5.出航
取り決め上一つしか手渡せない宝珠を手にした少女は男がまだ話し終えていない事など気にもせず部屋を出て行こうとする。
武器は?
防具は?
せめてそのボロボロの服ではなく着替えを持っていったほうがいいと男は小走りに追いかける。
「ちょっと、リナリーさん聞いてるんですか!ちょ、――――宝珠の使い方はわかっているんですか?」
少女はやっとその言葉を聞いて立ち止まった。
「――――早く教r」
「だから僕は新大陸なんていきたかぁないんだ!技能適性なんて通らないよ早く帰してくれよ!じいじ!」
少女がようやく興味をしめし立ち止まったというのにこの船は騒々しいものだ。
少女の声を遮ってまた別に新たに冒険者となるのであろう青年が扉をくぐる
青年は黑服を着飾る老人に背を押され嫌々ながらに歩いている状態だ。
その青年は見てくれからに貴族。
――パッと見ただけで貴族
家紋と思わしき金の装飾が深く沈み込むような濃紺の下地を覆い両肩には猛る獣の偶像が乗っている。
顔立ちも整った金髪の男だ。
「じいじ、嫌だよじいじ!セバスやロドリゲスに会えなくなるのは嫌だよじいじ!」
男は先にいた二人など気にせずにわめきたて続ける。
黒服の老人は「これもぼっちゃまのためです」と繰り返し引こうとはしない。
その二人に続けてこの青年の案内人と思わしき人も続けて入ると宝珠とはまた別の木の幹に覆われた水晶を持ち出し青年の前に突き出した。
「それではラインハートがご子息パウエル様、手を添えていただけますでしょうか?」
そうやら魔力量を測る装置らしい、この青年は武の立ち合いにて所定の成績を納めれなかったので未収得でわあるが魔導による魔力量で冒険者としての資格を勝ち得ようとしている様子。
青年は嫌々ながらもどうせ無理だろうと開き直り手を置いたするとその水晶は燃え上がるように輝きだす。
「――――嘘だ!」
「――――ニヤッ」
後ろの老人が微かに笑ったのを後ろで見ていた少女は見逃さない、老人の足から魔力が流れその水晶に吸い込まれている。
ここの案内人の人間たちも仕事柄見えているはずだがどうやら見ていないふりということだろうか、案内人の男の作り笑いをみて少女は口を閉じたままにする。
「さすがラインハート家が長男パウエル様です。申し分ない魔力量、これほどであればまさに最前線での活躍も可能かと」
案内人の男の嫌味にも聞こえる言葉にパウエルという青年は膝を床につき倒れ込む。
そばにいた老人は先ほど少女が紹介された宝珠の前へと歩みより一つの宝珠を手に取った。
それは緑の宝珠 神獣使いナーガの記憶
「ぼっちゃま、セバスちゃまやロドリゲスちゃまには会えませんがこの宝珠を使い修練に励めばホウライコウと呼ばれます神獣に出会うことができますぞ。セバスちゃまもロドリゲスちゃまもパウエル様の寵愛の賜物でそれはそれは麗しい毛並みでしたがホウライコウは目にしただけでその者の傷をいやすほど美しいと言われております。それに大陸には、ぼっちゃまがまた見たことのない、ぼっちゃま好みの屈強な動物たちが暮らしているやもしれませんぞ!」
老人は年甲斐もなく大きな身振り手振りで獣を表現し青年に近づくと宝珠を手渡した。
するとパウエルと呼ばれる青年は「うぅむ?セバスよりも美しいのか?ロドリゲスよりも強い動物、いや魔物がおるのか!見たい!見たいぞ!」と一転して機嫌を取り直し部屋を出て行ってしまった。
老人が去り際に手続きの書類は後で自分が訪れるとのことと武具はすべて自前があるといい置きことからそれなりに身分の高い貴族なのだろう。
「――――ふん、また貴族のボンボンが死にに行くのか」
少女を連れてきた案内人が騒々しく現れ騒々しいままに出て行った彼らを見送り吐き捨てる。彼が言うには王国貴族たちは自らの子孫たちを大陸へと送り込み、その子供達を競わせているということらしい。
それは王室が現在6人の子を儲けているがいずれも女性でその婿席を狙い我先にと子供を送り出しているのだ。
しかし、結果はいずれもかんばしくなく、第一探索として設けられている最大3か月の冒険後一時帰宅をしなければいけないのだがその時無傷で帰れるものはおらず、帰れたものは半数を切るという。
だがその取り決めはあまりにも帰還率が低い貴族のために設けられたもので一般冒険者は世間と同じく期間的契約のため最短で3か月、最大3年の滞在ができる。
船は週一度の運行で大陸から得た物資や王国から前線への冒険者への補給物資が絶え間なく動き帰ろうと思えばすぐに帰れるのだ。
案内人は聞いてはもらえないだろうと思いつつも少女に声をかける、稼げるだけ稼いだらすぐに「逃げろ」と。
そして船は出航の旗が上がる。
荒れくれ者たちを乗せ、政治に取り込まれた貴族を乗せ、人類史上最も若くして大陸へと渡る少女を乗せて――。
「――いいから宝珠の使い方教えて」
今この時より、期間冒険者として幕を開けた少女はやはり聞いてはいなかった。