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第二章〜Herds・Disintegration〜(II)

              *



ローズはぼんやりと自分の意識の中(・・・・・・・)を漂っていた。

目の前で大好きな人達が血を流し倒れていくのが見えた。

大好きな人たちを傷つけているのは……そう、自分自身である。

しかしローズにはどうする事も出来なかった。

もう一人(・・・・)の自分の力はあまりにも強大過ぎて止めるのは不可能だった。

ローズは涙を流した。


―哀しい…どうすることも出来ないなんて…―


その気持ちを吸い上げるようにして、もう一人の自分は力を増していく。

ローズはどうする事も出来ず、流されるまま流され続けた。


ドクン、ドクン


何処かで心臓の音がする。

聞いていると安心できる音。

ローズは最初それが自分の心臓の音かと思っていたが、それは違っていた。

自分の心臓はその音と共鳴するかのようにゆっくりと鼓動している。


―この音は…?―


今度は後ろから優しく抱きしめられる感触が。

その温もりはローズにとってとても心地よいものだった。


『ローズ…ローズ……』


何処からか自分を呼ぶ声が聞こえる。

ずっと昔に失ってしまったこの声は――


「お母さん…?」


それは紛れも無く母の声だった。


『ローズ、悲しみに飲み込まれてはいけません。』


「えっ?」


『見えているのでしょう…もう一人の貴女が…』


ローズは何も言えなかった。

はっきりと見えている凶暴な自分も自分という存在の一部だと認めたくはなかった。


『アレは貴女なの。アレを作り出したのは貴女、でもアレを消せるのも…ローズ、貴女だけなのよ。』


母の言葉はあの凶暴な自分も自分の一部だと認めさせるものだった。

その言葉がローズの心にぐさりと刺さる。

けれどそれは本当のことであり、逃げてばかりはいられない。


『いいの?大好きな人たちが苦しんでも?』


―嫌だ、そんなの嫌!!―


『いくら吸血鬼や魔女と言っても“死”というものは訪れるのよ?』


―嫌、嫌!誰にも死んでほしくない!!―


『このままでは貴女の大好きな人たちは――』


―嫌だ、いやだ、イヤだ…


「嫌だーー!!!」



              *



「くっ…ね、姉さん…」


「リウム先生!!」


膝をつくリウムの姿を見て、リデルは慌てて駆け寄ろうとした、が――


コツ、コツ


リデルの前にゆらりとローズが立ちはだかり片手を挙げた。

あまりに突然のことでなす術もなく覚悟するリデルを見下ろし、ローズの鋭い爪がリデルを襲う。

――かに見えた。

だが、その手は途中で止まり、振り下ろされる事はなかった。


「ローズ?」


「うっ…あ…あぁ…いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ローズの紅い瞳の毒々しい輝きは失われ、いつもの紅い瞳に戻った。

そしてそのまま意識を失ってしまったローズの体を支え、リデルはその場にしゃがみカルムを睨みつけた。


「あら、おかしいわね?効き目が切れるなんて失敗だったわ。」


カルムは冷たい眼差しでローズを一瞥した。まるで実験体を見るような目で。


「興醒めね。今日は帰らせてもらうわ。命拾いをしたわね、リデルもリウムも。フフ、また一緒に遊びましょうね?」


そういうなりカルムは青白い炎に包まれて消えた。

部屋の中は何事もなかったかのように静まり返った。

ただ、ローズの爪で壊れたモノ(・・)達以外は…。

壊れた家具、引き裂かれたカーテン、皹の入った床や壁、そして傷つき苦しむヒト達。

それだけでも先の惨劇の生々しさを語るには十分だった。

憎むべき敵は此処に居らず、此処に居るのは全員が被害者、その事実さえも皆を悲しみに浸らせる要素の一つだった。


「あの子は、目が覚めたら自分を責めるのでしょうね。」


血の味がする口で、リウムはポツリと呟いた。



          *



「そうか、失敗したか。」


「えぇ、ごめんなさいね。ちょっと欲張りすぎたみたいだわ。」


蝋燭の細い光が照らす部屋でカオス卿とカルムはグラスを傾けて話していた。

グラスの中身は人間の血。

一番近くにある人里から人間を狩り、血を採ったものがこれである。

それを2人はまるで高価なワインでも口にするかのように美味しそうに飲み、話を続けた。


「確かに欲張りすぎだな。そんなに上手く事が進む筈は無い。しかし、まだ時間はある。いずれ機会は巡ってくるだろう。」


そうね、とカルムは短く笑った。


「そういえば…」


カルムから視線を逸らし窓の外を見ながらカオスは呟いた。


「不死の一族について何か知らないか?」


カオスの問にカルムの表情が変わった。


「永遠の命を持ち、どの種族よりも優れた魔力を持つ。魔女にとっては神と等しき存在で、崇められ、また畏れられる。その心臓は、ただ人が食しても永遠の命を与える効果をもつ。でもあの種族の生き残りは一人しか居ない筈ですから滅んだも同然ですわ。何故その様な事を?」


「生き残りとはあの谷に住んでいる魔女の姫君のことか?」


「えぇ。‘(とざ)された谷’の薔薇庭に住む大魔女、確か名前は…オフィーリアだったかしら?」


わざとらしく首をかしげて答えるカルムを一瞥し、カオスは部屋を後にした。


「その心臓、是非欲しいものだな」


そんな事を呟きながら。

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