12話
「アタシたちの組にようこそ、ナルちゃん」
ナルの応えを聞いたセロは、その言葉が上辺のものではなく、ナルが心から望んでいることであると見抜いたのだろう。
口元を不敵に釣り上げると、待っていたと言わんばかりにナルに1枚のカードを差し出した。
「これは……さっき私が出したワイルドカード、ですか?」
その手に握られていたのは、1枚のワイルドカードである。先ほどのナルが炎を宣言する時に用い、薄氷の勝利を収めたときに使われたそれだ。
ともすれば、また何か賭けでも始まるのかと身構えたナルに対して、セロは鋭い笑みを浮かべながら手をヒラヒラと振った。
「そんなに深い意味じゃねえよ。組員証みたいなもんだと思ってくれ」
「あ……そうですか。ありがたく受け取っておきます」
ナルは腕を伸ばし、その1枚のカードを受け取る。周りにいたMANAプレイヤーたちからも自然と目線が集まってきて、多少気恥ずかしい思いもしていた。
だが、その一方で、王族である自分がこんな反社会的な団体に入っていていいのかなという不安もわずかながらにある。
周りの人もそのことを感じていたのだろうか。扉を塞ぎ続けていた女戦士は小難しい顔をしながら、組長のセロにへと訊きたいことをぶつけてきた。
「いいのかよ組長さん? この子は王族の関係者っぽいぞ。搾取する側の人間が、私たちに本気で協力してくれると思っているのか?」
誰もが抱くであろうそんな疑問に対して、セロは腕を組んで回答する。
「さあな。でも、この子が入ったことはこの組にとって絶対にプラスに働くはずだ」
「根拠はあんのかよ?」
「女の勘だ」
つまり全く根拠はないということだろうが、あまりにも自信たっぷりに言われたせいで周りも思わず納得しかけてしまう。
すぐさまおかしいということに気づかれて、総ツッコミを入れられたものの、そんなことはお構いなしと言わんばかりに飄々とした様子でセロは言葉を続けた。
「まあ、役に立たないようだったらその時に追い出せばいいさ。それに、将来的に私たちは王政をぶっ壊すんだ。王族の内部事情を知る人がいたら、それだけで他の団体より何段も優位な位置に立てるぜ」
「そうかよ……組長さんがそういうんなら、これ以上は何も言わないけどさ」
「まー、組ちょーのことだし考えなしにメンバーを増やすことはしないでしょー。セオーリ組は少数精鋭なんだからさー」
一応は王族であるナルの前で、ここまで堂々とセオーリ組の目的を晒している様子を見て、ナルは小さく苦笑いをした。
それと同時に、MANAのおかげで笑うことができた自分に驚く。
ナルにとってMANAとは、王族失格の烙印を押された原因であったはずだ。そして賭博場における憂さ晴らしの道具であったはずだ。
相手を打ち負かし、屈服させるためのゲームでしか無かったはずだ。
やってもやっても、勝っても負けても、ナルの心は満たされることはなかった。
(私が本当に欲しかったのは……MANAの強さじゃなくて、自分を認めてくれる人だったのでしょうか)
家族から拒絶された自分を、ここの人たちは暖かく迎えてくれる。そんな予感さえして、ナルは嬉しさと困惑に身震いをした。
「邪魔するわ」
と、そんな時である。女騎士の後ろに設置されていた扉から、乱暴なノック音が聞こえてきた。
誰かが返事をするのも待たずに扉が開かれる。扉の向こうから現れたのは、高身長の女だった。
三白眼と頬に刻まれた傷跡が、見るものの目を引きつける。腰には、武器と思わしき短剣を隠すこともなしにぶら下げている。
さらに、その背後からは、荷物持ちと思われる頑強な女が付き添うように入ってきて、扉を閉めてしまう。
そんな来客を見て、セロは明らかに不機嫌そうな顔をして出迎えの言葉を浴びせた。
「性懲りもなくまた来たのか。アンタらの傘下に入るつもりはねーってこの前も言ったつもりだぜ」
凶相の女はセロを睨みつける。その目線はあまりにも鋭くて、周りにいる者たちを萎縮させてしまう。
ナルとて例外ではない。直接睨まれているわけでもないのに、すさまじい威圧感に押しつぶされそうな錯覚さえおぼえていた。
そんな反応に満足そうな雰囲気を醸し出してから、女はセロに話す。
「安心しなさい。今回は交渉に来たわけじゃないわ」
「へえ、どういう意味だ?」
そんな威圧感を前にして、セロだけは全く動じることもなしに相手の目をまっすぐと見据えていた。
人を殺すことさえできそうな目線が二人の間に錯綜する。
「こんな零細団体が我々に歯向かうなんて、随分と身の程知らずだったってことを思い知らせにきたのよ」
「つまり、実力行使でウチの組を乗っ取りに来たってことか? 『エナメロの翼』が、随分と買ってくれたもんだな」
二人の間で交わされる会話を前に、ナルの理解は追いつかない。つい、一番近くにいたマスィに小声で尋ねてしまう。
「すみませんマスィさん。この方はどちら様なんでしょうか……」
と、その時であった。
先ほどまでセロを睨みつけていたはずの女の目線が、ズズズという効果音を鳴らしながらナルの方へと向かってくる。
「まさか私のことを知らないお子様までいるなんてね。あなたはなに? 遊びに来てるの?」
刺すような目線と呆れ返るような言葉を浴びせられ、ナルはその小さな体をさらに縮めこませた。
見かねたセロが、ナルに助け舟を出す。
「あんまりうちの組員をいじめんじゃねえよ、お偉いさんの用意するぬるま湯に浸った狗が、随分とふんぞり返ったもんだな」
「あらあら、ただの迷子かと思ってたら、そっちの組員だったのね。こんなガキの手も借りなきゃいけないほどのショボい団体だったとは、可哀想」
女はナルから目線を外すこともなしに、自己紹介をする。
「私は、『エナメロの翼』首領のウィングよ。せっかくこの組をエナメロの翼に加えてあげようと提案してあげたのに、身の程知らずにも断ったから……」
「あ、あの……マスィさん、『エナメロの翼』ってなんですか?」
ナルにとっては本当にわからないことだったのだ。MANAの団体に入ったのが今日なのに、団体の間の激しいいざこざなど知る由もない。
そして、マスィに向けられたその質問は、ウィングの耳にもしっかりと届いてしまう。ウィングも、まさかナルがそこまで物知らずだとは予想していなかったみたいで、今度こそ本当に呆れ返ってしまった。
マスィはというと、ふうっとため息を1つついてから、ナルに『エナメロの翼』についての説明をする。
「エナメロの翼はねー。このあたりで一番大きなMANA団体だよー。所属している人の数は、ウチの数十倍じゃおさまらないかなー」
「ウィングさんは、そのトップの人ですか。そこそこ偉いんですね」
そこそこ偉いんですね。
その言葉を聞いたウィングのこめかみに、青筋が浮き出てくる。
マスィはというと、これから起こるであろう恐ろしいことを肌で感じとったのだろうか。ススッとナルから離れて、その顛末を安全なところから見守ろうと心に決める。
セロも、二度目の助け舟は出さんぞと言わんばかりに、右手を頭に当てつつウィングとナルの動向を見守りはじめた。
孤立無援。蛇に睨まれた蛙。ウィングの鋭い視線はナルの足を完全にすくませ、足音の一個一個が処刑へのカウントダウンを刻むようであった。
ナルのすぐそばまで寄ってきたウィングは、その右手でナルの胸元を掴み上げる。
「次、同じようなことがあったら……わかるよね?」
恐怖に駆られたナルは、必死の形相でコクコクと頷く。実際は何もわかっていないのだが、ここで『わかりません』と口にするのはマズイと思うぐらいの思慮はあったらしい。
ウィングは右手を離し、不機嫌そうな様子を隠すこともなしに再びセロへと向かい直す。
「とまあ、御託はこれぐらいにしとくわ。こんな年端もいかないガキがメンバーに入っているぐらいだし、抵抗する意味もないでしょ。おとなしく傘下に入ってくれれば悪いようには扱わないわよ?」
「そうかい、断るぜ」
一瞬の隙もなく断りを入れたセロに対して、ウィングは付き添いの女から108枚の紙束を受け取り、ビシリと突きつけた。
確認するまでもなく、その紙束はMANAである。実力行使という言葉に嘘はない。
「断るなんて選択肢は存在しないの。私に逆らえると思って?」
「やっぱりこうなるんだな。ルールは?」
「2対2のMANA、ポイント制の5ゲームでどう? 誰と誰が出るかはあなたが決めていいわよ」
「そりゃどうも。そっちはアンタとそこのお付きの人が組むんだな」
まだ一言も発していない付き人は、その目にかけたサングラスを押さえながら軽くお辞儀をした。
何もしゃべらないのが不気味さを引き立ててくる。ウィングとはまた違った意味で恐怖心を植え付けてくる相手であった。
「ええ、わたしと秘書のフェザーが相手をするわ」
相手の様子を見るセロ。表面上は努めて冷静な様子を見せているが、その内面ではなかなかの難しい決断を強いられていた。
『エナメロの翼』のボスであるウィングと、その補佐をする秘書フェザー。生半可な相手でないことは確かだ。
1対1の戦いならまだ勝てる公算を描けるが、2対2となると……
「じゃあ、こっちはアタシとナルで挑ませてもらうか」
「えぇっ!?」
部屋の中にいた何人かの声が重なる。
1番ビックリしていたのは、名前を呼ばれた当の本人だ。今日入ってきたばかりの新人がこんな大事な戦いをさせられるとは、誰が予想できようか。
「ナルってあのガキ? まさか負けたときの言い訳を作ってるんじゃないの?」
「ハッ。 寝言は寝てから言えよ。アンタら2人程度に負けるわけねーぜ」
その間のナルはというと、驚きのあまりに固まることしかできていなかった。
マスィは再びスススっとナルのもとへと近寄ると、小声で囁く。
「多分だけど、組チョーには何か考えがあるんだよ。大丈夫だって。多分だけど」
そんなことを言われても、本人にとっては全く大丈夫ではない。
体調不良を装って逃げ出そうか……とも考えていたが、周りの雰囲気がそうはさせてくれなさそうだ。
「し、失礼します……」
会員証代わりのワイルドをポケットに仕舞うと、部屋の中央に鎮座する四角いテーブルへと歩みをすすめる。
向かって右側にはウィング、左側にはフェザー。そして正面にはセロという、あまりにも威圧的な面々に囲まれつつ。
組の命運をかけた勝負の口火は、切って落とされることになった。




