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プロローグ/episode:0

『食』


それは人間だけでなく地球に生きる全ての生き物にとって、無くてはならない物である。食材とは、料理人が魂を込めて、自分の全てをぶつけて調理し、初めて輝きを放つ『料理』へと昇華を遂げる。

それと同時に、『料理』とは高い知能と優れた味覚を持つ人間にとって、娯楽の一つとなっている。



しかし、『料理』は『料理』だけにあらず。



────『料理』とは戦いである。



挑戦者チャレンジャーである料理人は食材を調理し、腕によりを賭けて作り上げた『最高の品』を、相手であるお客様に提供する。お客様はその品を食べ、その料理の評価を下す。


一見すれば料理人はただ料理を作り、お客様はただ料理を食べるだけの、何ら変わりない普通の光景のようにも見える。だがそれは大いに間違っている。



───が、俺は何度でも言おう。『料理』とは戦いなのである、と



料理人とは、その人生の全てを食に捧げてきた者を意味する。単に料理を作れるだけでは、一人前の料理人とは言えないのである。

料理人とは、自分の全てを、一食一食全ての料理に全身全霊を込めて作った品を提供するのだ。


それ故に彼らが作るその品には、一分の油断は無く。一切の妥協も無く。その品一つ一つが料理人の魂なのである。



───美味・・を賭けた立派な戦いなのである、と。


一塊の料理人である俺は、その人生を料理に賭けてきた。中学を卒業した俺は、東京にある料理科がある高校に推薦で入学した。

が、その学校で待っていたのは、俺の想像とは全く別物だった。


俺は生徒同士、料理で争う超実力主義の、学校トップクラスの生徒が十傑なんて呼ばれたり、料理で勝負したりする食○のソーマみたいな展開を待っていたのに、学ぶのは料理の知識ばかり。

詰まらない日々に嫌気が差した俺は、学校を早々に退学した。


学校を中退し放浪していた俺は、東京でちょっと有名な御食事処で下働きを始めた。そっちの方が、余程勉強になるからだ。

働き口を探していた俺にとって、勉強を兼ねて料理関係の仕事に就ける事は、まさに一石二鳥だった。


話を戻そう。


料理とは、例えどの様な世界であったとしても、変わることのない真実だと、俺は思っている。だがそんな俺の思想は、ある日跡形もなく崩れ去ることになった。



「───は?」



仕事上がり、帰り道で視界が一瞬暗転した後、堅く閉ざした瞼の中で激しく光が点滅した。やがて俺は見知らぬ土地にいた。石畳の街中に、白を基調とした綺麗な外壁の民家。

街行く人の服装はドレスを動きやすくしたような中世ヨーロッパ風の服装で、大きいボストンバッグを持ち、ジャージにダウンを着ている俺の姿は物凄く浮いていた。


日本の、自宅への帰り道とは全く異なる街並み。だが、それ以上に俺は驚愕の現実を目にする。


「嘘だろ……?」


背丈のある大きな身体の表面に、赤褐色の強靭なを持ち、口には鋭いが生えている───そう、蜥蜴とかげが二足歩行をして街中を何食わぬ顔で闊歩していたのだ。

よく見ると蜥蜴以外にも身体中を真っ黒な毛で覆われた身体を持つ熊だったり、外見は犬なのに二足歩行で服まで着ている人?までいた。


そこまでで、俺はやっと状況を理解することが出来た。


そう、ここは地球の概念が通用しない未知の領域。つまり───



「異世界………」




今年一番の寒さだとニュースで報じられたある冬の日……




────俺は異世界に召喚された。





episode:0




彼の───橘秀汰(たちばなしゅうた)の話をしよう。




彼は、一般人とは少し違う人生を送っていた。実家は江戸時代末期から歴史が続く、京都の老舗料亭『橘』。


その長男として秀汰はこの世に生を受けた。その時点で彼は他者とは違う道を歩まなければいけないことを決められていたのかもしれない。


彼の父、橘秀膳(たちばなしゅうぜん)は、幼い頃から秀汰に料理人として育てるため、自らの手で英才教育を行っていた。

秀膳は『橘』の総料理長であり、ミシュランガイドで唯一最高評価を越える、を獲得している、正真正銘の世界一有名な料亭の統領なのだった。


秀膳は一人息子である秀汰に対して、いつも厳格であった。秀汰は物心付いた時から、既に秀膳による教育を受けてきた。

それは大人であっても尻尾を巻いて逃げ出すような、途轍もなく厳しい教育だった。


秀汰の母は秀汰を出産した後、僅か一年足らずでこの世を去った。幼い秀汰を残し旅立った母親の顔を、彼は覚えてすらいない。彼にとって父、秀膳は、甘えることの出来ない厳しい父親だった。


朝4時に起床し調理場に向かう。調理場には毎日のように腕を組んで割烹着に身を包んだ父、秀膳が待っていた。幼い秀汰にとって、そんな秀膳の姿は恐怖以外の何物でもなかった。

秀汰が調理場に出向くと、イの一番に頬を平手打ちされるのが毎日の日課であった。秀膳曰わく


「私も幼い頃同じことをやらされていた。これは教えなのだ、秀汰よ。お前は私の言うことだけを、やれと言ったことだけをしていればいいのだ。」


秀膳にとって日常であったとしても、秀膳が行っている行為は紛れもなく虐待であった。が、それを見ていた他の料理人たちは、泣き喚く秀汰を前に、徹底的に無視を貫き通した。


この時秀汰はまだ4歳にも満たない幼子であるにも関わらずだ。


毎日のように暴力を振るう父、秀膳や、見て見ぬ振りをし続ける大人たちは、秀汰にとって、助けを求めても手を差し伸べてくれない残酷な者として目に映っていた。


だが、秀汰は料理を嫌ってはいなかった。父に対して何の感情も抱いていなかったとは言い難いが、料理自体を嫌うことはなかった。

むしろ、秀膳の教育以外でも料理本を読んだり、気になった事は実践してみるなど、自ら勉強に精を出していた。小学校を卒業し、思春期の真っ只中である中学生になっても、秀汰は料理にのめり込んでいた。


そんな料理に精を出す秀汰は、いつの日からか、秀膳に叩き込まれた和食以外にも興味を向けていた。発端は一冊のフランス料理が乗ったガイドブックだった。

和食とは違った料理の美しさ。


『見る』『触れる』『聴く』『香る』そして『味わう』。


和食とは違うアプローチで五感の全てを刺激し、楽しませる海外の料理は、和食しか知らない秀汰にとって新たな刺激となった。


秀汰の実家であり老舗料亭である『橘』は、老舗の名の通り和食が中心の料亭だった。

そのため彼が教えられるのは和食の事ばかりで、フランス料理の調理方法や料理の見た目、添え方など、全ての物が目新しく感じた。

興味を持ったその日から、彼は別文化の料理を学び始めた。


秀膳に隠れては海外の料理が掲載されている料理本を買い集め、時にはその類の飲食店に足を運んだりもした。


フランス、イタリア、欧米、アフリカ、中国。


様々な種類の料理を学び、そして自分で調理する。秀汰の毎日は、それだけで楽しく、そして輝いていた。


───だが、そんな日々も長くは続かなかった。


「一体何をしているっ!!」


ある日、秀汰が人気の無くなった深夜の厨房でフランス料理を調理していたところを、もう寝床についたはずの秀膳に見つかってしまったのだ。

この時秀汰はまだ15歳。

反抗期とまではいかなくても、父親に逆らうような態度はとれる年齢だ。

が、秀膳は逆らうどころか一言も秀汰に喋らせることなく、秀汰の精神を徹底的に、完膚無きまでに叩き潰した。


目の前で集めた料理本をビリビリに破り捨て、ゴミ箱に放り込む。呆然とする秀汰を余所に、秀膳は彼が作りかけていた料理にまで手を出し、そして


「お前が作っていいのは私が作っていいと言った物だけだ!野蛮な外国料理など、以ての外だ!!」


秀膳が喚き散らし、手に持った料理が添えられた皿を床に叩きつける。陶器が割れる独特の音が静かな部屋に響き渡り、添えられていた料理は、完成間際という所で無惨にもその輝きを散らした。


───もう、我慢の限界だった。


「ふっ……ざけんな、くそ親父ッ!!あんたが今床に捨てたのはなんだ!?あんたが作ってる料理と違っても、料理は同じ料理だろうが!料理人としての自覚があんなら、例え自分が認めたくない料理だったとしても、文化や歴史、人の思いが詰まった料理を蔑ろにすんなよ!!」


「っ────」


15年。秀汰にとって長く、苦しい日々の連続だった。その長い年月の中で、彼は初めて父である秀膳に怒り、そして吠えた。この時秀汰は、初めて父が驚く顔を目にした。だが、そんなことは直ぐに忘れ、彼は父に己の怒りを吠え続けた。


「あんたも料理人の端くれなら、どれだけ自分が嫌っていようが、食材を粗末にしていい道理にはならないだろ!!あんたの大好きな和食もそうであるように、他の料理にだって歴史がある!文化がある!人の思いが沢山詰まってんだよ!!」


尚も彼は叫び続ける。


「それをあんたは……ッ!今、あんたがしたことは料理への侮辱だ!!それは全ての料理に対しての非礼だ!あんたは今、長い歴史の中で培われてきた食の歴史を、全部溝に捨てたんだよ!!」


「………」


秀膳は一言も言葉を発しない。肩を上下に揺らし息を切らす秀汰の姿に、ただただ驚愕するだけ。怒りを抑えきれなくなった秀汰は、秀膳の前から消えるように厨房を出て行った。

秀膳の横を通り過ぎる寸前彼は、父に対して、息子ではなく、ひとりの料理人として問いた。



「───あんたにとって料理ってなんなんだ……」



数秒遅れて秀膳が後ろを振り返ると、既に秀汰の姿は無く、暗く、どこか冷たい厨房には、うなだれる秀膳の姿と割れた皿。


そして蔑ろにした食材が、悲しそうに散らかっていた。



───その日を境に、秀汰は父の前から姿を消したのだった。

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