学院騒乱
学院の始業時間、登校してくる学生達を迎える門に、一人の見慣れない若い男が立っていた。男の名はジョシン、アテリイの隊の隊員だが、今はパイロフィストのトレードマークと言える赤いスーツは装着せずに、ただの警備員風の格好だった。
しばらくして学生が大体通り過ぎると、ジョシンはその場から離れ、壁によりかかって手帳を広げる。
「キーツ・オットバーグ。中等部から高等部を飛ばして大学に編入。学業成績は極めて優秀で王室からも勧誘を受けている。魔法はプロテクションの一種類しか使えないが、それに限ればかなりの使い手である、と」
自分に言い聞かせるようにそう言うと手帳をしまい、ため息をついた。
「とんでもない秀才もいるんだな。俺にも少しわけてもらいたいぜ」
それからジョシンは学院内を歩き出した。
一方、教室に入ったキーツの前にはレキスという一人の青年がいた。
「昨日の事件聞いたぞ、君の家の近くだったんだろ」
「はい。でも、すぐにパイロフィストの人が来てくれたので」
「へえ、それは見たかったなあ。おっと、講義が始まる」
レキスは自分が確保していた席に戻っていった。キーツも筆記具を出して講義に備える。そして、その講義が終わると、キーツのもとにはレミが姿を見せていた。
「色々大変だったらしいじゃない」
「レミさんも耳が早いですね」
「その様子だと、特に問題はないようね。エルシア」
レミが名を呼ぶと、エルシアは小さな箱を取り出した。それが開けられると、そこには五つの指輪が収められている。
「これは私が作らせた魔道具、見た目はともかく、効果は保障されてるわよ」
「なぜ、これを僕に」
「勘だけど。文句があるの?」
「いえ、ありがとうございます」
キーツは箱をエルシアから受け取り、自分の前に置いた。
「それじゃキーツ、昼に話を聞かせてもらうわよ」
そう言ってレミはその場から立ち去った。そこにレキスが再びやってくる。
「大変そうだな」
「そうでもありませんよ。レミさんもエルシアさんもいい人ですから」
「そうか、頑張れよ」
レキスはキーツの肩を軽く叩いてからその場を立ち去った。キーツも筆記具をしまい、レミから受け取った箱もカバンにしまうと、次の講義のある教室に向かった。
一方、ジョシンは学院にある初代理事長の銅像の前に立っていた。それは中年の女性が椅子に座った姿で、優しげな微笑を浮かべている。今はどこも授業中のせいか、周囲に人影はない。
その前にあるプレートには、その人物、数百年以上前の王妃のことが書かれていた。
「この人がいなかったらパイロフィストもなかったわけだ。初代団長のおふくろさんだもんな」
次の瞬間、ジョシンはいきなり体を反転させて空を見上げた。
「なんだよ、もう来たのか。カートリッジ、イネーブル」
ジョシンはベルトのバックルに手を触れると、それを外して反転させてから元に戻した。そして、腕を口元に持ち上げる。
「隊長、こちらジョシン。学院になにか来そうです」
「すぐに近くの者を向かわせる。それまではお前の判断でなんとかしろ」
「了解」
通信が終わるとほぼ同時に、ジョシンの前には男女の二人組みが降りてきていた。その二人は重そうな鎧を着て、かなりの高さから落ちてきたはずなのに、その着地は静かでほとんど音もしない。
「この近くであれの気配がしたのか?」
「そうよ、隠れるのがうまいからどうかはわからないけど」
二人組はジョシンが目に入らない様子で会話をしていた。だが、ジョシンが一つ手を叩くとそちらに意識を向ける。
「そこの不法侵入者二人、速やかに身分を明かして、一緒に来てもらおうか」
その言葉に二人組は顔を見合わせる。
「こいつは何者だ?」
「さあ、でも私達を待っていたらしいわね。どうする?」
「なら、排除したほうがいいか」
そして男のほうがジョシンに向けて足を踏み出した。
「まったく、ずいぶんな言い草だな。まあやるだけやらせてもらうけどな」
ジョシンは右手を水平に上げ、それを軽く動かした。それと同時に二人組を包み込むように青く透明な壁が出現した。さらにそれは格子状になり、その色を濃くする。
「これはなんだ?」
男がそれに触れると、その手が軽く弾かれた。
「プロテクション、モードジェイルってな。しばらくおとなしくしてもらうぞ」
ジョシンの言葉を聞いてから女もその檻に触れ、首を横に振る。
「なかなか強力な障壁ね。少し派手にやらないと破れないかも」
「ならそうすればいいだろ」
「無駄な力を使うのは好きじゃないのよ」
「これはすぐになんとかしたほうがいいだろ」
「暴れたいだけならやめときなさい。効率的な方法を考えるから」
のんきな様子で会話する二人に、ジョシンは警戒を強める。
「装備がこれじゃやばいかもな。まあそれよりも」
ジョシンは腕輪を軽く撫でてから、口に近づける。
「こちらはパイロフィストだ。全学院関係者に告げる、不審者が学院内に進入した。全員建物の中に入って外に出ないように」
その声は魔道具の力で広大な学院内に響き渡った。それからジョシンは自分の作った檻の中の二人に視線を移す。
その二人は自分達を包む檻をじっくりと観察していた。
「これは実に高度な魔法ね。パイロフィストっていうのは派手なだけじゃないということらしいわ」
「だが、破れるんだろ」
男の言葉に、女は無言でうなずいた。そして、素早く檻の数箇所を指で突き始める。ジョシンはそれを見て、最初は何が起こっているのかわからなかったが、すぐに異常に気がつき表情を変える。
「こいつ!」
檻の形が揺らぎ始め、ジョシンはすぐにその場から飛び退く。次の瞬間、檻が弾け、飛び出した男の足がジョシンがいた場所の石畳を砕いていた。
「勘のいい奴だな」
そう言った男は、地面に膝をついたまま顔を上げてにやりと笑う。
「だから言ったでしょ、派手なだけじゃないって」
そこに後ろから女がゆっくりと近づく。ジョシンはその二人に対し、油断なく構える。
「お前達、パイロフィストに敵対するってことがどういうことかわかっているのか?」
男はそれを聞いて女に振り向いた。
「どういうことだ?」
「あの連中は今の人間の中じゃ最強、とか言われてる」
「最強か。ならちょうどいいな」
「そう、実験にはね」
「なら、まずは俺が確かめてみても問題はないよな」
「もうやってるでしょ。まあこの際だから、適当にやっておけばいいんじゃないの」
「よし」
男はジョシンに向き直り、腕を軽く回す。ジョシンはそれを見て、唇の端を上げた。
「こいつはまずいな。今の俺一人で止められるか?」
次の瞬間、男が地面を蹴ってジョシンに突進してくる。そして拳が突き出された。
「ファントムブレード!」
ジョシンの右腕から瞬時に光の刃が形成され、その拳を受け止めた。そして、その刃が振るわれると、男は真っ直ぐ後ろに飛び退く。
「素手でこいつを受けられるのかよ。人間じゃないよな、こいつ」
つぶやいてから、ジョシンは右腕の光の刃を中段に突き出して構えた。