動き出す事態
「とりあえず皆さん揃ったようなので、始めさせていただきます」
ハイガルは支部のホールに集まった者達を確認してから、ホワイトボードを手に持った棒で叩いた。
「さて、助っ人が来たおかげで、ずっと続いていた状態を覆すことができそうです。ここへの襲撃はすでに全員ご存知でしょうが、その間に魔道具の密造工場を一つ潰すことができました。それはそこにいるレウスさんとジンさんのおかげです」
レウスとジンに視線が集まるのを確認してから、ハイガルは前列のクラールと視線を合わせる。
「うむ、続けてくれ」
クラールはうなずいて先をうながす。
「魔道具の密造工場を押さえたことによって、今までにない情報を得られることが期待できるわけですが、まずはこれによって相手がどう動くのかが重要です。そこで、こちらとしては相手の動きを待つのと同時に、さらに積極的に動いていくべきと考えています」
そこでハイガルは一度言葉を切り、ホワイトボードに実働部隊の隊員の名前と、キーツ達の名前を書いた。
「しかし、我々パイロフィストは良くも悪くも公的な組織ですし、手の内も知られているので、動きにくいわけです。そこで、レウスさん達には悪いのですが、さらに続けて個人として魔道具の密造工場を押さえてもらいます」
「それはいいんだけど、そうすると青年達がお尋ね者になったりするんじゃないの?」
一人だけ立っていたアクシャが口をはさむと、ハイガルはうなずく。
「そうですね、一時的にですがそういうことになる可能性はあります。もちろん、そうならないようにこちらでも手を尽くします」
「それは当然だけどね、形としては特に何の資格もない一般人が暴れまわってるだけなんだから、普通やばいでしょ」
「そこはできるだけ素早く情報を公開して対応します。魔道具の密造工場を摘発したという結果があれば、過程をごまかすことはできますから」
ハイガルの自信のある様子に、アクシャは軽く首をかしげたが、口を閉じた。
「そういうわけですから、レウスさんとジンさんには引き続き密造工場を制圧してもらいます」
「同じようにやればいいのか?」
ジンがそう発言すると、ハイガルは笑顔になる。
「そうして頂けるとありがたいですね。次からは相手の警戒も強まるでしょうから、今回ほど簡単にはいきませんよ」
「望むところですね」
レウスの力強い言葉にハイガルはホワイトボードを二回叩いた。
「ありがとうございます。では、バックアップは、そうですねエトラに頼みます」
「はい、了解しました」
エトラは立ち上がると、ジンとレウスに顔を向けて口を開く。
「副隊長、私一人ですか?」
「もちろん、職員はつけますが、基本的にはあなた一人でサポートしてもらいます」
「了解しました。全力でつとめます」
「よろしくお願いします。さて、それ以外に関してですが、隊長以下、我々実働部隊はこれまで通りに街の巡回です。もちろん、不測の事態への対応のために連絡は密にします」
「待てハイガル、それではここがまた襲撃された時どうする? まさか、お前が備えをしなくていいとは言わんだろう?」
クラールがそう言うと、ハイガルは同意のうなずきをしてから視線をアクシャに向けた。
「支部はそちらのアクシャさんに一任しようと考えています。よろしいですか?」
「いや、あたしはやんないよ。そこのトーラを少年の護衛につけるから、それで十分さ」
「ほう、そちらのトーラさんを、ですか」
「こんなんでも聖剣の継承者だからね。魔族でもなんでもござれだ」
「そこまでおっしゃるなら、それでお願いします」
「はいはい、あたしも一応注意しておくから、まあ心配しなさんな」
アクシャが手を振って軽く肩をすくめると、ハイガルは棒を畳んだ。
「とりあえず全体のミーティングはこれでいいですね。具体的なことは個別に決めていくのがいいでしょうから、これで解散とします」
その言葉で、集まっていた者達はそれぞれホールから散っていった。残ったのはハイガルとクラール、その二人は静かに向かい合って椅子に腰を下ろしていた。
「ハイガルよ、お前がやろうとしていることは綱渡りに見えるな」
「そうでしょうか? 私は彼らの力を正当に評価していて、それほどの危険はないと判断しています」
「しかし、魔族がからんでいるとなればな、どれだけ用心しても十分ということはないぞ」
「保険のために遊撃に連絡を入れるべきでしょうか…」
「遊撃か、近くにいれば呼びたいな」
「わかりました、すぐに連絡をとって確認します」
ハイガルはホールから足早に出て行き、一人残されたクラールは腕を組んで天井を見上げた。
「まあ、間に合いはしないだろうが、あの男に久しぶりに会うのも悪くなかろう」
そして、支部の外に出たアクシャは後ろについてきたキーツを振り返った。
「どうしたい少年? 浮かない顔してるね」
「そうですか?」
「そうそう、ひょっとして魔族に圧倒されちゃったことでも気にしてるのかい?」
「いえ、そんな。僕は戦うことができるわけではないですから。でも、魔道具が全く通じなかったのは少しショックでした」
アクシャは黙ってその先を待つ。
「あの魔道具は出来がいいと思うよ。まあ、あの魔族は特別だからね、そう落ち込むもんじゃないさ」
それからアクシャは眼鏡を外してコートの袖でレンズを拭った。
「少年は度胸があって戦いもできるだろうけど、だからってやらなきゃいけないわけじゃない。今回は偶然そうなったけど、少年がやりたいことは違うだろう?」
「はい、僕がなりたいのは発明家ですから」
「なら、それをしっかりやるのが重要だ。荒事はあたしみたいなハンターとか、宿命なんかを背負ってる奴らにやらせときな」
「…宿命、ですか」
そこでアクシャは眼鏡をかけなおしてにやりと笑った。
「そう、世の中には色々面倒なもん背負ってる奴がいるもんなんだよ。少年が欲しいもんとは正反対のを背負った連中がね」
「僕の欲しいもの…」
「発明家になって色々便利なものを作ったりするんだろう? 便利になって時間がたっぷりできれば、それは自由ってやつの一つだ。少年はそれを世の中に広げたいんじゃないのかい? つまり、そこにたどり着くために色々やらなきゃいけない連中のために、手助けになることが少年にはできるのさ」
それからアクシャがキーツの肩を軽く叩くと、そこにトーラが早足で近づいてくる。
「アクシャ、これからどうすんの?」
「あんたがやることは変わらないよ。あたしはてきとうにそこらへんぶらついてるから、何かあればすぐに駆けつけるさ」
そう言うと、アクシャはキーツの耳元に顔を近づけた。
「少年、自分がやるべきことを見誤っちゃいけないよ」
アクシャはすぐに顔を離すと、二人に背を向けて手を上げながら歩きだした。
「じゃあ、お二人さん、それぞれ頑張んなよ」
「はい!」
キーツはその背中に元気よく返事をしたが、トーラのほうは何か釈然としない表情でキーツとアクシャのことを交互に見ていた。
「何を話してたの?」
「進路相談です」
答えたキーツの表情は晴れやかなものだった。




