パイロフィスト団長の帰還
白髪で初老、そしてファントムアーマーに白いマントの男、パイロフィスト団長であるストッフェルは車の窓から周囲の景色を眺めていた。
「久しぶりですね、王都は」
隣に座りハンドルを握る眼鏡をかけた中年の女、副団長のフォルブランがそのつぶやきに反応する。
「そうですね。アテリイがいれば心配はないと思っていましたけど、ここまでの事態になるのは予想出来ていませんでした」
「それは誰にも予想できないことです」
ストッフェルはうなずき、先を続ける。
「しかし、聖剣の継承者に会うのは楽しみですね。それに、マーガレットが認めた天才少年と、変わった狼にもね」
「はい。それは私も楽しみです」
「おや、迎えが来たようですよ」
ストッフェルは空の一点を見た。フォルブランもそれに気がつくと窓から手を出してサインを出し、車を止めた。後続車両も同じように止まり、数十秒後にはアライアルがまるで空を飛ぶようにして接近してくるのが見えた。
そして、アライアルはストッフェル達が乗る車の前に着地すると、挨拶代わりに両手のガントレットを打ち合わた。
「遅かったな、じいさん」
フォルブランはため息をついて車から降りた。
「アライアル、いい加減にあなたはもう少し自分の立場を自覚した振る舞いをすべきですね」
「俺はこうしてるのが一番力を発揮できるんだよ。わかってるだろ」
「そうですね。我々は堅苦しい組織ではないわけですし、一人くらいはいいでしょう」
二人にそう声をかけながら、ストッフェルも車を降りた。アライアルはそれを聞いてフォルブランに笑顔を向ける。
「ほらな」
フォルブランはそれにため息をついて、眼鏡の位置を直した。
「仕方がありませんね。それより何か変わった情報はありますか」
「いや、俺が街を出る頃には何もなかったけど、ちょっと待ってくれ」
通信が入ったようで、アライアルは何度かうなずいてから顔を上げた。
「まずい状況だ。議場に悪魔が出たらしい」
「ついに本格的に動き出しましたか。フォルブラン」
ストッフェルにうながされると、フォルブランは前に出てアライアルの顔を正面から見すえた。
「アライアル、あなたはすぐに王都に戻り、アテリイの指揮下に入って事態の収拾にあたりなさい。私は王都周辺の警戒に当たり、団長には本部に戻っていただきます」
アライアルはすぐにそれにうなずく。
「了解。さっさと片付けてくるぜ」
そう言ってアライアルはすぐに王都を目指し地面を蹴った。後に残ったフォルブランは車の荷台から両手剣を手に取り、それを背負った。
「団長、私はすぐに仕事にかかります」
「頼みます。なにしろ私では前線に立つのは厳しいですからね」
「そうおっしゃるのはやめてください。団長はまだまだ我々に必要です」
ストッフェルはそれには軽く肩をすくめて微笑を浮かべる。
「そうですね、今はそういう場合ではありませんでした。では副団長、王都周辺の警戒はお任せします。私は負傷者が出たときのために、本部で待機していましょう」
そしてその頃、アテリイは現場に到着し、最初に駆けつけていたベネディックに迎えられていた。
「ベネディック、議場内部の状況はどうだ」
「議員達の避難は完了しました。悪魔は引き続き議場を占拠しているようです」
そこでアテリイは慌しい軍の様子を見る。
「軍の様子はどうだ?」
「我々が動くまでは待つようです。ですが、焦っていますね」
「気持ちはわかるが、下手に動いては犠牲が出るだけだからな。ここはまず私が一人で行こう、悪魔というものを見てみたいし、他の場所で何があるかもわからない」
「わかりました。私はここで隊員達と連絡を取りながら待機しています」
ベネディックの返答にアテリイはうなずき、女王がいる方向に目を向けた。
「ここには女王陛下、それに団長も戻ってくる。舞台が整ってきたと言えるのかもしれないな。これから忙しくなりそうだ」
「確かに、そんな気がしますね。くれぐれもお気をつけて」
ベネディックに見送られ、アテリイは歩き出した。そのまま封鎖用のロープの前まで来ると、そこにエルシアが近づく。
「アテリイ様、私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
アテリイはそれには答えなかったが、足を止めてエルシアの顔をじっと見た。
「あの内部ならば私が熟知しています。足手まといにはなりませんので、是非ご一緒させてください」
「わかった。しかし、戦闘になった場合はすぐに下がってもらうぞ、加減して戦うつもりはない」
「はい。邪魔にならないように注意します」
そう言ってから、エルシアはヤエのいる方向に向かって軽く会釈をし、ロープをくぐったアテリイに続いた。そのまま二人は慎重に建物内に入ると、何事もなく議場に続く天井の高い廊下に到着し、足を止めた。
「この先から妙な気配がします」
エルシアの言葉に、アテリイはうなずいてから剣を抜いた。
「鋭いな」
「特技ですから」
「それなら、今度うちの訓練に参加してもらうことにしよう」
「陛下の許可がありましたら、考えさせてもらいます」
「それなら、正式に申し入れをしてみよう」
その返答の変わりにエルシアは足を止めた。
「…近いですよ」
「わかっている」
アテリイは口を閉じると足を止め、剣をかるく下段に構えた。エルシアは数歩後ろに下がり、ナイフを取り出して身構える。
前方二十歩ほど先の議場に通じるドアが開き、そこからアロールフの姿をしたものがゆっくりと現れ、二人に顔を向けた。そして、アテリイとエルシアを順に見る。
「後ろが最初に邪魔をした人間だな。それで前のほうのお前は、かなりの力があるな」
「魔族を乗っ取った悪魔だな。確か、ビジルデーモンといったか、悪魔にとってはここは意味のある場所ではないだろうに、なぜここに現れた」
「人間にとって重要な場所なら、力のあるものが取り戻しにくるだろう」
「なるほど、わかりやすい考え方だ」
アテリイは剣を両手で握ると、それを右肩の高さまで持ち上げた。ビジルデーモンもそれに応じるように右手を持ち上げ、それに炎をまとわせる。
それからアテリイが床を蹴るのと、ビジルデーモンが無数の炎の矢を放ったのはほぼ同時だった。アテリイが剣を袈裟切りに振るうと、その軌道から小さな氷の牙が大量に放たれ、炎の矢を撃墜していく。
廊下には形を失った炎が飛び散り、アテリイのとビジルデーモンの間に炎が充満する。アテリイは自分の体を障壁で包み込むと、さらに速度を上げてその中に突進し、ビジルデーモンも床を蹴った。
次の瞬間、両者は激突し、その衝撃は炎をあっという間に廊下から消し飛ばしていた。エルシアはその衝撃に耐えながらも、両者の戦いから目をはなすことはしない。
「…この力、いいぞ」
剣を腕で受け止めながら、ビジルデーモンは違和感のある笑みのようなものを浮かべる。アテリイはそれに付き合わず、剣から左手を放すと同時にそれを前に突き出す。
「バースト!」
爆発の衝撃でビジルデーモンの体が吹っ飛び、同時に足元で爆発を起こし、アテリイも同じ方向に体を飛ばしていた。そのまま空中で体を回転させると、その勢いで真上から剣を振り下ろしていく。
だが、その一撃はビジルデーモンの体を中心として巻き起こった炎の渦の衝撃によって阻まれ、跳ね返されたアテリイはすぐに体勢を立て直して様子をうかがう。
「予想以上だ」
炎の渦は天井に穴を開け、周囲の壁を焦がしていたが、ビジルデーモンは涼しい顔で姿を現す。対するアテリイも負傷や消耗はなく、剣を構えなおして口を開く。
「まだまだこれからだ」




