魔剣の師匠
ノーデルシア王国王都、そこに一人の中年の男が到着していた。その男は短く刈った髪に髭面、簡素な服に包んだたくましい体を持っていた。その男は肩に担いでいた荷物を地面に降ろすと、かつての城壁の跡を見る。
「…久しぶりだが、ずいぶん景色が変わったな」
そこに中年の男が近づいてくる。
「あんたのおかげで色々助かったよ。ありがとうな」
「ついでだ、気にするな」
「いやあ、本当に助かったし、是非これを受け取って欲しい」
そう言って中年の男は封筒を差し出す。男はそれを黙って受け取ると、懐に入れて地面に置いた荷物を持ち上げる。
「貰っておくとしよう。ところで、パイロフィストの本部にはどっちに行けばいい」
「それなら、そこの大きい通りを歩いていけばわかるよ」
「そうか。達者でな」
それだけ言うと、男は教えられたとおりに大通りを歩き出した。中年の男はその背中に声をかける。
「あんたもな、レモスルドさん」
その頃、レウスはパイロフィスト本部に到着していた。普段はそこでマルハスと合流すると街に出る予定だったが、今朝は訓練場に向かっていた。
「一体、何があるんですか」
「隊長達の新武装のテストだよ。うまくいけば戦いはかなり有利になるぞ」
「噂の新武装ですか、どれだけのものか見てみたいですね」
「本当は俺が使いたいだんけどな。まあ隊長達のほうがうまくできるだろうし、とりあえずは我慢ってところか」
そうして雑談をしながら訓練場に到着すると、そこにはすでにマーガレットをはじめとしたパイロフィスト技術部、そしてアテリイとアライアルの姿があった。
「まずはアテリイ、あなたからやってみて」
マーガレットがそう言うと、アテリイはうなずいて左腕前腕部内側に装着したエレメントタブレットを顔の位置まで持ち上げる。
「エレメントタブレット、起動」
声と同時にアテリイのエレメントタブレットが緑の光を発した。それを確認したアテリイは左手を前方に設置された標的に向けて突き出す。
「風の精霊よ!」
アテリイの左手が渦巻く風をまとい、そこから標的に向かって風の刃が放たれた。その刃は標的を簡単に両断してみせた。
「成功ね。アライアル、あなたのほうもやってみて」
「よし、エレメントタブレット起動!」
アライアルもアテリイと同じように手を構えると、そこに炎が出現する。
「いけ! 火の精霊!」
声と同時に炎が放たれると、それは標的を一瞬で焼き尽くした。
「こいつは大した威力だな。それに、なんか不思議な感覚だ」
アライアルは自分の左手を見てつぶやく。そこにアテリイとマーガレットも歩み寄る。
「確かに、魔法とは全く違う感覚だったな。周囲から働きかけられているような感じだった」
「貴重な意見ね。精霊の声というのは聞こえるかしら?」
二人の感想を聞いたマーガレットが問うが、それには二人とも首を横に振った。その反応を見てマーガレットはトーラに顔を向ける。
「トーラちゃんはそのあたりどうなのかしら?」
「なんか危険な時はそういう感覚はあったりするけど、あたしもはっきりとはね。アクシャはかなり色々聞けたみたいだけど」
「そう、やはり本当に加護を受けた者とは違うのね。でも、それがなくても力は使えるのだから、次の段階に移りましょうか。アテリイは風の精霊の力とモードブレイブの併用、アライアルは火の精霊の力とモードミラージュの併用ね」
「よし! それならさっさと始めるか! 今度は俺からだ」
両手のガントレットを打ち合わせたアライアルがそう言うと、マーガレットとアテリイは後ろに下がる。だが、そこに声が響いた。
「ほう、面白いことをやっているな」
突如現れた気配にアライアルは振り返る。
「親父っ!」
アライアルが反応するよりも早く、レウスの声が響いた。現れた気配、中年の男レモスルドはそれにたいして苦笑を浮かべる。
「レウス、取り乱すなよ。俺のことは師匠と呼べと言ってるだろう」
レモスルドはそう言い、そのやりとりにその場の者達はレウスとレモスルドを交互に見た。そこにアライアルが口を挟む。
「おいおっさん、あんたいつからここにいた?」
「今来たところだ。それよりお前、なかなか腕が立ちそうだな」
「お前じゃない、俺はアライアルだ」
「俺はレモスルドだ。一応そこのレウスの師匠でな、弟子の様子を見るついでに最近色々と話題のこの街を見に来た。だが、面白い気配を感じたからな」
それを聞いたアライアルは笑みを浮かべると、レウスを一瞥する。
「そいつはご苦労なこったな。どうだ、せっかく来たんだから俺とちょっと遊んでいけよ。レウスの師匠っていうんなら、ちょっとは使えるんだろ」
「中々の度胸だな、おもしろい」
そう言ったレモスルドは肩に担いでいた荷物をてきとうに放り投げ、マーガレットに顔を向けた。
「お前がここで一番地位が高そうだな。こいつと少し遊んでいってもかまわんか?」
「…いいわよ。お手柔らかにね」
そのマーガレットの言葉で、レモスルドとアライアルは距離をとって対峙する。レウスは何か言いたそうだったが、下がってきたアテリイに肩を叩かれて口を閉じた。
その視線の先では、構えをとるアライアルと、無造作に立つレモスルドという対照的な二人が、まるで空気が固まったような緊張感を周囲に漂わせている。
数秒後、アライアルが地面を蹴り、左右の拳のコンビネーションをレモスルドに打ち込む。だが、レモスルドはそれを後ろに下がりながらかわす。
「中々鋭い攻撃だな」
そう言うと足を止め、アライアルの拳を手で受け止めた。
「早さも重さも申し分ない。」
そこでレモスルドはにやりと笑うと、前蹴りを繰り出す。アライアルはそれに反応してすぐに後方に跳んで間合いをとった。
「あんたも初見で俺の拳をここまでかわすなんて、自慢したっていいぜ」
「名声はいらんな。まあ、これだけの実力があるなら、見せてやってもいいか」
そう言ったレモスルドは右手を前に突き出し、手のひらを地面に向ける。
「来い」
次の瞬間、地面を突き破って鎖が飛び出してきた。その鎖はレモスルドの右手に巻きつき、剣のような形を作っていく。
「魔剣アイダルド!」
剣の名前を告げる声と同時に剣の形となっていた鎖が弾け、そこには黒い刀身を持つ曲刀が現れていた。その曲刀の黒はまるで宝石のように透き通り美しいものだったが、それと同時に言いようのない凄絶な気配を漂わせていた。
「…魔剣か。面白い」
アライアルは口の端に笑顔を浮かべると、姿勢を低くした。そして二人が動き出そうとした瞬間、その間に何者かが飛び込む。
「二人とも、やめてください」
それはガランダルド・ブレイズを手にしたレウスだった。レモスルドはそれを見ると剣を引く。
「そこまで成長してたか。完全になるまであと少しだな」
そして、レモスルドの手の中の魔剣アイダルドは空中に消えた。それを見たアライアルも拳を下げ、首を横に振る。
「ま、師弟っていうんなら、俺の出る幕でもないってことか」




