切り札
「あいつは何をやっているの?」
アエチディードは上空から下の戦いを見て首をかしげていた。
「悪魔に乗っ取られたんだろう。馬鹿な奴だ」
横に並ぶインゲルベガは無表情だが、呆れたような雰囲気を出している。
「それで、これからどうする」
「あそこにはかなりの実力を持つ人間が集まっているのよ、悪魔は全部はいないようだけど、ちょうどいいわ」
そこでアエチディードは高度を下げようとしたが、そこに矢が飛来した。アエチディードはそれをつかむと、放たれた方向に視線を向ける。
「なぜあんなところに…」
アエチディードのつぶやき通り、矢を放ったアクシャは戦いのある場所とは離れた道にいた。
「どうする? エリオンダーラはまだ来ていないが」
「戦いを見ておいて、私は少し行ってくる」
返事を待たずにアエチディードはアクシャの元に降下していった。両者は黙ったまま三歩程度の距離まで歩み寄る。
「何の用かしら」
「単刀直入に言っておくと、悪魔とあんまり近づきすぎるのはやめときな。あんたらはあの連中とは相性が良すぎるからね、油断がなくても取り込まれる」
「もう一人乗っ取られたから、それはよくわかったわ」
それを聞いてアクシャは軽くうなずいた。
「それがわかってるなら慎重によろしく。それでもあんたらの力をうまく使えれば、戦いようはあるさ。ま、今回は遠くからちょっかい出すくらいにしておきな。それから、後は本格的にパイロフィストと手を組むこったね、あんたらが悪魔に支配されたくなくて、人間と敵対しないっていうんなら、なんとかなるさ」
そしてアクシャはアエチディードの肩を手で叩いた。
「今回はあたしに任せておきな。あんたのお仲間の安全は全く保障できないけど、このくらいの状況なら、なんとかできなくもないから」
そう言ってからアクシャは手を引っ込めると、一角獣を胸のポケットから出し、それにまたがった。アエチディードは振り向くと、それを止めるように口を開く。
「どう戦うつもりなの?」
「知りたきゃ見てるといいさ、役には立たないだろうけど」
それだけ言うとアクシャは一角獣を走らせ、その場から去っていった。アエチディードはそれを追わずにインゲルベガの元に戻る。
「なんだったんだ?」
「これから戦いが動くわよ、隙があれば手も出す」
「そうか、あいつが何かをするわけだな」
インゲルベガは猛スピードで駆けるアクシャを見下ろす。アエチディードもそれを目で追いながら、インゲルベガの手を軽く撫でて高度を落とし始めた。
その下、悪魔達とトーラ達五人の戦いは混沌としていた。キーツと狼はアナスタと一緒に下がった場所でそれを見ているが、どちらが優勢かもわからなかった。
「アナスタさん、応援は来ないんですか!?」
「二人くらいはこっちに来られそう、でも魔物みたいなのが街中に出てて、そっちの対応も必要らしい」
「それも悪魔の仕業ですかね。あ、危ない!」
エトラにビジルデーモンの炎が迫った。それはなんとか障壁を張って防ぐが、それが爆発してエトラが吹き飛ばされてしまう。
そこにレウスが走りこみ、ビジルデーモンに剣を振るうが、その一撃は受け止められ、レウスごと弾き飛ばされてしまった。
アライアルとシガッドはそれに気づくが、両者とも目の前の敵の相手で援護をする余裕がない。ビジルデーモンは体勢を立て直そうとしているエトラに手を向けるが、そこに一本の矢が迫り、直前で爆発をした。
その衝撃はビジルデーモンの動きを止めるだけでなく、混沌としたその場の空気を一瞬静止させた。そして、それは重い着地音で動き出す。
「さて、盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろパーティーは終わりだ」
一瞬で場の中心となったアクシャは一角獣から飛び降り、弓矢を投げ捨てた。それからキーツに軽く手を振る。
「少年、よく見ておきなよ!」
大声でそう言うと、アクシャは帽子をキーツに向かって投げ、眼鏡を外して足元に置いた。それから二回胸の前で手を叩く。
「さて、三匹の悪魔がいるようだけど、どいつからかかってくる? 一斉に来てもいいし、隠れてる残りの一匹を呼んでもかまいやしないよ」
その言葉に悪魔達は一斉に標的をアクシャに変えたようだった。アライアルとシガッドはそこで動こうとするが、アクシャが手を上げると同時に二人の足元の地面が動き、その足を拘束するような形になって動きを封じた。
「シガッド、それにそっちのパイロフィストの青年もとりあえずおとなしくしておきな。悪魔との戦いかたを見せてやるからさ」
その言葉が終わる前に、ビジルデーモンが放った炎がアクシャの背中に迫る。だが、それは直前で生じた強烈な突風によって散らされた。アクシャは首だけ回して口の端に笑みを浮かべる。
「そんなもんじゃ届かないけど?」
さらに、前方からは二体の悪魔が飛びかかって来るが、その前方には地面から燃え盛る土の槍が突き出て行く手を阻む。
「この程度? 悪魔っつっても大したこたあないね」
アクシャはさらに悪魔達を煽り、不敵な笑みを浮かべた。悪魔はそれに魅入られたようにアクシャに集中し、今まで戦っていた五人は放置されてしまう。
「ちょっとアクシャ!」
トーラが声を上げるが、アクシャは指を振る。
「ここはあたしに任せて、あんたらは見るだけにしておきな。勉強は大切だ」
「なにを!?」
アライアルは足を拘束するものを砕き、かまわず動こうとしたが、その前に土の槍が飛び出てきて足を止め、さらに炎が周囲に発生した。
「おっと、腕に自身があるのはけっこうだけど、今はおとなしくしときなよ、これから面白いところなんだからさ」
「いったい貴様は!」
そう叫ぶアライアルにトーラが駆け寄り、炎の外から声を上げる。
「アクシャの邪魔はしないほうがいいから! とにかく黙って見ときなさい!」
アライアルは初対面のトーラにそこまで言われて混乱すると同時に、その様子に勢いを殺がれてしまい、それ以上動こうとはしなかった。アクシャはそれを確認してから、右手をぐるっと大きく回した。
「じゃあ、ちょっと暴れようかね」
そして一角獣の首にその手を置くと、一角獣の姿が薄れ、アクシャの右腕に吸い込まれるようにして消えた。
アクシャの外見に変化はないが、調子を確認するように右手を握ったり振ったりしてから、律儀に待っていたように見える悪魔を見回す。
「なかなか礼儀正しいね、こっちは準備できたからいつでもきなよ」
そこに氷の矢と雷が放たれ、アロンデーモンが飛びかかるが、アクシャは一気に後方に大きく跳び上がると、近くの建物の屋根に飛び乗った。
「よっと」
そしてすぐにそこから跳躍すると、突進してきていたイエイズデーモンの頭を左手でつかみ、そのまま地面に叩きつけた。さらにそのまま手に力をこめて頭をきしませる。
「痛いかもねえ」
アクシャが右腕を引くと、その手に闇としか言えないものが集まる。そして、それは掌打としてイエイズデーモンの胸に向かって真っ直ぐ突き出された。




