悪魔のもたらすもの
街には噂が駆け巡り、混乱が広がっていた。それは行政府が何者かに占拠され、爆破されただとか、パイロフィストがついに国の上層部を制圧しただとか、不確定な噂ばかりだった。
その状況で行政府付近には避難命令が出され、住民は続々と移動していたが、それとは別の動きをする者達の姿もあった。
「だいぶ集まったようね」
アエチディードはその姿を上空から満足そうに眺める。隣のインゲルベガはそれを見て首をかしげていた。
「悪魔相手に本当にこれが役に立つのか?」
「パイロフィストとかには劣るけど、魔道具とかいうのを持たせてやれば、人間だって力にはなるわよ」
「苦労に見合うといいがな」
「大して期待はしてないけど。手があったほうがいいでしょ」
「そういうものか。まずは様子見だな」
アエチディードは軽くうなずくと、その場から姿を消した。そして、傭兵らしき者達の前に現れると、そこに集まったものを見回す。
「だいぶ集まったようね」
「はい、なんとかこれだけは」
傭兵に魔道具を渡していた中年の男は、突然現れれたアエチディードに驚く様子もなく返事をした。傭兵達もその様子にそれほど驚いた様子はない。
「いよいよ本番だから、せいぜい頑張ってもらえるとうれしいわね」
「それはもちろん、お代のぶんだけは」
中年の男はそう言うと、傭兵に顔を向ける。
「そういうわけですから皆さん、ここからが本番です。報酬のぶんは働いてもらいますよ」
「おお!」
雑多な構成の傭兵達が手に持った魔道具を掲げて返事をした。そこでアエチディードが重そうな袋を中年の男に渡す。
「報酬は渡しておくから、てきとうにやったら撤退してもいいわよ」
袋の重みを確かめた中年の男は満足そうにその重みを確かめた。
「危険な仕事に見合うだけのものはある報酬をありがとうございます。また何かありましたらぜひご贔屓に。魔道具の密造でもパイロフィストへの奇襲でも、見合う代金さえ頂ければなんでも手配しますので」
アエチディードはそれには返事をせずに、その場から姿を消した。それから中年の男は軽く手を上げる。
「後はクライアントの意向に沿うように、かつ死なない程度に頑張りましょう」
そうして散っていった傭兵達は、次々と閉鎖されている区画内に進入していった。
一方、パイロフィスト支部ではアナスタが機材をまとめて出発の準備をしていた。キーツもそれを手伝って働いている。
「こんなに機材を持っていくなんて、かなりのことが起こったんですね」
「そう、詳しくは聞いてないけど、副隊長があんなに焦ってるんだから、そうとう大事。私達は戦闘には参加できないけど、何が起こっているかは調べられるから」
「それなら僕も行きます」
「危険があると思うけど、大丈夫?」
「それならあたしも一緒に行くから大丈夫」
そこにトーラが口を挟むと、アナスタはそれを見てうなずいた。
「護衛もいるし、これなら問題なし」
それから数分後、車に機材を積み込み、技術部員二名を加えてキーツ達は出発していた。
「でも、本当に何があったんでしょうか」
「…予断を持つのは禁物だけど、この際だからしょうがないか。副隊長をあれだけ慌てさせるのは、魔族以上の存在、つまり悪魔くらいしか考えられない」
「悪魔、ですか。実体を持たず、人や魔族に憑依して力を振るう別の世界存在で、最後に遭遇したのはパイロフィストの初代団長。それで、その時に勇者によってこの世界から追放されたんですよね」
「そう、つまり何百年単位で現れなかったわけで、情報は古すぎる。だから、危険があっても出来ることは全部やらないとってこと」
それを聞いたトーラは無言で聖剣の鞘をそっと撫でた。そうしているうちに車は目的地に到着し、ハイガルが一行を迎えた。
アナスタは口を開くよりも早く、目の前の現象に首をひねる。
「これは、行政府が?」
キーツの言葉にハイガルは無言でうなずくと、自分の背後に広がる無色で光を吸収している巨大なドームに目をやった。
「爆発が起きてからこの状況です。クラール隊長との連絡もつきません」
ハイガルはため息をついた。アナスタは技術部員の肩を叩いてから、機材を下ろすように指示を出す。キーツもそれを手伝い始めると、トーラはそれには手を貸さずにドームを見上げた。
「…おかしいけど、何だろう」
そして、聖剣の柄に手を置くと、そこから何かが流れ込んでくるような感覚があった。トーラは驚いて一度手を放したが、すぐに思い直してもう一度、今度は柄を握った。
「ぐっ!」
突然うめいたトーラにハイガルは振り返り、キーツが駆け寄った。
「トーラさん! どうしました?」
「…ん、ああ。ちょっとこれがね」
トーラは聖剣を軽く叩く。キーツはそれで何かに気づいたようだった。
「まさか、あれに関する記憶でも?」
「記憶?」
ハイガルが疑問を発すると、キーツはそちらに顔を向ける。
「トーラさんの持つ聖剣は歴代の継承者の記憶と力を宿しているんです。もしかしたらこの現象の記憶があったのかもしれません」
「そういうことですか」
そして、キーツとハイガルの視線がトーラに集まる。注目されたトーラは軽く首を横に振ってから息を吐き出した。
「そんなはっきりしたものじゃないんだけどね。でも、あれが悪魔の使う特殊な空間だっていうのはわかった」
「それは、どういう?」
「あの中だと悪魔は何かにとりつかなくても実体を持てるらしいってこと」
「そういうことですか。では、あの爆発はクラール隊長の攻撃で、まだ戦闘は継続中と考えるべきですね。どうにかしてあれに穴を開ける必要がありますか」
そこで、トーラが聖剣を抜いた。
「とりあえず、あたしが攻撃してみる。下がって見てて」
聖剣の刀身が光を放ち、トーラは一気に加速すると高く跳び上がった。
「ハアッ!」
聖剣が縦一文字に振り下ろされ、ドームを切り裂いたに見えた。だが、トーラが顔を上げると、それは少しへこんだ程度で、穴を開けるにはいたらなかった。
「衝撃は伝わったようですね。私の魔法よりもかなり効果があります」
「あー、駄目だった」
ハイガルは手応えを感じていたが、当のトーラは首を横に振りながら戻ってきた。
「いえ、トーラさんには引き続き攻撃をお願いします。後は…」
そこで、機材を出し終えたアナスタが手で準備完了のサインを出した。
「こっちは大丈夫」
ハイガルは深くうなずく。
「では、まずはあれの解析と突破、それから、あの内部の隊長と合流するのを目的とします」
その一言で事態は本格的に動き出すことになった。




