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第一章〜Fullmoon・Light〜(II)

暗い森の中、ルアは駆け足で北の方角へ進んでいった。

その姿を時々雷光が映し出す。

雨で泥濘(ぬかる)んだ土を踏みしめ、息を切らせ、ずぶ濡れになりながらも、ルアは懸命に走り続けた。


ふと――

その足が止まった。目の前に黒い大きな馬車が止まっていたからだ。


ギイィィィ……


不気味な音を立て馬車の扉が開き、中から傘を差した人が出てきた。


「ご苦労だったわね。」


声は若い女のものだ。

その声を聞いてルアはほっとしたように表情を緩め、軽く会釈をした。


「いいえ、とんでもございませんわ。此方(こちら)こそわざわざ迎えに来ていただけるなんて申し訳ないくらいですわ。」


「さぁ、寒いし濡れるわ。早く中に入りなさい。」


女はルアに歩み寄った。

と、同時に雷鳴が轟き辺りが明るくなり、ルアの前に立つ女の姿を雷光が一瞬だけ映し出した。

女の長い髪はリウムと同じ銀髪だった……。




              *




リウムの通された部屋、其処はローズの部屋だった。

天蓋付きのベット、クローゼット、本棚、小さな机と椅子。

1人で過ごすには丁度良い部屋だ。

ふと、机の上を見ると写真ほどのサイズの人物画が額に入れて置いてあった。

幸せそうに微笑む幼いローズ、その両脇にはローズを挟むようにして両親が立っている。

その絵の忠実さといったら、今にも動き出しそうなほどだ。

リウムはその絵をじっと見詰めていた。


「その絵はね、コーフィンが描いたものなの。」


リウムの視線に気付いたのかローズはその絵を見ながらそう言ったが、その顔は何処か悲しそうだった。


リウムはローズが幼かった頃を思い出した。

あの頃のローズはいつも無邪気に笑っていた。

憂いも、悲しみも、怒りも知らず、好奇心、喜び、満足感といった感情に満たされいてた日々……それは彼女にとってどんなに充実した日々だったであろうか。

しかし、ローズの心からの笑顔を見ることは今はもう出来ない。

両親が亡くなったあの日からローズは変わってしまった。

あの日以来、彼女は一度も笑うことは無く、常に思いつめた表情をしている。

たとう笑顔を見せたとしてもそれは本当の笑顔ではないだろう。

今やもう彼女の気持ちには絶望、諦め、後悔といったものしかないのだから。


キィィィ…


ドアの開く音でリウムは我に返った。


「紅茶をお持ちいたしました。」


部屋にコーフィンが入ってきた。

彼は机の上に紅茶を置き、部屋から出ていった。」


「ところで何なの?話って。」


「“次元の森”の異変についてよ。」


そう言ってリウムはポケットから小瓶を取り出し、机の上に置いた。

中には銀色の粉が入っている。


「これは…?」


「“解毒剤”よ。でも…」


リウムはそう言って俯いた。

次の一言でローズをまた絶望という奈落に突き落とすかもしれない、という考えが頭を()ぎったからである。

しかし、言うしかなかった。


「でもその薬、効かないかもしれないわ。」


「どういう事?」


「スピリット卿、貴女のお祖父(じい)様に使われた毒はね…」


リウムはローズの顔色を伺いながら話を続けた。


「“赤の蠍草”という毒草なの。強力な毒草だから…その解毒剤では気休め程度にしか…」


「そ、そんな!!」


ローズはリウムの肩を掴み激しく揺すった。


「もっと他に!他に強力な薬は無いの?ねぇ?ねぇってば!!」


「あるわよ。でも今はもう無いの…。」


コン、コン


「失礼します」


1人のメイドがドアを開けて入ってきた。

リウムはローズを背に庇いながら構えた。何故ならこのメイドには気配というものが一切無かったからだ。


「夕食をお持ちしました。お久しぶりです。リウム先生(・・・・・)。」


次の瞬間、リウムは両手の指の間に8本のナイフを出現させ、メイドが夕食を机の上に置くのと同時にそれを投げつけた。


カッカッカッカッ――


ナイフが順に壁に刺さっていく。

メイドは向って来るナイフを空中で身をひねりながらかわし、リウムの目の前に迫った。

リウムは残り一本となったナイフをもう一度メイドに向って投げた。

メイドがそれを手で弾くと一枚のカードとなって床に落ちた。

他の7本のナイフも、だ。


「お久しぶりね、リデル・クロウ。」


メイド…リデルに向ってリウムは微笑んだ。


「知り合い…だったの?」


ローズは目を丸くした。

今目の前で起こったことを、直ぐに受け入れられるほどローズは器用ではない。


「えぇ、私の生徒であり後輩よ。腕が鈍ってないようで安心したわ。」


「ごめんね、ローズ。お騒がせしちゃって。」


大して悪びれた様子も無くリデルはローズに一応(・・)謝った。


「ねぇ、ローズ。リデルが来た日のこと覚えてる?」


「ええ、引き取り手の無い孤児としてでしたっけ?」


「実は、私が連れてきたのよ。」




――今から36年前(・・・・)――


2月14日、人間で言えばローズの5歳の誕生日の日に両親が死んだ。

死に方は最悪だった。

毒を飲ませた後、ナイフで数箇所を刺し、母は首を落とされ、父は胸に杭を打たれていた。

幼かったローズは父と母が殺される現場に立ち会ってしまったのだ。

しかし、ローズはその時のことを覚えていない。ショックでその時の記憶をなくしてしまったのだ。

唯一覚えているのは床一面に広がる赤い血と、その中で母の首が此方を向き目から涙を流していたという事だけ……。


その後、ローズは誰とも口を口を利かなくなった。

水も、ご飯も喉を通さない。

コーフィンは仕方なく、吸血鬼にとって一番のご馳走であり、命の源ともいえる血を飲ませようとしたが、これは逆効果だった。

彼女は血を見た瞬間に痙攣を起こし倒れてしまったのだ。

ローズは混血のため血を命の源とせずに、他のもので代用できることが不幸中の幸いだった。

それでも心が壊れてしまい、ただの人形のようになってしまったローズの為にリウムは彼女と同じ年齢の少女を連れてきた。

それがリデル・クロウである。

リデルは“次元の森”で拾われた孤児であった為、魔女達の長とも言えるサラマンダー家のディアナに預けられた。

そしてディアナは自分の孫であるカルムとリウムに彼女の教育を任せた。

そのため彼女は魔女として育ち、その後リウムは彼女をローズの遊び相手、且つ護衛としてスピリット・ソーン家に送り込んだのだ。

ローズはリデルとの交流を深めるにつれ感情を取り戻し、食事も血以外は喉を通るようになったが、ローズの表情から真の笑顔は消えてしまった。

そしてそのまま――



                    *




「そういうことだったのね。」


「えぇ。」


リウムはローズの問に対し頷いた。


「それと話が途中だったわね。リデル、貴女も聞いていきなさい。」


部屋の外に待機していたコーフィンがローズの(めい)によりリデルの分の椅子も持ってきた。

そしてリウムの計らいによりコーフィンも話を聞くこととなった。


「“次元の森”の異変についてだったわよね?」


ローズが頷くと、リウムは微笑して話を進めた。


「さっきローズにも言ったけど、その薬は効かないわ。」


コーフィンが驚いた顔をする。


「“赤の蠍草”は強力な毒草よ。これと対になる薬草、つまり強力な解毒剤を作れる薬草は“月の雫草しかないわ。でもね…」


リウムは下を向いた。


「でも、“月の雫草は…もう存在していないの……」


その言葉を聞いてローズは気を失いかけた。

「強力な毒草に侵された貴女の祖父は死を待つしかないのよ。」リウムの言った言葉をローズはそう受け止めてしまった。

いや、実際にリウムが言った言葉にはその様な意味が含まれていたに違いない。

自然と目から涙が零れ落ちる。

そんなローズを見て、リウムは心を痛めた。


―やっぱり内緒にしておいた方が…―


そんな考えが頭を過ぎったが、すでに遅い。

言ってしまったものは仕方がないと彼女は自分自身を納得させ、話を続けた。


「満月の晩にだけ咲く“月の雫草”、つまり今晩に咲いているはずなのよ。外は雨だけど、満月の予定日には必ず咲くの。でもね、一週間前に貴女のお祖父様が倒れてからは株ごと根こそぎ無くなっていたのよ。」


「そんなっ!!」


ローズは悲鳴に近い声を上げた。」


「そして“月の雫草(ルナドロップ・ハーブ)”は「“次元の森”にしか存在しない。つまりそれが無くなったという事は魔女の――」


「魔女の誰かが関与しているって言いたいんでしょ?」


突然、其処に居ないはずの人物の声が聞こえた。

リウムとリデルが身構え、コーフィンがローズを庇うようにローズの前に立つ。


「姉さん!!」


リウムはその人物に向って悔しそうに歯噛みした。

ローズはコーフィンの肩越しに、その人物を見た。

すらりと背が高く、腰まである銀髪、その姿はリウムにそっくりだったが、唯一つ瞳の色だけが違っていた。

彼女は微笑んでるのにも拘らず、その瞳は何処までも氷のように冷たかった。


お久しぶりね(・・・・・)、リウム。これを探しているのでしょう?知っていてよ。」


そう言うとリウムはポケットから薬草を取り出した。

それは紛れも無く“月の雫草(ルナドロップ・ハーブ)”だった。


「姉さん、それを渡して!!」


「フフ、ただでは駄目よ。カオス様が悲しむもの。」


カルムの手の中で“月の雫草”は燃えて灰になってしまった。

それを見たローズはその場で泣き崩れた。


「目的は何?何を企んでいるの?」


「企む?失礼ね。私はローズ嬢に“月の雫草”の株を分けて差し上げようと思って来ただけよ?」


ローズは会話の中に自分の名前が出てきた事に驚き、肩を震わせた。


「ただし、条件付でね。」


冷たい笑顔でカルムはニッコリと笑う。


「一人でカオス様の館に来ていただきたいのよ。そうすれば株を分けてあげるわ。祖父を、スピリット卿を助けたいのでしょう?さぁ、いらっしゃい。」


そう言うとカルムは手を差し出した。

ローズはそんな彼女をじっと見詰める。


「本当に・・・本当に“月の雫草”をくれるの?本当に?」


そう言いながらローズは彼女に引き寄せられるように彼女に近づいていく。


「えぇ、本当よ。さぁ……」


ローズが彼女の手をとった――


「ローズ、駄目!!」


リウムの声もローズに届く事は無かった。

彼女らはすでにその場から消えていた。


『心配しなくてもちゃんと返してあげるわ。うふふ…あはははは!!!』


何処からともなくカルムの声が聞こえた。

リウムは強く拳を握り締めた。




外ではいつの間にか雨が止み、満月が輝いていた……。




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