本当の名
ジンはアロールフを追って空を飛んでいた。まだ見失ってはいなかったが、その差は徐々に縮まってきている。
「傷ついているはずだが、速いな」
ジンはさらに速度を上げようとしたが、それより先にアロールフとの間に一つの人影が割り込む。そこから無数の氷の礫が放たれ、ジンの動きを止めた。
「我が名はエリオンダーラ、お前は予想を上回る速度で成長しているな」
その人影、エリオンダーラの言葉に、ジンは動きを止めた。
「俺を知っているのか」
「記憶はまだないようだが、安定はしているな。この調子なら問題あるまい」
「何を言っているんだ?」
「力も確かめてやろう」
エリオンダーラは自分を包むように無数の氷の礫を出現させ、それを高速で回転させ始めた。
「まずは防いで見せろ」
手が動くと、回転する氷の礫から、まるで蛇のように四本が飛び出す。その勢いはかなりのものだったが、ジンは腕を一振りするとそこから発した衝撃波でその全てを弾き飛ばした。
「力の精度が高いな。無駄も少ない」
そう言って右手を上げると、今度は礫ではなく、一瞬で人の胴体ほどのサイズの氷の塊を作り出した。
「重いぞ」
エリオンダーラの腕が振るわれると、氷の塊は一直線にジンに向かう。ジンはそれを避けようとはせずに、右手を前に突き出した。
次の瞬間、そこから衝撃波が広がり、氷の塊の勢いを受け止めてみせる。そして手首をひねると、氷の塊もそれに追随して回転を始める。
そのまま回転の速度が上がっていくと同時に、周囲が大きく削られていき、十分に小さくなってからジンはそれを上空に投げ出した。
「力の集中も問題ないようだ。ここまでとは予想外の完成度だな。一緒に行動している人間の影響か?」
そのつぶやきが終わるより早く、ジンはその目の前まで到達していた。だが、エリオンダーラは慌てることなく、そこで繰り出された右の拳を受け止めていた。さらに、ジンの腕は肘までが瞬時に氷に包まれる。
ジンはすぐに左手を氷に叩きつけてそれを砕くが、その直後、ジンの下方から氷の礫が襲いかかった。だが、それは振られた足から発した衝撃波で全て粉微塵になった。
「反応も大したものだ」
次の瞬間、一瞬で距離を詰めたエリオンダーラの手がジンの首をつかんでいた。
「だが、まだ足りない。やはり、記憶を失ったのが原因なのか」
ジンはすぐに反撃しようとするが、それより先に首より上を除いた全身が氷漬けになっていた。
「落ち着け、伝えることがあって来ただけだ。まず、お前の本当の名を教えよう」
「名前?」
「シガッド。それがお前の名だ」
「…っく」
名前を告げられると同時に、ジンの頭に痛みが走った。その反応にエリオンダーラは顎に手を当てる。
「引金になったか。ならば」
一つ指を鳴らすと、ジンの下半身を覆っていた氷が砕け、二人を中心として四角い氷が展開され、そこは密室となった。ジンはその氷の上に片膝をつき、エリオンダーラは腕を組むと、その様子を見守る体勢になった。
「多少の時間はある。落ち着いて記憶を取り戻せ」
最初に起こったのは頭痛、その直後に胸が締め付けられるような感覚が襲ってきた。力の制御も乱れてしまっている。
頭の中にあるのはエリオンダーラが告げたシガッドという名。その名が頭の中で響き、頭痛はますます大きくなっていく。
「シガッド、俺の本当の名」
消え入りそうな声で自分に言い聞かせ、ジンはなんとか落ち着いて今の状況に対処しようとする。そうしていると、痛みの中に霞がかかったような何かが見えてきた。
それは何にも見えないぼやけたものだったが、何かのイメージだというのは判断できた。痛みの中でもジンはそのイメージに集中していく。
「…これは、俺の?」
イメージでは、レギとマグス、それにエリオンダーラの姿もあった。さらに、違うイメージも浮かんできて、その中にもやはりエリオンダーラの姿が見えた。ある程度見えてくると、そこからは洪水のように様々なイメージがあふれてきた。
それによって、エリオンダーラが人間の超能力に目をつけ、自分が五人目だというのがわかった。最初の二人は不明、前の二人はレギとマグス、その中でも自分が一番の力を持っていたが、ある日を境に暴走、記憶を失ったというものだった。
「そうか、それで俺は」
すでに頭痛も、胸が締め付けられるような感覚もなくなっていた。軽くなった体で立ち上がり、エリオンダーラを真っ直ぐ見る。
「思い出したようだな」
「ああ、俺はシガッド。あんたに育てられた五番目の超能力者だ」
「そこまでわかったのなら、自分のすべきことも理解したな」
「理解した。そのためには今のまま、あいつらと一緒にいるのが一番いいというのも」
その返答にエリオンダーラはうなずいた。
「記憶を取り戻した今なら力も増しているだろうが、今のお前ならば制御できるだろう。目的を見失うな」
「はっきり目的が出来たぶん、今までよりも楽になった」
「ならばもう行け」
エリオンダーラが腕を振ると、周囲の氷が砕けた。中の二人は上と下に分かれ、その場から去っていった。
それからしばらくして、シガッドは目立たないところに降り立ったはずだったが、背後に気配を感じて振り返った。
「おっと、勘が良くなったんじゃないの」
「そうか? まだお前にはかなわないと思うが」
「いやいやいや、偶然偶然、それより早く戻らないと皆心配するよ、ジン」
「ジンか、せっかくもらった名だが、俺は本当の名を思い出した」
アクシャはそれを聞いて、感心したような表情を浮かべる。
「へえ、その名っていうのは?」
「シガッドだ」
「ふうん、じゃあ記憶なんかも戻ったりしたわけ」
「そうだ、話すつもりはないが」
アクシャはそれに軽く微笑を浮かべて首を横に振った。
「別にいいよ、話したくなったら話せばいい。これからよろしく、シガッド」
それから背中を向けてアクシャは歩き出した。その軽い反応にシガッドは意外な気もしたが、それよりもアクシャには全て見透かされているような気がして落ち着かない。それでも、とりあえず今は黙ってついていくことにした。




