アクシャという存在
アクシャの放った一撃は、一見したところ何の効果もないように見えたが、すぐにイエイズデーモンはその場で苦しみ始めた。アクシャはすぐに立ち上がって素早く後ろに下がると、地面に降り、イエイズデーモンの様子に目を奪われるアロンデーモンとビジルデーモンを見て、口元に笑みを浮かべる。
「何をした」
ビジルデーモンがそう聞くと、アクシャは右手で首筋を一撫でしてから口を開く。
「あんたら悪魔は魔族と似てるところはある、だから、魔族によく効く攻撃は多少は効果があるわけだけど。ま、それほどでもない。そっちのアロンなんたらは一発食らってきたんだろうけど、もう一度出てくるくらいは大丈夫なわけだ」
アライアルはそれに強く興味を惹かれたようだった。アクシャは一瞬だけそこに視線を動かし、言葉を続ける。
「なにしろ悪魔は何百年も出てこなかったんだから、そういう技術があんまり発展してないのはしょうがない。でも、簡単な答えが一つある。同じ力だったらどうなるか…」
そしてアクシャは苦しんでいるイエイズデーモンを指差した。
「見ての通り、そうなるわけだ」
「じゃあ、アクシャさんは!?」
それにキーツはすぐに声を上げ、アクシャは自分の右腕を叩く。
「いやいや、あたしは人間だよ。この力はちゃーんと飼いならしてる、なにしろ長い付き合いだからね」
そしてアクシャはアロンデーモンを指差した。
「さて、次はあんただ。あたしは効率よく弱いのから減らしていく主義なんでね」
指差されたアロンデーモンは表情は変えなかったが、わずかに不快そうな雰囲気を漂わせた。アクシャはまだ口元に笑みを浮かべながら左手でコートの中からナイフを取り出す。
「そっちの奴も遠慮しないでかかってきなよ、相手するのは最後だけど」
「なぜそこまで余裕がある」
「別に、こういう人間なんでね」
「そうか」
ビジルデーモンは両手に氷をまとわせ、アロンデーモンは宙に浮かぶと火の玉を自分の周囲に作り出す。アクシャはそれに動じることなく、ナイフを左手で回し、右手は腰に当てていた。次の瞬間、そこに数え切れないほどの氷の礫と火の玉が降り注いだ。
派手な爆発が巻き起こり、それが収まる前にビジルデーモンがそこに突進していくと、爆煙の中で重い音が響く。アロンデーモンもそれに続こうとしたが、爆煙の中から発した竜巻によって弾かれた。
その竜巻は煙を吹き飛ばし、ビジルデーモンも耐えてはいたが押し返されていく。そして、中心にいるアクシャは軽い動作でナイフを投げた。それと同時に竜巻は消え、ナイフは風をまとって加速すると、ビジルデーモンが避ける間もなく、その右肩に突き刺さった。
「大当たり」
アクシャは小さくつぶやくと、地面を蹴って一気に加速し、アロンデーモンに向かう。ビジルデーモンはそれを阻止しようと動こうとしたが、その瞬間に刺さったナイフが弾け、ビジルデーモンの右肩を大きく吹き飛ばしていた。
その隙にアクシャはアロンデーモンに向かってさらに加速する。アロンデーモンはそこに火の玉を撃つが、それはアクシャの目の前で風の障壁によって霧散し、勢いを止めることはできなかった。
アロンデーモンはそれが分かっていたかのように両手に炎を灯し、その炎を剣のように伸ばすと、腕を交差させてアクシャに振り下ろした。
その攻撃は手ごたえがなく、アクシャの姿が消えると同時に、土煙がその場に舞い上がる。アロンデーモンは攻撃の空振りとアクシャの姿を見失なったことによって大きな隙を作ってしまう。
「もらい!」
アロンデーモンは声の方向に視線を向ける。そこには地面にできた大穴の底を蹴ったアクシャの姿があった。アクシャは放たれた矢のようにアロンデーモンの目の前まで到達すると、闇をまとった右の掌打をその顎に叩き込み、その体を勢いよく上空に打ち上げた。
アクシャはそれを目で追うこともせず、着地すると残ったビジルデーモンに目を向ける。
「さて、残りはあんただけだけど、さすがに手がかかりそうだな」
アロンデーモンはいまだ空中だったが、アクシャはすでにそれをいないものとして扱っていた。瞬時に右腕を再生したビジルデーモンも、アロンデーモンには目もくれない。そして、アロンデーモンの体が地面に落ちると同時に、両者は地面を蹴った。
アクシャとビジルデーモンは一瞬で距離を詰めると、まずはどちらも手を出さずに交錯し、位置を入れ替える。そのタイミングでアロンデーモンが地面に落ち、全く動かなくなった。
「その力はなんだというのだ」
ビジルデーモンは静かだが、よく通る声でアクシャに問う。
「さっき言ったじゃないか、あんたらと同じ力だよ」
「なぜそんな力を持っている」
アクシャは頭をかいてため息をついた。
「別に、子どもの頃に偶然出会ったってだけさ。馴染むまでは苦労したけど、幸いにも助けがあったし、力の持ち主も変わった奴だったらしくてね、確かドゥームデーモンっていう奴の力の欠片だったか」
「ドゥームデーモン。あいつか…」
それだけつぶやくと、ビジルデーモンは口を閉じ、自らの体から闇を滲み出させる。アクシャもそれに応じるように、右手に闇をまとわせた。
次の瞬間、ビジルデーモンの姿が消え、アクシャに向かって上空から雷が降り注ぐ。アクシャはそれを大きく動いて避けるが、その背後に数十本もの氷の矢が現れ、一斉に放たれる。アクシャは上に跳んでかわすが、その上にビジルデーモンが姿を現していた。
そして、アクシャの背中に巨大な火の玉が叩きつけられ、その体ごと地面に叩きつけられた。
「…はー、やってくれる」
土煙の中から声が響く。そこにはコートの背中に大穴が開いたアクシャが立っていた。
「ったく、このコートも気に入ってたのに。この街は大したもん売ってないんだけど」
そう言いながらアクシャはコートを脱ぐと、それを投げ捨てた。それから両手を振って軽く構えをとる。
「ま、もっとちゃんとした都会で買うさ」
アクシャのつぶやきを合図にしたように再び両者がぶつかろうとしたが、その瞬間にビジルデーモンの頭上に大きな闇の球体が現れた。それはビジルデーモンを押し潰すように落ちる。
ビジルデーモンはそれを殴り飛ばしたが、それによって生じた隙にアクシャがその背後にまわった。
「いいタイミングだったよ!」
アクシャはビジルデーモンの左腕を取り、同時に首にも自分の右腕を回した。ビジルデーモンはそれを振りほどこうとするが、アクシャは力ずくでそれを押さえ込み、さらには膝をつかせる。
「あんたには案内人を頼むとするかね」
その言葉と同時に、アクシャとビジルデーモンを中心として闇が広がった。
「貴様、どういうつもりだ」
「なに、少しあんたらの世界に招待してもらおうと思ってね」
そう言うと、アクシャはキーツに顔を向ける。
「少年、あたしはちょっと出かけてくるから、王都に戻って色々準備をしておきな! 少年なら絶対に決定的なことができる!」
その言葉が終わると同時に、アクシャとビジルデーモンから広がっていた闇が収縮し、両者を飲み込んだ。
「アクシャさん!」
キーツにはただ叫ぶことしか出来なかった。




