魔剣士来訪
「よく一人で抑えてくれたな」
パイロフィスト本部内の事務室で、アテリイは報告を終えたジョシンを労う。
「大変でしたよ、別口の助けが来たのでなんとか出来ましたけど」
「王女付の侍女か。伝統は続いてるということだな」
「かなりのものでしたよ。あれならうちに来てもすぐに活躍できます」
「そうか」
それからアテリイはジョシンの肩に手を置く。
「今日はもう休んでいいぞ」
「人手は足りますか?」
「心配するな。これからが本番だろうから、お前のほうこそ休めるうちに休んでおけ」
「わかりました、遠慮なく休ませてもらいます」
ジョシンは退室していった。アテリイはそれを見送ると、その部屋を出て、比較的豪華な応接室に向かう。その扉をノックしてから、アテリイは静かに室内に入った。
「お待たせして申し訳ありません」
軽く頭を下げると、室内のソファーに座っているレミは微笑を浮かべてうなずいてみせる。それ以外には、その背後にエルシアが立ち、隣にキーツが座っている。
「別にかまわないわ。ここに来るのも久しぶりだし」
アテリイはとりあえず三人の向かい側に座り、レミとキーツを見てから、視線をエルシアに移した。
「エルシアさん、でしたか。隊員がお世話になりました」
「いえ、私はレミ様のご指示に従っただけです」
「そうですか」
アテリイは視線をレミに戻し、軽く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「問題なしね。じゃあ、もっと詳しい話をしましょう」
それと同時刻、ノーデルシア王国の王都の近くの道に一人の青年の姿があった。その青年は短く切った髪に質素な旅装で、荷物も少なく、ゆっくりと進む貨物車の荷台に座って空を見上げている。一つ特異なのは、左腕を肘の上まで覆う黒いガントレットと、傍らにある黒く無骨な杖だった。
「兄さん、そろそろ王都だよ」
運転席から声がかけられ、青年は立ち上がった。
「そうですか、お世話になりました」
「なに、色々手伝ってくれて助かったよ。うちの会社に来てくれてもいいくらいだ」
「それは遠慮させてもらいます。俺は修行中なので」
「剣の修行か。今時珍しいもんだ」
「師匠が変わり者なんです」
「顔が見てみたいもんだね」
「やめたほうがいいですよ。あの人はほとんど人間じゃないんで」
「ははっ、それはすごい」
会話はそこで終わり、しばらくは何事もなかったが、道の端、林の中から四足の異形の生物が姿を見せた。
「おや、魔物か。こんなに道の近くに出るとは珍しい」
「片付けてきます」
青年は杖を手にとって荷台から飛び降りると、そこに向かっていく。
「結界があるんだ、近寄れないんだからパイロフィストに連絡だけしておけば大丈夫だよ」
「あのくらいの雑魚なら体をほぐすにはちょうどいいんですよ」
青年は振り返らずに手を振り、結界の外に足を踏み出す。四足の魔物はすぐに青年に跳びかかったが、青年は杖を軽く振ってそれを地面に叩き落した。さらに一歩踏み出すと、杖を地面の魔物に叩きつけて止めを刺す。
それから他に何もいないのを確認すると、青年はかすかに舌打ちをして貨物車の荷台に戻った。
「強いもんだね」
「いくらなんでも雑魚すぎましたよ」
青年は多少機嫌が悪そうだった。
数時間後、貨物車は王都に入っていた。青年は商人と別れ、街を歩き出す。
「さて、親父が言ってた家はどこだったかな」
青年は荷物から地図を取り出した。その地図はいい加減なものだったが、街にある地図と照らし合わせると、一応の場所はわかった。青年はその地図の場所、噴水のある広場に到着すると周囲を見回す。
「ここにいればすぐに迎えが来るのか。でも、どうやってだろうな」
そうして青年は手近なベンチに腰かけた。しばらくして、音もなくその前に立つ人影があった。
「ふむ、君が連絡にあった子か」
青年が顔を上げると、目の前に立っていた中年の男、ファマドが目に入った。
「はじめまして、レウス君。僕はファマド、君の師匠から色々頼まれてた者だよ」
「あなたが?」
「そうだよ、とりあえず長旅で疲れてるだろうから、家に案内しよう」
ファマドはそれだけ言うと返事は聞かずに歩き出した。レウスと呼ばれた青年は立ち上がり、とりあえずその後についていく。
しばらくして、二人はバスと徒歩でファマドとキーツが暮らす家まで到着した。
「まずはシャワーでも浴びてくるといい、浴室は廊下の突き当たりだから。ああ、着替えも用意しておいたよ」
「わかりました」
レウスは荷物を置いて浴室に向かった。ファマドは椅子に座り、置いていった杖に視線を向ける。
「また面白いものを作ったようだね」
それからファマドは透き通る緑色のキューブを取り出した。
「さて、君のところの弟子は無事に到着したよ」
少しの沈黙の後、そのキューブから声が響いた。
「そうか、まあまあの奴だ。頼んだぞ」
「頼まれたよ。面白そうだしね」
返事を待たずにファマドはキューブをしまった。そこにシャワーを浴び、用意されていた服に着替えたレウスが戻ってきた。ガントレットも同じように装着している。
「さっぱりしたね。さて、それじゃあこれからのことの話をしようか」
「これからの話、ですか」
「そう、君の師匠からは修行になるようことをと頼まれてるからね。それに、幸いというか不幸にもというか、今王都は色々あってね」
「何があったんですか」
その質問に、とりあえずファマドは一つ息を吐いて水差しを手に取り、コップに水を注いだ。
「とりあえず座って落ち着こう」
「はい」
レウスは水を一口飲み、話を聞く姿勢になった。
「まず、少し前にこの王都に突然謎の男が現れた。その男には魔法が効かず、パイロフィストも捕らえることはできなかった。さらに、学院にも妙な連中が現れてパイロフィストと対決をして、さらに謎の男も出てきたらしい」
そこで言葉を切ると、ファマドはにやりと笑った。
「魔法が効かない相手、まさに君のために用意されたような相手だと思わないか?」
「魔法が効かない、か」
レウスはつぶやき、左腕のガントレットを軽く撫でた。
「その魔剣の相手にふさわしい相手だろう」
ファマドは満面の笑顔を浮かべる。レウスはその前で軽く目を閉じた。
「確かにそうですね。そいつらを倒せれば、パイロフィストも黙ってないでしょうし」
「目的はパイロフィストってことだね。でも、今はまだその時期じゃないよ。焦りは禁物だ」
「わかってます。それで、どうすればいいんですか」
「とりあえず、この王都に慣れるところからだね。君の宿は用意してあるから、しばらくはそこに泊まって王都を散策でもするといい」
それからファマドは立ち上がった。
「それじゃ、宿に案内しよう。ちょっと変わったところだけど、いいところだからね」