推測等
アテリイに先導され、キーツとファマドは派手さはないが、重厚で巨大な建物の前に到着していた。アテリイが守衛に手を上げると、一行は中に入っていく。
そして、今の時間でも人が揃い、明るく広々とした受付を通り過ぎ、階段を上っていくと、小さな会議室のような部屋に入る。アテリイは明かりをつけて二人に椅子を勧めると、自分は外に出て行った。ファマドはすぐに椅子に座って、天井を見上げる。
「やれやれ、面白いことになってきたね」
キーツも椅子に座って口を開く。
「それよりもおじさん、あの人と知り合いだったんですね」
「まあ、ちょっとしたことだけどね」
「ちょっとしたって、パイロフィストの人と知り合いなんてすごいですよ」
「そうかもね。でも、そんなに大したことでもないさ、長く生きてれば」
ファマドは薄く笑い、キーツは首をかしげた。
一方その頃、アテリイは事務室のような場所で同じように赤いスーツに身を包んだ男、副官のベネディックと向かい合っていた。
「例の銀行強盗の供述が取れたようです。使っていた魔道具は何者かに渡され、強盗のための情報もそこから得た、とのことです」
「何者か、か。まあそっちは任せるぞ、ベネディック。国の諜報部とも連携してくれ」
「了解しました。しかし、あの男のほうは大丈夫ですか」
「まだ未確認なことが多い。並の魔法が効かないのは確認したがな」
「くれぐれも気をつけてください、まだどんな力を持っているのかもわかっていないのですから。私のほうは早速とりかかります」
「頼む」
アテリイはそこを出て、キーツとファマドを待たせている部屋に向かった。
「待たせてしまって申し訳ありません」
「いいや、そっちも忙しいだろうからね」
ファマドは笑顔でアテリイを迎えた。アテリイはうなずくと、二人の向かい側に腰を下ろす。
「早速ですが、あの男について、見たことを教えてもらえませんか」
「大したことはないけど、キーツ、君から話してくれないかな」
「はい」
ファマドに名を呼ばれると、キーツは返事をして口を開く。
「家に居たんですけど、外から爆発音が響いてきたので、出てみたら建物が燃えていたんです。すぐに駆けつけたんですけど、そこにはあの男がいて、周囲の瓦礫を浮かび上がらせて攻撃してきました」
「瓦礫を?」
「はい、あれが魔法だったかはわかりませんけど、たぶん違います」
「魔法ではないと? なぜそう思うのかな」
「あれはただ単に物だけが飛んできただけでした。それに、魔法を発動した様子もまるでなかったので、何か別の力としか思えません」
ファマドはそのキーツの言葉に黙ってうなずき、アテリイもそれに同意したようだった。
「だが、そうなると最後の建物をまるごと持ち上げたのはただ事ではないですね。あれほどのことができる魔法以外の力となると、一つだけあるにはある、といっても、あれを使える者がそういるわけもないですね」
「ああ、あれか。まあ、それはないだろうね」
ファマドがうなずき、キーツはそれが気になったようだが、二人がそれ以上語ろうとしない様子に、今は口を挟まなかった。それからアテリイはリラックスしたような様子になり、何か思い出したようにキーツに顔を向ける。
「そういえば、キーツ君は学院に通っているのだったね」
「はい」
「夫から話は聞いてる。ディエスタと言えばわかるかな」
「え、先生とご夫婦だったんですか!? 先生にはいつも色々教えてもらっています」
キーツは身を乗り出し、アテリイも笑顔を浮かべた。
「そうなのか。熱心で優秀な学生だと聞いているよ」
そこからはしばらく雑談が続いたが、ファマドが立ち上がったことでそれは終わった。
「とりあえず、今はこれ以上のことはなさそうだね。僕達は帰らせてもらってもいいかな」
「問題ありません。ですが」
アテリイも立ち上がると腕輪を取り出し、それを二人の前に置いた。
「通信用の魔道具です。いざという時のために持っておいてください」
「キーツ、これは君が持っておくといい。学院でなにか起こらないとも限らないからね」
「わかりました」
キーツは立ち上がってから腕輪を手に取ると、それを腕にはめてアテリイとファマドのことを見る。
「本当に学院で何か起こるんでしょうか?」
「それはわからないね。あの男の行動を判断するには材料が少なすぎる。でもまあ、この王都でも特に人が集まるところだから、何か起こる可能性は高いはずだよ」
「それなら、学院にも連絡をしないと」
「それは私のほうで手配しておく」
アテリイが言うと、キーツは安心した様子になり、ファマドと共に外に出て行った。アテリイもそれを見送ると、明かりを消して部屋の外に出た。
翌日、アテリイは再び王宮を訪れていた。そして、イステルの部屋に入ろうとしたが、ドアに手をかける前にその当人が部屋から出てきた。
「お、悪いけど少し待っててくれ」
「わかった、待たせてもらおう」
アテリイは当たり前の様子で部屋に入り、イステルを待つことにした。一方、イステルは焦った様子で早足で王宮内を歩き回る。
「ったく、部長はどこで遊んでるんだか」
悪態をつきながら王宮をさまよっていたが、しばらくして角を曲がったところで立ち止まった。
「なにやってるんですか!」
イステルは小声でいいながら、一見したところ単なる掃除の老婆に近づいていった。老婆はほうきを操る手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
「おや、何の用ですか?」
「とぼけないでください、今はいろいろ大変なんですよ。それにパイロフィストのアテリイが来てます」
「アテリイが…」
そうつぶやいた老婆の目は、見た目と反する若い輝きを帯びていた。
「部長、楽しみならすぐに来てください」
「仕方がないわねえ」
老婆はため息をつくと、頭の三角巾を外した。
「すぐ行くから、地下でね」
「頼みますよ」
イステルはその場を立ち去り、それを見送った老婆は背筋を伸ばし、結んでいた髪をといてから、顔をハンカチで拭った。すると、そこに立っているのは掃除の老婆ではなく、せいぜい中年の入口に立った女の姿があった。
それからしばらくして、地下の諜報部本部でアテリイがその女に手を差し出していた。
「お久しぶりですね、マジェリン部長」
マジェリンと呼ばれた女は笑顔でアテリイの手を握り返す。
「こちらこそ、アテリイ。今日は例の謎の男に関して?」
「もちろんそうです」
「じゃあ、すぐに取りかかりましょうか」
諜報部とパイロフィストの共同行動が始まった。