり、見ているだけでもそれなりに楽しめるのだろう。カラフルなヘビ革を見たときだけは少し嫌そうな顔をしていたが、王族のパーティに参加できないことへの苛立ちは少しだけ鎮められたようだ。
そんな時に、ナルの目にとあるものが留まった。
(お、あの額縁なんか良さそうですね。なんだか見てると落ち着きます……ドリー姉様とか関係なく欲しいですね)
売り物としておいてあった1枚の額縁に、ナルの心が吸い寄せられていく。
四角い額縁の4辺を、それぞれ赤色、青色、緑色、黄色で塗り分けたような額縁。普通の人が見たならば、なんだか変な額縁だなあとしか思えない。
しかもその出店には、それ1枚しか商品がおいていない。この額縁に価値を見出す人はこのバザールにはほとんどいないみたいで、誰も彼もが店の前を素通りしていった。
しかしながら、その配色はナルの心をガッチリと掴む。知らず知らずのうちに、彼女はその出店の主に声をかけることを決心していた。
「あの、すみません……」
出店の近くによって、そこにいる人に声をかけたときである。
「おう、ちょっとあとにしてくれや! 風の4!」
「風の7、MANAよ!」
(?? あれ、この人達はなんでこんなところでMANAをやっているんでしょう?)
ナルの目には、出店の主と思われる人が、1体1のMANAをやっている姿が映っていた。
目を疑う……というほどではないが、およそこの場にそぐわない状況であることは確かだ。ともすれば店番をほっぽりだして娯楽に興じているようにしか見えない。
ナルも疑問に思ったが、とりあえずはそのMANAをが終わるのを待つことに決めたようで、こっそりと手札を盗み見つつ勝負の行方を見学し始めた。
(ふむ……この人はお客さんですかね。手札は 炎の6だけですか)
先ほどMANAを宣言した、身分の高そうなおばさんは、ニヤニヤした目で店員を見つめている。
場に出ているのは『風の7』 このままではおばさんも上がることはできないが、相手の出した札次第では次のターンで上がれるのかもしれない。
「早く出しなさいよ。負けそうだからって時間稼ぎしてんじゃないわよ」
挑発するように話すおばさんに対して、店員であるお姉さんはにこやかに、しかし鋭い目つきで返す。
「それじゃあ出させてもらうぜ。ワイルドドロー4。炎だ」
「な、なによ!せっかくいいところまで行ったのに!」
おばさんのにやけた顔が一瞬で怒りの形相に変わり、店員を睨みつける。しかしながらお姉さんは涼しい顔で場に置かれたワイルドドロー4を指差すだけであった。
言いたいことは理解しているようで、おばさんは山札から4枚のカードを引くと、ジェスチャーで店員に手番を譲るのであった。
(店員さん、ピンチは脱したみたいですけれど、未だ手札は6枚もありますからね。どちらかと言えば手札が5枚な上にドロー4を引いてきたおばさんが有利でしょうか)
自分だったらどの札を出すかな……とか考えていたナルだったが、その耳に店員さんの声が聴こえてきた。
「後ろの方が詰まっているから、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」
「え? ちょっと待ちなさいよ! 勝手にやめてんじゃないわよ! アナタまだ手札を6枚も残しているじゃないの……」
勝負の途中でMANAの進行を投げ出したとも取れる発言に、対戦相手であったおばさんは激高する。
しかし、店員の口から出た言葉は、おばさんを閉口させ、場に出されたカードはナルの目を疑わせた。
「炎のスキップ水のスキップ風のスキップ土のスキップ土のスキップ、MANA、そして土の5で上がり!」
スキップ・ステップ
ヘルメスの跳躍
「え、え?」
おばさんは息を呑み、ナルはいきなりすぎる決着に呆然とする。
固まっている2人に対して、店員のお姉さんはカラカラと笑いながら声をかけてくれる。
「残念だったなおばさん、だけど次にその子が待っているみたいだから、さっさと帰ってくれ」
「認めないわよ! 何よこのスキップ地獄! 絶対アンタ何かしたでしょ!?」
「まあまあ、もう終わったことなんだから」
その後もおばさんは店員に詰め寄るようにして文句を言うも、店員には受け流されるだけ。らちが明かないと悟ったらしいおばさんは、疲れた顔で店員を一睨みしてから、出店を離れて人混みの中へと消えてしまった。
その間のナルはというと、場札に重ねられている5枚のスキップカードをじっと眺めていた。
傍目から見るとぼんやりしているようにしか見えないが、ナルの脳内ではいろいろな情報が飛び交い、たった今目の前で起きた現象を処理しているところである。
考えるまでもないことだったのか。一つの結論に達したナルは、その目で店員であるお姉さんの顔を見つめた。
(この人、MANAの必殺技を持っています……! 私がいくら望んでも手に入らなかった必殺技を、こんな店員さんが!?)
この世界におけるMANAの真の実力者たちは、それぞれに固有の必殺技を持っている。
例えば望むカードを引いてきたり、邪魔なカードを引かせたり、相手の戦略を妨害したりということがその必殺技によってなされているのだ。
ナルの母親であるウーノは、桁外れに強い必殺技を持っており、MANAの実力で貴族のトップに上り詰めたという経歴の持ち主だ。その子どもたちである第1~第6王女も、母親ほどではないとはいえ強力な必殺技を有していた。
(私にはありませんのに! なんでこの人が!?)
そして、ナルが王族として扱われない理由。それこそが、ナルは必殺技を保有していないということだ。
この世界の貴族には、何に先立ってもまずはMANAの実力が評価される。外交で問題が起きればMANAで決着をつけ、MANAの強いものはより上級の貴族に嫁ぐことができ、MANAの結果1つで国ができたり消滅したりする。
この世界において、必殺技を持たない王女などその辺にいる町娘と変わりはしない。そんな王女を産んでしまった事自体が恥として、ナルはセオーリ国では存在しない第7王女としてひっそりと生活しているのだ。
唇を噛み締めながら場札と店員を交互に見るナルに向かって、店のお姉さんはニヤリと笑いながら声をかけた。
「あんたもこの額縁が欲しいのか?」
「えっ……あ、はい! いくらですか?」
唐突に掛けられた言葉に戸惑いながらも、この店に来た本来の目的を思い出して財布を取り出したナル。
しかし、店員が提示したのは金額だけではなかった。
「そうだな、500ゴールド払った上で、私にMANAで勝ったらこの額縁を売ってやろうじゃんか!」
「え、MANAで、ですか?」
「そうだ。どうするんだ?」
「……わかりました。お手柔らかにお願いしますね」
今のナルにとっては、額縁のことと同じぐらいに、このお姉さんが何者なのかが気になっていた。
必殺技持ちのMANAプレイヤー。ナルの母や姉と同じ存在。
(この人と戦って、そして勝つことができましたら……)
自然、ナルの顔が引き締まる。MANAで勝てないからという理由で王族の爪弾き物になったナルだったが、まともな王族として生きたい、家族の一員でありたいという願望は常に心のどこかにあるのだ。
(いや、MANAで勝たないといけません! そのために努力してきたんですから!)
ナルはずんずんと店員の下まで歩みを進めていき、ぺたんと地べたに座り込んだ。
この出会いが、後のナルの人生を大きく左右することになるとは、全く想像することもなしに。