ゲート
「さて、と」
ジョシンは上空のビジルデーモンを見上げ、どう動くべきかを考えていた。幸いビジルデーモンはまだ動かず、池のあった場所を見下ろしている状況だった。
クリストールはすでに周囲の避難を完了させていて、ちょうどジョシン達の反対側に位置をとっていた。
「まだ動くなよ」
ジョシンは通信越しにそう言いながら、アエチディードを横目で見る。
「お前もだ。下手に動くなよ」
「…あれを止められるとは思えないし、それが正解でしょうね。それより、何か作戦はあるのかしら?」
「さあな」
それだけ言うとジョシンは右手を前に出して腰を落とした。そして、一気に跳躍をすると一直線にビジルデーモンに向かい、左の曲刀をそこに叩き付けた。ビジルデーモンはそれを右手で受け止め、そのままジョシンを後ろに放り投げる。
「っと!」
ジョシンは空中で大勢を立て直すと、自分が作ったドームの上に着地した。
そこにビジルデーモンが巨大な火球を放つが、ジョシンはそれを両手の曲刀を交差させて受けると同時に、押されながらも強引に両手を振り切って火球を切り裂き、消失させた。
「こいつはきついな」
ジョシンは曲刀を軽く振ってから構えなおす。ビジルデーモンはそれにほとんど興味を示さずに、池のあった場所を見ている。
「おい! これが何なのかお前は知ってるんだろ」
そのジョシンの問いに、ビジルデーモンはその場の全員を見まわしてから口を開く。
「それは我らの主がこの世界にへ到達するためのものだ」
「親切にどうも。それを教えるってことは、止められないっていう自信があるわけだ」
「すでに始まっていることだ。お前の障壁程度ではどうすることもできない」
「その軽い口を後悔することにならないといいけどな!」
ジョシンはドームの上を走り、そこを踏み切ってビジルデーモンに向かって跳んだ。そして右の曲刀を振り下ろすが、その一撃はまた簡単に手で防がれてしまい、振り払われる。ジョシンはその勢いで落下するが、キーツ達の前にうまく着地した。
「もう使えるか?」
「はい、片腕くらいならなんとかなりそうです」
「よし、とにかく目の前のあいつだ」
キーツと短い会話を交わしたジョシンは、構えをとってからアエチディードを横目で見る。
「あいつを牽制してくれ、最初の一発だけでいい」
「いいわよ」
アエチディードはうなずき、それを確認したジョシンはクリストールに通信をつないだ。
「お前は仕上げだ。頼んだぞ」
「はい」
ジョシンは後方の狼を一瞥してから前方に走り出そうとしたが、その瞬間に地面が大きく揺れて体勢を崩した。
「…始まったな」
ビジルデーモンはそうつぶやき、池だった場所を見下ろす。体勢を立て直したジョシンもそれにつられて池だった場所を見る。そこは一見それまでと変わらない様子だったが、いつの間にか狼が前に出てうなり声を上げていた。
ジョシンがそれを抑えるために前に出ようとしたが、一歩踏み出したところで、池だった場所から強烈な光が発せられる。
数秒後、その光が収まり、目を開けたジョシンの目に映ったのは、自らが作った障壁の中に浮かぶ黒い何かだった。障壁越しでもそれから発せられる圧力は強烈で、ジョシンは思わず身構えた。
「先輩、あれは!?」
通信でクリストールの声が響く、その声は明らかに動揺していた。
「いいから下手に前に出るなよ。あれはどう考えてもやばすぎる」
そう返事をしてから、ジョシンは振り返って後ろを確認する。キーツは黒い何かの圧力を感じているようだったが、その場に踏みとどまっている。一方アエチディードは何も変わったことなどないような様子で視線を動かしていた。
「問題はこいつか」
前を向いたジョシンは自分の前でうなる狼を見る。その様子は今にも飛び出していきそうな殺気に溢れていた。ジョシンはすぐにその横に並ぶと、右手の曲刀をその目の前に出す。
「お前も早まるなよ。あれは突っ込んでいってどうにかなるもんじゃない」
そう言われた狼はうなり声を途切れさせることはなかったが、多少前のめりではなくなった。そうしている間に、現れた黒い何かは鼓動のようなものを始めていた。
最初はゆっくり、徐々に早くなっていき、それに応じるように再び地面が揺れ始める。その鼓動が十分になったのを確認するように、ビジルデーモンは障壁の上に着地し、そこに手を置いた。
「目覚めです」
声と同時にその手を中心として障壁に亀裂が走った。
「プロテクション! モードウォール!」
ジョシンは咄嗟に自分の目の前に分厚い障壁を展開した。次の瞬間、ドームが弾け、強い衝撃が周囲にまき散らされる。それは一瞬だったがあまりにも強烈で、もし避難が終わっていなかったら確実に大きな被害を出していたであろうものだった。
「無事かクリストール!」
「はい、なんとか大丈夫です」
「よし」
ジョシンは他のメンバーも無事なことを確認すると障壁を解除し、今は土煙で視界が遮られている池の場所を見る。
そのまま動かずにいると徐々に土煙は晴れ、ビジルデーモンのシルエットだけが見えてきた。その見た目は特に変わったところはなかったが、気配は何か異様なものが感じられた。
「こいつ…」
ジョシンがうめくが、それと同時に狼が地面を蹴ってそれに飛びかかっていた。そして、そのシルエットの首筋に噛みつく。
「獣が、鬱陶しいぞ」
今までよりも低い声が響き、振られた腕によって狼が振り払われた。その衝撃が再び走り、土煙が完全に消え去る。そこに見えてきたのは、見た目だけは同じだが、今までにない力を全身に漲らせているビジルデーモンだった。
「この体はなかなか悪くない。いいものを手に入れたな」
そう言ってから、何かに耳を傾けるようにしてうなずく。
「安心しろ、私に相応しい体はすぐに見つける」
その様子を見たジョシンは、再び飛びかかろうとする狼に駆け寄って押さえながら口を開ける。
「お前、今までのビジルデーモンじゃないな!」
ビジルデーモンはその一言にジョシンを見た。
「ほう、悪くない。我が力を感じ取ることができるか。いかにも、今この体を使っているのはあれではない」
ビジルデーモンだったものは、もったいぶった様子で両手を広げる。
「我が名はゼムスデーモン。力の強大さゆえに他の者達よりも遅れたが、ようやくこの世界に来ることが出来た」
「…こいつは大当たりだな」
ジョシンはそうつぶやいてからアテリイに通信をつなげた。
「隊長、悪魔共の親玉みたいのが出てきました。かなりやばい雰囲気です」




