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プロローグ

 今僕の周りは、波を打ったように静かだ。だが、この静けさは決して長く続かない。やがて、


 「30-40」


 その静寂を打ち破るように、中央にいる人物、すなわち審判が声を出した。


 それとほぼ同時に、静まりきってた傍観者達はガヤガヤと騒ぎ出した。さっきまでの静寂が嘘のようだ。


 中学テニス関東大会 男子シングルス準々決勝。中学生になってからテニスを始めた僕にとっては、決して小さくない、むしろ大きすぎるくらいの舞台だ。


 僕は今年3年生。だから負けたら即引退。そんな大事な試合を、やっとの思いでここまで勝ち上がってきた。


 だけど、そのやっとの思いも、ここで潰えるかもしれない。


 このポイントを取られたら、僕の負け。もう後がない。そこまで追い詰められているのだから。


 カウント5-6、僕のサービスゲーム。


 圧倒的に有利な、有利でなくちゃいけないゲームなのに、ここにきて相手にポイントの勝ち越しを許している。


 「20秒たちました。注意です」


 おっと。そういえば、サーブを打つまでの間と、ゲームの間は時間の計測がされるんだっけ。時間稼ぎはできないや。


 都大会程度ならそれほど明確な判定基準はなかった。しかし今は関東大会。公平な戦いのためにも、こういうルールは必要不可欠なんだとか。


 無論、破るとそれなりに罰がある。


 1度目は注意。いわゆる猶予ってやつだ。

 2度目はファーストサーブの強制フォールト(サーブをミスすること)。この辺りから実際に試合に響く罰になる。そして3度目は1ポイント失い、4度目は1ゲーム失う・・・そんな感じだ。


 大抵の人は、注意の段階で次の行動に移ることができる。が、僕みたいに、負けていたり、焦っていたりすると、ポイントを失う第3段階までいく奴もたまにいる。


 そんなことが起きない為にも、テニスプレイヤーたるもの普段から素早い動作で


 「20秒たちました。ファーストサーブを剥奪します。」


 す、素早い、動作、で・・・。


 これは本格的にやばい。次20秒たったら僕の負けじゃないか!


 もし遅延行為によるポイント剥奪なんかで負けたりしたら・・・。きっと、いや確実に僕は、中学テニス史上における無様な負け方TOP10に、いや、TOP3にもランクインしてしまう!


 あぁ、もう何がなんだかわからなくなってきた。何秒たっただろうか。そんなこんなで、あと3秒くらいしかないんじゃないか?


 「うぅ、もうどうにでもなれっ!」


 頭上にトスをあげて、力任せにラケットを振り抜く。思ったより良い音がして、僕の放ったボールは相手のサービスボックスに吸い込まれていった。


 よし、とりあえずサーブは入った。だがこれでポイントを手に入れるなんて甘い考えだというのは、僕が一番分かっている。


 案の定、スパン!という音と共にボールが返ってきた。


 ううむ、とてもじゃないが心地好い音とは言えないな。これで僕はまた追い詰められたのだから。


 飛んできたボールを、しっかりと踏み込んでバックハンドで返す。しかし、今僕が戦っている彼。確か名前を、田邉雄一郎[たなべ ゆういちろう]といったか。


 足が速いのか、反応が良いのか。ほとんどのボールには追い付き、打ち返してくる。


 そんなプレースタイルから一部の中学生テニスプレイヤーの間では、「機械」と呼ばれ、恐れられている。そんな感じのことを、試合に入る前に小耳に挟んだ。ふっ・・・腕がなぅわぁぁぁっ!


 気付いたら目前に迫っていたボールを苦しい体勢で打ち、素早く構える。


 何余裕ぶってんだ。負けてんだぞ、テニス歴2年!


 フレームショット特有の嫌な音がして、僕が放ったボールは力なく飛んだ。そして、ネットギリギリに落ちようとしている。


 しかし、何が原動力なのか。「絶対勝つ」という気概だけじゃ追いつかないであろうボールも、彼は驚異的な速さで反応し、打ち返そうとしている。


 でもきっと、ここがチャンスだろう。多分、ここで決めなきゃ逆にやられる。


 僕はここぞとばかりに前に出た。


 予想通りだ。彼はボールに追い付き、そして打ち返した。ふわりと浮いたそのボールは、僕に打ってくれと言わんばかりの絶好の位置に!


 決まった!そう確信する。

 思いっきりラケットを振り抜く。力なく浮いたこのボールは、僕のラケットの一番良い部分に当たり、相手コートに気持ちよく決まる!


 ・・・・・はずだった。


 ガゴッ!


 とてつもなく嫌な音が僕の耳に届き、思考回路を止めた。


 僕が正常な思考回路を取り戻した時には、周りはびっくりするほどうるさく、そして、審判の口からはこんな言葉が発せられていた。


 「ゲームセット。ウォンバイ田邊、7-5」


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 本部への挨拶が終わり、僕はトボトボと家路につく。あぁ、もうテニス出来ないのかなぁ。そう思うと、何の気力も湧かない・・ん?


 「おーい!とっくーん!鳥野翔耶[とりの しょうや]くーん!」


 自慢じゃないが視力は良い。だがそれでもぼやけてしか見えない位遠い場所から、僕の名前を呼び、手をふって走ってくる人影がある。


 しかし、どこかで聞いたことのある声だな・・。あ!ま、まさか!


 「あ!急用を思いだしたから早く帰らなき」

 

 「逃がすかぁぁっ!」


 「なにぃ!?逃げる間も無かっただとぉ!お、お前さっきは」


 「逃げようとしたバツだぁっ!」


 何故だか、僕の腕があらぬ方向に曲がっているように見えた。


 「ぐおぉぉっ!痛いっ!腕が折れるっ!テニスで多少なり鍛えた腕なのに、小枝のように折れるぅっ!」


 今、僕にバツという名の拷問を行っているコイツは幼馴染み(・・というのは名ばかりで、ただ12年間の腐れ縁で同じクラスになり続けているだけ)の藤堂絢[とうどう あや](女、中3)。特徴は巨乳。


 コイツは僕とは違って小学生からテニスをしていて、僕がテニスを始めるキッカケを作った奴でもある。


 ・・・悔しいが僕より強い。


 その上、巷では10人とすれちがえば、11人が振り向くほどの美少女だともっぱらの噂だ。・・あれ?


 まあ、この男勝りの性格のせいで告白もされないが。


 「しかしこんな馬鹿力女の、胸以外のどこが良割れるッ!頭蓋骨割れるッ!」


 相変わらずえげつない。奴はまるで女子とは思えない圧倒的パワーで僕の頭蓋を破壊しにかかってる。


 そういや4月の体力測定で、コイツが使った握力の計測器が壊れたって噂になってたな。

 

 「さあ、理科室の標本になる準備はできたのかな?」


 どうやらコイツは僕の皮膚を全部剥がすつもりみたいだ。


 「あ、言っとくけど、なるのは右半身の方だからね」


 ・・・・前言撤回。剥がすのは皮膚だけじゃなさそうだ。


 「ご、ごめん!嘘、嘘だから!」


 奴の拷問から逃れるために、テニスでヘトヘトになった脳をフル回転させる。


 まあ疲れてようが疲れてなかろうが、秒速0.3回くらいの速度でしか回転しないけど。


 「はぁ・・。とっくんからしたら、私は胸だけが取り柄の馬鹿力女なんだね。」


 何だ、自覚してんじゃん!とか言ったら抹殺されそうなので、とりあえず黙っとこう。


 「・・・・・・」


 「何か言いなさいよ!」


 「理不尽ッ!」


 僕の頭に綺麗なハイキックが決まる。何か言ったら痛めつけられて、何も言わなくても痛めつけられるとは・・・。


 「あ!そうだとっくん。テニスの試合どうだった?」


 ハイキックがまるで無かったことかのように絢が僕に質問する。

 

 うぅっ、傷口を抉られている気分だ。

 

 「・・・・・・・」


 「優勝とか?とっくん上手いからなー。」


 「・・・・・・・」


 「全国には行ったでしょ?」


 「・・・・・・」


 「・・・・えっ?」


 どうやらようやくこちらの状況に気付いたようだ。頼むから少しは僕の心をソフトに扱って


 「えぇぇー!マジで?ハハ、負けたのー?どこでどこで?誰に?ってことは中学テニス引退?へー、負けたんだー」


 ・・・今僕のガラスの心は、バラバラに砕かれた上に焼却炉に叩き込まれたよ。


 「ひどい!僕だって、やっとの思いでここまで・・・」


 僕がそういうと、絢は急に少し嫌そう顔をした。


 「へー。とっくんは、自分だけ辛い思いしたって言いたいんだ。」


 何故僕が怒られる!?


 でも、何かいつもに増して機嫌が悪いような・・・。は!コイツまさか!


 「絢・・お前・・優勝、しやがったな?」


 すると、奴は舌を出していった。


 「・・・バレたか」


 「うぉぉぉっ!やっぱりかぁぁっ!」


 男子(主に僕)より強いだけあって、そりゃあ負けるはずないだろうが、ぐやじぃっ!


 「いやー、隠さなくても良かったんだけど。それにしてもよく気づいたねぇ」


 「気づくわ!お前がこういう態度とる時は大体嬉しいことがあった時だあっ!」


 「いやー。これで私、高校はスポーツ推薦確定だなぁ。あれ?とっくんはどこの高校に行くのぉ?」


 絢がニヤニヤしながら聞いてくる。

くっ、僕なんか高校を選べる状況じゃないのに・・・。


 「ま、私の実力なら普通に受験してもいけるけどー。等星だったっけ?」


 奴が言っているのは、都内でもTOP3に入るほど頭の良い「都立等星高校」のことだ。


 テニスの強豪校でもあり、僕的には死んでも行きたいところだ。・・・死んでも行けなさそうだが。


 「あ!そういえばとっくん、中2の三学期の成績何だったっけ?」


 コイツ、どさくさに紛れてとんでもないこと聞いてきやがる。


 「お前みたいな馬鹿力女に、誰がそんなこと言なぁづぁぁっ!!」


 ものの見事にラリアットが決まる。倒れた僕の目には、足を高々と上げ、追撃態勢に入った絢の姿。


 「わかった!わかった、言うからっ!」


 これ以上やられると内蔵に問題が出てくるので、大人しく降参する。・・が、足は止まらず落ちてきた。


 「ごふぅっ!?ひ、ひきょ、分かった、言うから!その得体の知れない道具をしまって!」


 あれは多分メリケンサック。僕の第六感がそう叫ぶ。どっから持ってきたんだそれ!


 「成績は、えーと、・・あと1高ければ・・その」


 「その?」


 「えーと、ゴニョゴニョ・・」


 「へー、そんな成績だったんだ。」


 何で聞こえてんだ!


 「違うんだ。テニスで忙しかっただけで、ちゃんと勉強すれば僕だって」


 「それはただの言いわけだ。仕方ないから、私が教えてあげよう!」


 「いや、断るぁああっ!!」


 絢が僕にヘッドロックを決める。頭が胸に当たるというラッキースケベが起こってるのにも関わらず、ミシミシいってる自分の頭蓋骨が心配なのは男としておかしいのだろうか。


 「さぁ、そうと決まれば早速私の家に行きましょ!今夜はお泊りだ!寝かさないよぉ!」


 言葉だけ見ると、かなり際どい、いや、ほぼアウトだと思うが、多分徹夜で勉強させるという意味合いだろう。多分。


 「い、嫌だぁぁあっ!!」


 僕の必死の抵抗も虚しく、気づいた時には絢の家だった。


 ついでに頭蓋骨も割れていた。


 「あ、ゴメン!」


 「ゴメンじゃねえよ!」



~テニス用語紹介~パート1

随時更新していきます。


サービスゲーム・・・自分がサーブを打つゲームのこと。唯一相手に左右されずにショットが打てるので、このゲームが取れないと試合的にも精神的にも痛い。


ファーストサーブ・・・1本目のサーブ。失敗してもセカンドサーブがあるので、強気にいく人も多い。


セカンドサーブ・・・2本目のサーブ。失敗するとダブルフォールトでポイントを失うので、回転をかけてサービスボックスに入れていく人が多い。アンダーサーブなどを使う人も中には。


ダブルフォールト・・・サーブを2回ミスすること。サーバー(サーブを打つ人)は1ポイント失う。

テニスの知識が浅く、間違った情報があるかもしれません。是非指摘を御願いします。

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