ファイアフォーム
「わかった、すぐに向かう」
アテリイはジョシンからの通信に返事をすると、目の前の無色のドームを見上げた。それからすぐにベネディックに通信をつなぐ。
「ベネディックです」
「ジョシン達の方に強力な悪魔が現れたらしい。私はそっちに向かうから、ここの引き継ぎを頼む」
「わかりました。しかし強力な悪魔というのはどの程度のものなのでしょうか」
「ジョシンがかなり危機感をもっているようだからな、かなり危険なものだろう。姿を見せていない悪魔も気になるが、今は目の前のことに集中だ」
「シガッド達との連絡はどうですか?」
「返事はない。だが、あの連中なら悪魔のところには顔を出すだろう。あまり気にしても仕方がないな」
「はい。ではお気をつけて」
「お互いにな」
通信は終わり、アテリイは地面を蹴って空に向かって飛び出していった。
「外が動いたな」
見えないはずだったが、レモスルドはアテリイが移動したのを感じたようだった。それから視線をアライアルの方に戻す。
そのアライアルは、ムカデのような姿をとったイエイズデーモンと対峙していた。すでにその拳はなんどか振るわれていたが、決定打となるものはなかった。
「そのままだといつまでたっても終わらんぞ」
「わかってる、それにしてもあいつ硬いな!」
「この空間では悪魔は存分に力が使える。そいつが今まで使ってた人間の体とは耐久度も段違いだ。精霊の力を試すには、いい修行相手だろう」
レモスルドの言葉にアライアルは笑みを浮かべる。
「ああ、ここまで思い切りできるのは楽しいぜ。それじゃ、そろそろ始めるか」
アライアルは両手のガントレットを打ち合わせた。
「モードミラージュ!」
次の瞬間、アライアルの姿は五つになり、そのうちの一つがイエイズデーモンに向かっていく。イエイズデーモンはそれに向かって尾の方を振り上げた。
その一撃は確実にアライアルをとらえるが、当然それは分身であっさりと消失する。しかし、その隙に左右から二つの影が迫り、頭と尾の近くで爆発した。
アライアルはその結果が見えるまでは待たずに、最後の分身を自分の前に立たせると、左手を顔の前まで持ち上げ、握りしめる。左腕に装着されたエレメントタブレットが輝き、目の前の分身が炎に包まれていった。
「いくぞ! 炎の精霊!」
声と同時に分身が炎を内に取り込み、人の形をした炎となる。それは前の時とは違い、すぐに霧散することなくしっかりと形を保っていた。
「実戦だと違うな」
インゲルベガはそうつぶやくが、レモスルドは無言でそれを見ているだけだった。その視線の先では、明らかにアライアルが分身を維持するのに苦労していた。
「精霊ってやつはよ!」
アライアルが一層力を込めると、エレメントタブレットは強く輝きを発し、分身の炎は集束を強めていく。そして分身が炎をその身の中に取り込んだ瞬間、アライアルは両手を広げた。
「ファイアフォーム!」
力強い一言と同時に、分身がアライアルに向かって吸い込まれるように動き出す。分身はアライアルと同じように手を広げ、そのままその体に吸い込まれるようにして消えていった。
「ぐっ! ぐおぁぁぁぁぁ!」
アライアルは大きなうめき声を上げ、その場に片膝をつく。その前方では爆煙がすでに晴れ、三体に分裂したムカデ、イエイズデーモンが飛び出そうとしているところだった。レモスルドはそれに気づいても動くことはなく、アライアルだけを見ている。
だが、アライアルは立ち直らず、三体のイエイズデーモンが鋭い牙をその体に突き立てようと迫り、見ている位置からはアライアルに牙が突き立ったように見えた。
「まずくないか?」
インゲルベガがそう言うが、レモスルドは動じず、にやりと笑う。
「いいや、あれがあいつの技の間合いだな」
アライアルの姿は見えなかったが、レモスルドはその中心で力が大きくなっていくのを感じた。
「…そろそろだな」
直後、三体のイエイズデーモンの体の中心から炎が勢いよく噴出した。その勢いは凄まじく、イエイズデーモン三体を全て弾き飛ばしてしまう。
「やれやれ、とんだ暴れ者だぜ」
そして、炎をまとった人影がゆっくりと立ち上がる。両肩と左の太腿あたりに牙の痕があったが、まるで何も傷がないかのように平然とした表情のアライアルだった。
「まあ、これでファイアフォームの完成だ。確かに実戦の緊張感は役に立ったぜ」
そう言ってからレモスルドをちらっと見てから、アライアルは視線を自分が弾き飛ばしたイエイズデーモン達に移し、両手のガントレットを打ち合わせた。
「お前は分裂できるらしいが、俺に比べたら大したことはないな。全部潰せばいいだけだ」
アライアルが構えをとると、三体のイエイズデーモンは頭を起こして鋭い顎を打ち鳴らす。それからまず真ん中の一体がアライアルに向かって跳ね上がった。
「くそ虫が!」
気合いと同時にアライアルは炎をまとった右拳をその顎に正面から叩き込む。その一撃はイエイズデーモンの頭部を粉砕したが、それでも顎が両サイドからアライアルの腕を挟み込んで食らいつく。
そこに左右から回り込んだ残りの二体が襲いかかってきた。だが、アライアルはそれに動じることなく右の拳に力を込める。すると、そこの炎が勢いを増して顎ごと食らいついているムカデの頭部を焼き尽くした。
それから自由になった右腕を振るい、自らの周囲に炎をまき散らす。その炎は襲いかかってきた二体のイエイズデーモン前に壁のように立ち塞がった。
アライアルはそこから右膝と右手を地面について姿勢を低くし、炎の壁を抜けてきたイエイズデーモンをかわす。
「断ち切れ!」
炎の壁に穴が開き、さらに次の瞬間には上下から刃のように炎が動いてその穴を閉じた。まさにギロチンとなった炎がムカデの頭部を断ち切ってみせる。
アライアルはさらに止めを刺そうと立ち上がったが、それより早くレモスルドが放った鎖がイエイズデーモンの体を巻き取って遠くに放り投げた。
「どういうつもりだ!?」
振り返ったアライアルがそう言うと、魔剣を肩に担ぐようにして持っていたレモスルドは顎でイエイズデーモンを放り投げた方を指す。
「あれは再生力を生かしてお前の消耗を待ってる。修行は十分できたし、あの能力とこのまま戦ったところで勝ち目はないからさっさと退くぞ」
その言葉の通り、すでにイエイズデーモンは再生し、さらに数を増やしていた。それを見たアライアルは舌打ちをする。
「でもよ、ここからどうやって出るんだ?」
「何を言ってる、破ればいいだけのことだろう」
レモスルドは背を向けると、魔剣を無造作に持ち上げ、一瞬で振り下ろしていた。その斬撃によって空間に切れ目が生じ、そこから森が見えた。
「行くぞ」
すぐにレモスルドがその切れ目から外に出て、インゲルベガもそれに続いた。アライアルは一度後ろを振り返って大量のイエイズデーモンに一瞥をくれてから、そこに足を踏み入れていった。




