最後の一人
炎の壁が公園だった場所をただの焼野原に変え、それを最前線で受けて吹き飛ばされたクリストールは意識を失って倒れていた。炎をしのいでいたアテリイがすぐにそれを見つけると、その傍らに立つシガッドはうなずいてみせる。
「心配するな、炎に飲まれる前に助け出した。生きてはいる」
「そうか、だが」
アテリイの視線の先には、自らが作り出した状況をじっくりと観察するゼムスデーモンの姿があった。
「敵はまだ余裕だ」
アテリイは剣を手に持つと、ゼムスデーモンに向かって構える。しかし、剣を向けられたゼムスデーモンはそれを全く意に介そうとせず、シガッドに視線を向ける。
「なるほど、面白い力の持主だ。だが」
そこでゼムスデーモンは一度言葉を切り、切断された右腕を見てからジョシンに目を向けた。
「そっちが厄介なようだな」
その姿がぶれたように見えると、次の瞬間にはその場から消えていた。
「まずい!」
アテリイはすぐに反応して地面を蹴るが、その時にはすでにジョシンの前にゼムスデーモンが姿を現していた。
「くっ!」
ジョシンは左手の曲刀を構えようとしたが、それよりも早くゼムスデーモンの手がその首をつかもうと伸びる。そこに投げられたアテリイの剣が命中するが、それは何の手応えもなくすり抜けてしまう。
「分身!? 後ろだ!」
アテリイの声に反応してジョシンは振り返ろうとしたが、背後からゼムスデーモンの左手がジョシンに突き出されていた。
「ジョシンさん!」
キーツが叫ぶと同時に、ジョシンはその場に倒れる。だが、確実に胸を貫こうとしていたゼムスデーモンの左手は、瞬間的に盛り上がっていた地面に軌道をそらされ、ジョシンの胸ではなく、左肩を大きく抉っていた。
そこにアテリイが飛び込み、ゼムスデーモンを殴り飛ばす。
「大丈夫か!」
「はい、しかし戦闘は…」
「じっとしているんだ」
そう言ったアテリイは自分が殴り飛ばしたゼムスデーモンに目を向けた。だが、そこにあったのはにわかには信じられないような光景だった。
「あれは、地面が生きているのか?」
その言葉の通り、地面から槍のようなものが突き出し、ゼムスデーモンの動きを拘束していた。
「まさか、これだけの悪魔が出てきているとはな」
その場の誰もが聞き覚えのない声が響き、いつの間にか一見したところ豪奢な服を着ただけの細身の女が現れていた。ゼムスデーモンは自らを拘束していた槍のようなものを勢いよく体を回転させて破壊すると、その女を見る。
「お前は何だ?」
「別に私のことはどうでもいいだろう。それより、邪魔だ」
女が腕を軽く振るうと、ゼムスデーモンの四方の大地が盛り上がり、顎のように四方からその体を砕こうと迫る。
ゼムスデーモンはそれを上空に浮上してかわしたように見えたが、その動きは突然背中を殴られたようにして止まる。そして、閉じられた顎が一気に凝縮し、鋭く強靭な槍のようになっていた。
次の瞬間、その槍が伸び、ゼムスデーモンの腹を貫く。
「消えろ」
女が指を弾くと槍が弾け、ゼムスデーモンの体は一気に空に向かって打ち上げられていった。その勢いは凄まじく、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
突然の乱入とそれによってもたらされた結果に、マルハスとレウスは顔を見合わせ、アテリイとシガッドは油断なく女の様子を見ている。だが、女はそれをまったく気にしない様子でアテリイに近づいてきた。
「さっきの力はお前か」
「まず、部下を助けてくれたことに礼を言います。それで、あなたは?」
「私はフィエンヌ、ファマドの古い知り合いだと言えばわかるだろう。それより、まずは怪我人を運んでこの場から離れたほうがいい、あの悪魔は飛ばしただけで、大したダメージは与えていないからな」
「では、一緒に来てもらいます。いいですね」
フィエンヌは黙ってうなずき、それを確認したアテリイは、なんとか体を起こしているジョシンに歩み寄っていった。
フィエンヌはそれに構わず、キーツと狼に目を向けると、今度はそちらに近づいていく。
「ファマドが言っていたキーツというのはお前か」
キーツはそれに物怖じせず、真っ直ぐ視線を返す。
「はい。あの、あなたはもしかしてアクシャさんが先生と言っていた人ですか?」
「そうだ。まあ、話はあるだろうが、それは後だ」
「わかりました」
両者は短い会話を終わらせると、キーツは狼と一緒にジョシンの方に駆け寄っていった。一方フィエンヌは狼を一瞥し、軽く息を吐き出す。
「あれが混沌の力の持主か。目覚めにはまだ遠いな」
それからはアテリイは負傷したジョシンとクリストールを車に乗せ、キーツと狼、アエチディードとフィエンヌも一緒に本部に戻っていった。残りの三人は公園だった場所の周囲に残り、警戒を続けている。
車では応急措置を済ませたジョシンが助手席に座り、まだ意識を取り戻さないクリストールは後部座席で固定されて寝かされ、キーツ達は荷台に座っていた。
そんな中でキーツはフィエンヌに話しかける。
「あの、フィエンヌさん、アクシャさんが行方不明になってるのはご存知ですか?」
「別に、あいつなら大抵のことはなんとかするだろう」
「そうですよね。それにアクシャさんかもしれない助けが一度ありましたし」
「助けか。あいつらしいことだが、姿を現してないということは、まだ何か準備ができてないのだろう。近いうちに出てくるだろうから放っておけばいい」
フィエンヌはそう言うと、キーツの横で丸くなっている狼に目を向ける。
「ところで、その狼は最初に会ってからどこか変わっていたりしないか?」
「変わったところ、ですか。さっきもそうだったんですけど、悪魔を見つける力が伸びてきているようには見えます」
「なるほど、それだけでも大したものだが」
そこで言葉を切ると、フィエンヌは今度はアエチディードを見る。
「お前は生まれてどの程度だ」
「さあ、よくわからないわね。人間が生まれてから死ぬまでを見たことならあるけど」
「若いな。それにお前からは妙な力も感じるが、まあいい」
その一言を最後にフィエンヌは黙り込み、それ以上何も言おうとはしなかった。
会話は聞こえなかったが、ジョシンはその様子を首をまわして見ていた。そして、一つため息をつくと前を向く。
「どうしたジョシン、痛むのか?」
「いえ、それは魔法でなんとかなってますけど、この怪我だとしばらく前線には出られないなと思いましてね」
「そうだろうな。だが、お前の様子だと心配事はそれじゃないんだろ」
アテリイにそう言われると、ジョシンは苦い笑いを口元に浮かべた。
「封印ですよ。あれがうまくいったのはいいんですけど、俺がこのざまだとキーツにも封印をやってもらわないと駄目です」
「できるのか?」
「プロテクション、障壁系の魔法だけなら中々の才能がありますから、集中して教えればものにできるはずです」
「わかった。それはお前に任せよう。だが、戻ってお前が最初にやることは、団長の治療を受けて、その言うことをよく聞くことだ」
「わかってます。とにかく今は、悪魔連中におとなしくしておいてもらいたいですね」
ジョシンの言葉にアテリイは無言でうなずき、見た目は落ち着いた様子でハンドルを握っていた。




