聖剣、魔剣、それと魔族
オフィの家に滞在するトーラは、早朝から庭に出て剣を振っていた。
「そうすることにどれだけ意味がある?」
「チッ!」
口を出してきたインゲルベガに、トーラはあからさまに不機嫌な様子で舌打ちをした。
「あんたも剣でも振ってみたら。少しはまともになれるかもよ」
「まともとはなんだ」
「さあね、そんなの自分で考えれば。その前に振ってみればいいのよ」
そう言ったトーラは木剣を取ってくると、それをインゲルベガに向かって放り投げた。インゲルベガはそれを受け取ると、右手でそれを握って軽く振り下ろす。
トーラはそれに特に何も言わないが、露骨にため息をつくと首を横に振って背を向けた。インゲルベガは軽く首をかしげてから、何回か剣を振ってみる。
「手だけで振っても駄目ですよ」
いつの間にか庭に出てきていたレウスがインゲルベガに声をかけた。
「剣を振れというから振ってみたんだが?」
「握っただけでも大前進じゃないかしら」
トーラは嫌味を言うが、レウスは特に表情を変えることなくインゲルベガの前に立ち、杖を右手で構えた。
「まあ、やってみればわかりますよ」
「そうか」
インゲルベガもレウスの真似をして木剣を構える。トーラは二人と距離をとってその様子を見る姿勢になった。
「いつでもどうぞ、剣の攻撃なら受けます」
次の瞬間、インゲルベガは一気に加速した。レウスはその攻撃を杖で受け流し、すぐに体を反転させる。
「手ごたえがなかったな」
「単純な攻撃なら簡単に力をそらすことができますよ」
「そういうものか」
インゲルベガはとりあえず納得したような顔をして、今度は木剣を連続で振り回してみせた。
「こうか」
「見せたほうが早いですね」
レウスは地面を蹴り、間合いを詰めるとまず右から袈裟切りに杖を振り下ろした。インゲルベガは木剣でそれを受けようとしたが、杖がわずかに引かれ、受けをすかした。レウスは地面の直前で杖を止めて向きを反対に変えると、そこからさらに一歩踏み込み、杖を振り上げた。
そして、その一撃はインゲルベガが出した手に当たる直前で寸止めされていた。
「剣というのは難しいな」
「当然よ、力馬鹿の魔族なんかにできるわけないでしょ」
トーラは馬鹿にしたように言うが、レウスはそういった表情は浮かべずに杖を引いた。
「お、みんな朝から張り切ってるな」
そこにオフィが姿を現し、気楽な様子で三人に声をかける。
「どら息子ね、早いじゃない」
「いやトーラちゃん、俺だって早く起きることもあるよ」
「ふうん」
「まあとりあえず、朝食の時間だから呼びにきたんだよ」
それで朝の鍛錬は終わりになり、四人は食堂に向かった。
時間は経過して昼、トーラはパイロフィスト本部に向かっていた。
「なんであんたが一緒に来てんの」
トーラは自分の後ろを歩くインゲルベガを振り返った。
「特に理由はない」
「ああそう。ま、勝手にすれば」
それだけ言うと、トーラはそれ以上インゲルベガを気にすることなく、足を速めた。それからしばらくして、パイロフィスト本部に到着すると、トーラは実験室に足を向ける。
「おはよう!」
勢いよく扉を開けると、ちょうど部屋にはマーガレットがいた。
「あら、トーラちゃん。キーツ君なら奥の試験室よ」
「はーい」
トーラは試験室に向かい、入れ違いにインゲルベガが実験室に足を踏み入れた。マーガレットはその姿を見て微笑む。
「あなたも来てたのね。何の用かしら?」
「特に用はない」
「ずっとその調子ね。それなら実験に付き合うのはどう? あなたの力を探求するのも面白いと思うのだけど」
マーガレットの提案にインゲルベガはどう反応していいかわからない様子だった。
「別に難しく考えなくていいのよ、魔族の力というのは強いものだけど、案外その奥は深いものだからね。ファマドさんのように結界術を極めたような人もいるのだし」
「つまり、今よりも私の力が増すのか?」
「増すというよりも、今とは違う方向に伸ばせるかもしれないということね」
「違う力か。それは興味深い」
「じゃあ決まりね」
マーガレットはインゲルベガに歩み寄るとその手をとった引っ張り出した。
「まずは訓練場であなたの力を見せてもらうところからね。すぐ行きましょう」
二人はそのまま実験室を出ていった。それを試験室のドアの隙間から見ていたトーラは息を吐き出す。
「やっと行った」
「なにがですか?」
キーツに聞かれ、トーラはドアを閉じて振り返った。
「あの魔族。ふらふらついてきて鬱陶しくてさ」
「トーラさんに興味があるんだと思いますよ」
「興味ねえ。そっちのほうはどうなの」
「アエチディードさんですか」
キーツはそう言うと手を止める。
「おじさんの言うことをよく聞いて人間らしい生活をしようとしてますよ。最近はだいぶ馴染んできてます」
「ふうん」
トーラはそう言いながら椅子を持ってきてキーツの向かい側に座った。
「その、今作ってるやつはどうなの? 悪魔を封印だったっけ」
「順調ですよ。封印用のタンクはもうすぐ完成ですから、この装置が完成すれば悪魔をこの世界に引っ張り出して動きを封じることができるはずです」
「あー、その先はよくわからないからパスで。でも、それがあれば倒した悪魔を封じ込めておけるってことね」
「そうです。でも、封印のためには悪魔を倒さないといけませんから、そこはトーラさんや他の皆さんに頼ることになりますけど…」
そこでトーラは自分の胸元を叩いた。
「それなら任しておいて!」
さらに、部屋の隅にいた狼も短く吼える。キーツはその反応を見て笑みを浮かべると、目の前にある回路を作る作業に戻った。
一方、レウスはマルハスと合流して街の巡回を始めていた。
「お前のところの魔族はどうしてる?」
「特に変わりはないですけど、今日初めて剣を握りましたよ」
「だいぶ進歩したんだな。連中には必要ないだろうけど」
「わかりませんよ、悪魔相手なら役に立つかもしれない」
「そういうもんか。それにしても、お前はだいぶ雰囲気が変わったよな」
マルハスの言葉に、レウスは静かにうなずく。
「前のやり方に行き詰まりを感じてたところで色々あったので。それに、新しい力を制御するためには落ち着いてないと駄目ですから」
「そうか、向こうが大変だったのは聞いてたけど、少しはいいこともあったんだな。お前が荒ぶってるのは似合わないから、今のほうがいいぞ」
「必要ならいくらでもやりかたは変えますけどね」
そんな調子で、二人は適度にリラックスをした状態で巡回をこなしていた。




