3.悪魔の人形(こ)
「――ジュラハード大陸へはこの船で合ってますか?」
雲一つない晴天に、心地よい風が吹き付ける船着き場で荷卸しをしていた男が声をかけられ振り返った。
するとそこにはじぶんの腰よりも少し高いばかりかの白銀の少女が立っていた
「っはぁ?嬢ちゃんなぁんでこんなところにいんのぉ?!そんなかわいい顔して俺が食べなくてもそこかしらにのさばってる猛獣に食べられちゃうべさ」
男が指さす先には見事な甲冑を着飾る騎士や徳の高そうな僧侶とおぼしき人を中心とした団体など貿易港としても人が多すぎ、その人種は異様だ。
「――合ってますか?」
そんな光景を指し示し場違いだと言われても引き下がらない少女に男はこれは面倒事になるとそっけなく「そうだよ」と吐き捨てて仕事に戻るそぶりをみせた。
すると少女は男の元を去り歩き始め、その方角をみて男はすぐに少女の手を掴み引き戻す。
男は形相を変えて目くばせで少女があろうことか向かおうとしていた先がジュラハード大陸で大きな派閥を持っている傭兵団 渡鴉の大将だというのだ。
渡鴉は悪名高く、目的達成のためなら仲間をも切り捨てる。
ただし切り捨てるのは入りたての新米ばかり、まだ何も知らない新参者をエサにはるか先の大陸で荒稼ぎしているのだという。
「嬢ちゃん世間知らずというかこのあたりの人間じゃねえだろ!もうわかったろここは見物に来るようなとこでも嬢ちゃんみたいなおなごが来て良い場所でもない。ここから先は常に死と隣り合わせ、新大陸ジュラハードへと唯一渡れる冒険者集う港オールドアウトだ!わかったら早くけえりな!」
少女は頷いてみせる、しかし男から離れた彼女は今度は船着き場の受付に向かい歩き始めたのだ。
そんなバカな話はあるかと男は少女をもう一度追いかけた。
しかし追いつけない。それもそうだ、少女は歩いていたかと思えば走り出していた。
彼女の足は速く、追いつけづ、その足取りはすぐに目的の場所へと、
彼は手を伸ばし声をかけようとした。しかしそれよりも彼女の次の言葉が早かった。
「ジュラハード大陸に行かせてくれないか」
その言葉を放つに周囲は少女に凝視する。その容姿はその発言にはそぐわぬ幼い体。その言葉を言うにしては何もわかってはいないような物知らずな口調。
――――大衆は沸いた
それは歓声ではない、あまりにも愚かな少女はあけら笑う蔑む声だ。
それにつられ引きつりながらも笑いを堪える受付の男は少女の頭に手を置いて後ろの山を突きさす。
「迷子かな?ここまでこれたのはすごいけどちゃんと家に帰らないとね。そんな大陸の話だれに聞いたのかわからないけどお嬢さんには無理ですよ。」
受付の人間はここから3つはなれた街までは非戦闘協定というのでどんな荒れくれ者も手をださないからと帰るようにと促してきた。そして少し力を入れて少女を振り返らせるとジュラハード大陸への渡航条件を諦めさせるように言ってのけた。
それは渡航に銀貨500枚
新規渡航者、冒険者登録で500枚
しめて王宮金貨1枚が必要であると。
さらにはお金があってもある一定の武の心得、魔導の心得がなければ渡航許可はおりないという。もちろん女性でも渡航したものはいたが剣闘士と呼ばれる闘技場で幾千もの死闘を繰り広げた女騎士とでもないと渡ったものはいない。
魔導の者はさきほどの僧侶のように集団で渡航していくので単独など考えられないという話だ。
もちろん新大陸は資源が豊富で行けばその金貨に見合うだけの報酬が得られ、さらには未知なる魔の境地、武の境地にたどり着けるというがその前に君みたいな子は死んでしまう。
そして話終えたかと思うと少女をポンっと突き放し「おうちにおかえりなさい」と男は去っていく。
「――待って」
少女は首から下げた金貨を突き出した「金ならある」。そして力ならあるぞと一瞬で離れていく男との間合いを詰めてみせた。
少女の足は赤く照り輝き、それを見て周囲はまた違った色を出して沸いてみせた。
それは面白いものを見るような、さきほどの嘲笑ではなく期待も入り混じったような歓声だ。
「……君、そんなお金どうしたんだい?それにその足は、君何歳なんだよ!」
王宮金貨は農民や漁師として暮らし続けて5年、一般兵士でも特別褒賞等なければ3年はかかる大金だ。そんな大金をまだ10を過ぎたかと思わしき少女がボロボロの服で持ち歩いていることの異様さにも加え、その足の魔法記述受付の男は冒険者としての技能査定も行う事から見てすぐにわかる。そして
周りの魔導士たちも顔を青ざめ気を失うものもいるほどその狂意の業に息を呑む。
だがそれでも受付の男は手を突き出し彼女を静止した。
前例がない、少女一人での渡航など、認められない。
私の一存では少女の技能を測り判断をくだすことなんてできないと、しかし少女は引く様子もなく、なんなら今すぐにでも男に襲い掛かり、実力行使で示そうとする姿に後ずさりした。
「――――ほぉらよぉ!」
一歩引く男にまた一歩詰め寄る少女を引き裂いて大男が大剣を振り下ろし遮った。
「がぁっはっはっは嬢ちゃん生きが良いねぇ。」
男の振り下ろした大剣は風を纏い、その風は少女の体をすり抜け、頬からは血が滴る。悪い事したなとしたり顔であやまる大男はさきほど目くばせで教えられた渡鴉の大将だ。その大男はもうの茎はないぞと少女の前に立ち尽くすと大剣を地面に突き立て仁王立ちとなり問いかける。
「嬢ちゃんその金の事はぁ聞かないでおこう。だが他が気がかりだ。死にたがりなのかなんでまた新大陸を目指す。生半可な奴が行っても一夜として持たず消えていくような場所だ。それこそ嬢ちゃんみてぇな子供が行く場所だとも、行きたがる場所だとも思えねえ。――納得がいかねぇなぁ?」
大男は目を見開き睨みを利かせ少女を見下してきた。
少女はゆっくりと顔を上げてその大男の瞳を見返す。その少女は答えた。
それは、その理由は故郷を蘇らせるためだと、新大陸には人を蘇らせる魔導が眠っているはずだからと。
嘲笑、さきほどまでの期待がまた嘲笑う声に変わりこだました。
そんな夢物語あるわけない。
実際に行った俺たちが言うんだ間違いない。
そんなヤジが周囲から浴びせられ、少女は身を震わせ、涙を浮かべそれでも小さく「信じるしかない」とつぶやくと涙を脱ぎ捨て大男を再び睨み返した。
その瞳はいつもの透き通った青ではなく赤黒く染まり渦をまいているかのようだ。そしてその眼差しの先にいる大男だけは笑ってはいなかった。
「――そうかい嬢ちゃん。それでもこっからは腕っぷしだけが物を言う世界だ。――わかるな?」
大男は剣を構え少女に立ち向かった。
大男は言う。もし俺の太刀筋をよけきれたら大陸までの身の安全は保障してやると、技能判定もすべて俺が口利きしてやると、しかしあろうことかこの刃に捕まるようなまぬけならおとなしく帰れと。
「――――力ない奴に、夢を語る資格なんてねぇ!ここでお前が朽ちるなら、そんなおとぎ話も幻想よ!無駄な努力だったな!」
男は剣を突き立て走り出す。その大剣は少女よりも大きく、しかしその刃は少女の動きよりも早く見えた。
――――ッガ!
それは一瞬の出来事。男の最初の一振りが少女を両断してしてしまったかと思ったその時大男の視界が揺らいだ。視界はそのまま暗点に包まれ大男はその場に倒れ込む。
場は凍てつく、名を馳せている大男一人がたった一人の少女を前にして地面に伏したのだから。
そして場の男達はもう一度息を呑む、それは少女の姿をみて、大男の振り下ろした風撃で裂けた衣服から垣間見える背中に広がった獣の引っ掻き傷。
そして魔導に通ずるものが気を失うほどの濃く彫り込まれた赤い魔法記述の輝き。
その姿はまるで、古代戦記に現れるパルデス騎士団のようだ。
彼らは鎧を纏わず、体中を魔法記述で埋め尽くし、寿命を削り身体能力を極限まで引き上げ戦う騎士だった。その一団は殺しても殺しても絶えることなく、ましてや一人倒すのに百の兵では足りないと伝承されている。
一糸乱れぬ規律と隊列、その姿、その勇姿からこうよばれていた。
そしてこの少女を囲む観衆のだれかも呟いた
「悪魔の人形」