1.紡績工場に居座る季節工の少女
世の中には季節工と呼ばれる仕事がある。
それはミシンを扱い休む間もなく機を織る紡績職や男は軍事工場での重量物専門の運搬作業者が人気だ
その名の通り季節工はある期間をすぎると故郷に帰っていく。
理由は彼らがその仕事が本業ではないから
それぞれは故郷に畑は漁場を抱えており、田畑の収穫期を終えた者や漁業権として認められている期間を終えた地方の労働者が都市部、工業区に集まり仕事ができない期間の食いつなぎとしていることが常なのだ。
故に彼らは数カ月もすれば故郷に戻る
しかし、ここに一人、ずっと、本当にずっと、もはや永遠と、
雑巾をひたすら縫い続け、はや二年と半年、もはや3年がたとうとする少女がいるのだ。
季節工は労働契約の取り決め上正規の雇用ではないため3年以上は雇用することができない、それを見越して回りの大人達はたびたび声をかけるが少女は無言を貫く。
瞳は青く、髪は白銀でありそれは整った顔をした麗しいの言葉が似合う少女であるが着る服はボロボロ、髪も少しホコリをかぶったようで伸び切った髪が腰まで伸びている。
今目の前で縫い付ける粗布から作る雑巾のほうがはるかに透き通った白光を見せているほどだ。
季節工は様々な制約があり、遅刻欠勤により大きく罰金が科せられるがもともとの給料が高く取り決められている。それは時々により、希望者全員を雇えないことや場合によっては希望期間を終えれず事前退職という扱いを受けることもある故。
なので少女はそれなりに、それも3年も働けば下手に、地方で農民や漁師をするよりもお金が貯まっているはずなのだ。
なのにいつも変わらぬそのみすぼらしい風貌に大人達は首をかしげるばかり、しかし少女は語ろうとはせず周囲では地方に住む家族に仕送りをし続けているかわいそうな子なんだという話で落ち着いている。
「リナリー!おいリナリー!いい加減話をしてくれないか!仕事は丁寧だ!遅刻も欠勤もない!だからその態度には大目に見てきたがこれからは違うんだ!お前の将来の話をしているんだ!」
しかし、そんな日々が3年も続けば奇跡みたいなもので、ついに少女直轄の上司がミシンの電源を抜き取って強制的に仕事の手を止めさせると詰め寄った。ミシン越しに詰め寄る上司は神妙そうな顔をして手を少女の肩に延ばす。
すると少女はおもむろに立ち上がり上司が抜き去った電源を拾い上げるとすぐに供給装置につなごうとする。
「リナリー!」
それを手でふさぐ上司にリナリーは彼を睨み付けた。その瞳は落ち着いているようで、しかし常に何かに追われるような、追いかけるように燃え続ける炎の様。
「――――ノルマがありますから」
リナリーはその一言で上司を払いのけるとすぐに作業に戻ってしまう。
上司も手を顔に当ててもうこのままでしか続けられないかと話を続けた。
その内容はまさにこれからの事、リナリーの将来のことについてだ。リナリーは15歳、季節工には12歳の時に赴任してきた。
都市部ではまだ早い話となり始めているが地方では15歳ともなれば嫁ぎ話の一つや二つあるようなもの、このまま地元に戻るのか、はたまたこの紡績工場に残るのか残るのであれば3年満期の報酬で1年間この工場近郊で貸家を提供することもできる。
また季節工は一度辞めると半年間手続き上間をあけなければいけないことからその間の仕事ももし必要としていれば斡旋することができると上司が自ら口利きをしてくれるというものだ。
しかしリナリーがポツリと一言吐き捨てたのは拒絶だった。
「――結構です」
上司は怒り狂うかと思いきや肩を落としその場を去っていく。
当然だ、一言もしゃべらないとはいえまだ年端も行かない少女、仕事も毎日要領よくこなし、愚痴の一つもこぼさない頑張り屋。
周りの大人達は彼女の人生を不安に思い、それと同時に応援したい気持ちがあったのだ。
そしてこの上司も、少女が赴任してきてから昇格し部署各所に口利きできる立場となった。今までは不憫に思っていても何もできなかった自分が、ようやく彼女のためになにかできるのではないかと立ち上がった。なのに少女はその手を受け入れてはくれなかった。
3年、短いようで長かった。その間に自分が信頼できる存在、頼れる存在として彼女に認めてもらえなかったことが彼の肩を撫でおろさせた。