第二章〜Herds・Disintegration〜(I)
気が付いた時にはローズは見知らぬ部屋に居た。
その部屋には沢山の薬草が置いてあったが、ローズの他に部屋には誰も居なかった。
―どれが“月の雫草”かしら?―
彼女は一人、そんな事を考えていた。
自分の置かれている状況を冷静に把握せずに……
*
「ふふふ、本当に来たわよ、あの娘。」
「ご苦労だったな、カルム。」
リウムの姉…カルムは首を横に振った。
「いいえ、大した事無いわ。それより、本当に好きにて良いのかしら?」
「ふっ。」
玉座に座ったカオスは黒い笑みを浮かべた。
「いいだろう、こちらが不利にならなければ、な。」
「そう、じゃあ行ってくるわ。」
そう言うとカルムはその部屋を後にした。
*
「ローズ様?」
カルムは恭しくローズの名を呼び、部屋の中に入っていった。
「え?あっ、はい?」
ローズは薬草をいじっていて、突然は言ってきたカルムに驚いた様子だった。
それを見てカルムは微笑んだ。
「貴女と一度、ゆっくり話がしてみたかったの。其処に座って。」
其処には薬草の中に隠れるようにして、テーブルと椅子が置いてあった。
「あっ、でも早く帰らないと皆心配してるだろうし……」
「座って。」
カルムの‘言葉’にローズは一瞬意識が遠のき、そして気が付くと椅子に座っていた。
「紅茶とケーキがあるの。どうぞ召し上がれ。」
そう言われ、ローズはテーブルの上に置いてある紅茶とケーキを一口ずつ口にした
「あの…どれが“月の雫草”でしょうか?見たことないから分からなくて…」
「ああ、それね。」
カルムは椅子から立ち上がると、数ある植木鉢の中から“月の雫草”を摘み、ローズに渡した。
「あ、有難うございます。」
頭を何度も下げるローズを見詰め、カルムは妖艶に微笑んだ。
「ねぇ…」
「はい?」
リウムの微笑を見て、戸惑うローズの耳元にカルムはそっと唇を近づけた。
「憎い?」
一言呟いてローズの顔をじっと見詰める。
「貴女のお祖父様をあんな風にした私達が…憎い?」
「な、何を言って…」
「憎いんでしょう?とっても、とっても……」
「あ…ぁ…ぁぁ…」
ローズの瞳が激しく揺れ、焦点が定まらなくなる。
「ふふ、憎いのね。でも大丈夫よ。貴女の大好きな人たちは皆、あなたのそんな思いも、どんな姿も受け止めてくれるわ。それに――」
カルムがローズの目の前に手を翳すと同時に、その瞳が閉じる。
「それに貴女は、もう憎しみしか感じなくなるんですもの。」
次の瞬間、ローズの瞳がカッと開いた。
その瞳は何時もの紅ではなく、よりいっそう紅く、毒々しく不気味に輝いていた。
*
「どうしよう…私のせいだわ……」
ローズとカルムが居なくなった部屋で3人は狼狽えていた。
「せめて部屋に結界を張っておけば、こんな事には…」
「先生、自分を責めないで下さいよ。私にだって責任はあるんですから。」
そんなリウムとリデルの様子をコーフィンは申し訳なさそうに見ていた。
「私が守ると約束いたしましたのに、これでは亡くなった旦那様や奥様に申し訳が――」
その時、部屋が眩い光に包まれた。
「あら?皆さんどうなさったのかしら?」
その光が消えた時、そこにはカルムとローズが立っていた。
ローズは下を向いたまま動かない。
「ローズ!!」
リウムはローズに駆け寄り、触れようとしたのだが――
パシッ!!
リウムの手はローズによって弾かれた。
リウムの手には引っ掻かれたような傷跡がついている。
「ローズ?」
顔を上げたローズの目は毒々しく紅く光っていた。
そして爪は獣のように鋭く伸びている。
「うふふ。リウム、この子の事大切なんでしょ?だったら――」
ローズが手を振り上げる。
「この子の憎しみも、ちゃんと受け止めてあげなきゃね?アハハハハハ!!!」
シュッ!!
ローズが手を振り下ろし、それをリウムは当たる寸前でかわす。
今までリウムが居たところにはローズの攻撃によって出来た亀裂がはしっていた。
「ふふ、何で逃げるのよ?受け止めなきゃ、ねぇ?クスクスクス…」
カルムは楽しそうに笑った。
「くっ…ローズに何をしたの!?」
「“地獄の炎”という薬は知っていて?」
「そんなもの……」
「知らないわよね?だって私のオリジナルですもの。」
艶かしい笑みを浮かべながらリウムはさらに続ける。
「その薬はね、心が弱くて脆い人ほど良く効くの。その人の奥底にある苦しみや怒り、憎しみなどの負の感情を具現化させ感情として表に出すの。そうするとね、」
ローズの目がさらに紅く光った。
「その人は自分の一番大切なものを壊したくなるの。うふふ、何故でしょうね。もちろん体や心は負の感情に支配されてしまうなんていう大きな変化についていけなくなるから自我を失い自分自身が制御できなくなるわ。」
ローズの爪がリウムの頬を掠め、その手から放たれた衝撃波がリデルとコーフィンを襲う。
しかし二人はそれをギリギリのところでかわした。
そんな二人を見てカルムが露骨に嫌な顔をする。
「何だ、当たらなかったの。つまんないわ。リデルの教育なんてするんじゃなかった。結局私の邪魔になっただけじゃない。」
「私も好きで貴女なんかに育てられた訳じゃないわ!!」
たまらずリデルも憎まれ口を叩く。
「ふん、まぁいいわ。しかしあれね。いくら人間との混血と言っても人間からは程遠い存在ね。人間から見たら化け物かしらね?」
一人でクスクスと楽しそうに笑うカルムの目の前にリウムが迫った。
「姉さん、いい加減にし……くぁっ!!」
その背中をローズの鋭い爪が襲った。
ザシュッ
鈍い音がして鮮血が散る。
「くっ……ぁっ……」
「いい顔ね、リウム。次もちゃんと受け止めてあげてね。貴女が死んだら、この子も逝くから。」




