1話
この世界において、持つ者と持たざる者との違いはなんであろうか。
親が金持ちである。頭のキレがある。スポーツの才能がある……どれも立派なアドバンテージであり、人生を形作る重要な一要素となることであろう。
ゲームで例えるならば、最初に貰った手の中にジョーカーやドラ牌が含まれているようなもの。本人が意識しようと意識しまいと、強力な手札はそのままプレイヤーのもつ強さに直結する。
そして周りのものは思うのだ。最初に配られた手にジョーカーがあれば。ドラ牌があれば。と。
そう思う事自体は何ら不自然なことではない。人は他人を羨む動物であり、自分の不幸を嘆く存在である。
その一方で自分より不幸な人を蔑み、心の安寧を得ることもあるだろう。
ジョーカーは持っていなくとも絵札がある。 ドラ牌は無くとも順子がある……など。
そうして、持つ者ではない、しかしながら完全な持たざる者でもない。そんな中途半端な立ち位置に自分をおいて、特別な存在でないことに安心感を抱きながら日々を漫然と過ごしていることだろう。
しかし、おめおめ忘れてはならない。
持たざる者であっても、場合によっては持つ者を食う可能性があるのだ。資格があるのだ。
ジョーカーをスペードの3で返せるように。ドラ3を含む怪物手を1翻役だけで潰せるように。
相手がフルハウスでこちらがブタの手だとしても、決して負けが決まったわけではない。強さと勝敗は別物であり、強いものが必ずしも勝つとは限らない。
そこが勝負の面白いところであり、奥の深いところなのだ。
この話は、例えるならば最初に配られた手札が「0 2 3 4 6 9 リバース」だった……そんな少女の話である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「風のドロー2 炎のドロー2 MANA そして炎の5で上がりです」
「なっ……! ちょ、ちょっとまちなさい! あなたはさっきこのゲームのルールを聞いたばかりじゃないの!」
セオーリ王国にある一件の賭博場にて。ルーレットやポーカーと同列に1つのカードゲームが2人の女の間に熱い火花を散らせていた。
そしてこの2人の女は、このカードゲームを金銭を賭けて行っている。しかしながらその戦いは、一方的な毟り取りを呈し始めていた。
「偶然ですよ。それよりどうしますか? 今のところ私の4連勝ってところですけれど」
「むぐっ……! ビギナーズラックで調子に乗るんじゃない! もう一戦よ!」
先の先まで上から目線でルールを教えていた女は、負けを取り戻すため、焦ったように再戦を申し入れる。
相手の返答を聞いた少女の口元に、薄暗い微笑みが浮かんでいた。
「ワイルド水!」
「水の3です」
カードゲームの名前はMANA。同じ色か同じ数字、同じ記号のカードを出していき、最初に手札をなくした人の勝ちという至って単純なゲームである。
しかしながらそのルールの単純さ故に、多くの国民に受け入られ、今ではこの世界の誰もが知るゲームとなっていた。
0~9の数字カード。
スキップ、リバース、ドロー2、ワイルド、ワイルドドロー4 5種類の記号カード。
炎 水 風 土 といった4つの色。
お互いの戦略に伴って、戦いの様子はガラリと変わる。今回もまた、場の雰囲気は少女の方へと傾いているようだ。
「じ、じゃあ水のドロー2! MANA!」
手札が残り1枚となった女は、そのことを宣言すると、相手がこのドロー2を返さないことを祈る。
女が今持っている手札は水の0。このまま行けば、この少女から1勝目を奪うことができるのだ。
ドロー2を出すと、山札から2枚のカードを引かせることができる。さらに言えば、そのターンは相手はカードを出すことができない。
うまく行けばスキップと同じ効果も期待できるドロー2。このカードがうまく機能してくれることを祈りながら、女は残り1枚のカードを握りしめる。
しかし、少女の口からは、その願いをあざ笑うかのような返答がなされるのだった。
「残念ですね。炎のドロー2返しです」
「う……」
「さらに言えば、炎の5と土の5、上がりです」
「……! そ、そんな……!」
ドロー2の欠点として、相手がドロー2やワイルドドロー4を持っている場合には返されることがある。せっかく自分が出したドロー2が相手を攻撃できずに、返ってくることさえあるのだ。
この女が記号カードを持っていないことを見切っていた少女は、何のためらいもなく炎のドロー2を出すと、2枚の手札を同時出しして上がってしまった。
少女は卓上においてあった賭けのチップを奪い取ると、対戦相手の女に向かって意地悪げにほほえみ、終わりのあいさつを切り出してきた。
「どうやらもう賭けるチップを持っていないようですね。では私はこれで失礼します」
「……あなた、初心者じゃないでしょ! 何が『MANAのルールを教えて下さい』『賭けMANA? やったことないですが面白そうですね』よ!」
既に相手から毟り取りきったことを確認すると、少女は対戦相手への興味を失ったのか、さっさと帰るために荷物をまとめ始めていた。
負けた女性はギャンギャンと騒いだものの、連敗してチップを全て奪われたという事実を変えることはできない。周りの者達も、迷惑そうな目で騒ぐ女性を一瞥すると、すぐにそれぞれの賭け事に向かい直すのであった。
「あちゃー、お姉さんもカモにされてしまいましたか」
少女が去ってしまったあと、ここの店員が一人、清掃をするために先ほど負けた女のところまで向かってきた。
女はイライラした感情をぶつけるべく、何にもならないと知っていながらその店員に愚痴を浴びせた。
「せっかくMANAの初心者、いいカモが見つかったと思ったのに、逆に全部のチップを取られるとかどういうことよ!」
「それは残念ですね。ですが、相手の素性も確かめずに軽々しく対戦なさるのは避けたほうが懸命かと思われます」
「そうね……あの少女のこと何か知っているの?」
つい先程現れたばっかりなのに、まるでここで起きたことを全て理解しているようかのような物言いである。そのことに対して違和感を覚えた女は、どういうことなのかと店員に尋ねてみた。
店員はというと、少し苦々しい笑みを浮かべながら、先ほどこの女をカモにした少女についての情報を少し教えてくれる。
「素性はわかりませんが、少女の名前はナル。ドロー2を使って相手の上がりを阻止する戦法を得意としており、常連からは『還らぬドロー2』の異名で呼ばれています」
「ち、やっぱり初心者じゃなかったのね……『還らぬドロー2』のナル……」
女が思い出しているのは、先ほどの連敗である。
MANAには、記号カードで上がってはならないというルールがある。最初にできたばかりのルールではワイルドドロー4で上がることも認められていたのだが、現在の国民に浸透しているルールでは、基本的に数字カードでしか上がってはならないと定めていた。
持っている記号カードをうまい具合に処分しながら、最後に数字カードで上がるのがMANAの基本的な戦略である。しかしながら、記号カードを使い切ってさあ上がろうとするタイミングで、あの少女は必ずドロー2で妨害してくるのだ。
ドロー2もワイルドドロー4も持っていない女にそのドロー2を回避する術はない。上がりを目前にしながら山札から2枚のカードを引かなければならない苛立ちが、彼女の判断力を鈍らせてしまったのである。
「まあ、今回のは珍しいものを見たとでも思っておくわ。異名持ちのMANAプレーヤーなんて滅多に戦えるものじゃないしね」
「そう言ってもらえるとこちらとしても幸いです。これからもこの賭博場をよろしくおねがいします……」
まだ少し納得しきれていない女だったが、今日は運がなかったのだとして帰り支度を始める。
今度あの少女に再開したら、文句の1つや2つは言おうと心に決めながら。