魔剣と聖剣
翌日から、キーツ達一行は二つに分かれて行動することになった。一つはキーツとジンに狼があの老人との勉強会。もう一つはレウスにトーラとアクシャの修行組だった。
「さて、ここでの滞在はせいぜい五日だ。落ち着いて色々できるのはこの間だから、気合入れていきなよ」
そう言ったアクシャに背中を叩かれたレウスは、剣の形にしたガランダルドを構える。対するトーラは聖剣を手に持ち、それを油断なく構えている。
「いつでもいいけど」
トーラが口を開くと同時に、レウスが地面を蹴って袈裟切りに剣を振り下ろした。その一撃はトーラの聖剣によって軽く弾かれてしまう。
「軽いわね」
そう言ったトーラは素早く踏み込むと、左の拳をレウスの胸元に突きつけた。だが、トーラはすぐにその拳を引っ込める。
「あなた、全然本気じゃないでしょ」
レウスは首を横に振って剣を下げた。
「それはあなたもそうでしょう」
「だって、力入れたらあんたが怪我しちゃうでしょ、本気出してくれないとさ。この聖剣の力が見たいんなら、やる気だしてくれないと」
レウスはうなずくと、その表情が変わった。
「なら、俺の今の全力を見せようじゃないか」
そして、レウスは自分の右手に剣を突き刺した。そして剣は崩れ、レウスの血と一緒にその周囲を漂う。
「我が血をまとい姿を現せ」
レウスの右手を肘までの手袋が包み、その手には真紅の剣が収まっていた。さらに赤黒い血管がその顔の右半分まで伸びていた。
「うへえ、気持ち悪い。なにそれ?」
「ガランダルド・ブラッド。今の俺の全力だ」
「ふうん」
トーラが剣を握る手に力を込めると、その刀身が強い光を発した。
「それならあたしもちゃんとやるよ」
次の瞬間、血管がトーラに向かって伸びる。
「ブラッディストリング!」
「おっと」
トーラはそれを地面を蹴って後ろに跳んでかわした。レウスもすぐに地面を蹴ってそれに追いすがる。だが、トーラの動きの軌道がいきなり変わり、すべるように横に動いて、それをすかした。
「へえ、うまくなったもんだ」
アクシャはそれに感嘆の声をもらす。そして、トーラとレウスは一度動きを止め、互いに剣を構えた。
「さっきよりはましみたいね」
「ましか…」
「そう、じゃあ今度はこっちから!」
トーラは一瞬でレウスの目の前まで到達していた。レウスはそれに反応して剣を持ち上げるが、そこに聖剣が叩きつけられ、その衝撃でレウスの立つ地面が陥没した。
「これで膝をつかないなんて、やるじゃん」
「ああ、だがここは俺の間合いだ!」
レウスの右の手袋から伸びる血管が瞬時に周囲に広がり、それはトーラを包み込むようにして動いた。
「ブラッディサークル!」
赤黒い血管が一気に収縮する。だが、トーラは地面を蹴って宙に舞い、そこから逃れた。レウスはその間に血管を元に戻すと同時に着地したトーラに迫る。
しかし、トーラはレウスが攻撃する間もなく、さらに大きく後方にステップをした。
「その気持ち悪いのはあんまり間合いは長くないみたいじゃない。速度とかは悪くないけど、使い方がいまいち」
「使い方だと?」
「あんた、それで相手を拘束しようとしてるでしょ。決まれば一撃だろうけど、そんなもんじゃあたしは捕まらないよ」
「なら、どうしろっていうんだ」
「手が増えてるようなもんなんだし、回転力上げればいいじゃないの。できるんなら」
レウスは自分の右手を見つめる。
「やってみるか…」
そして剣を構えなおすと、トーラも口の端で笑って剣を構えた。
「そうこなくっちゃ。いい運動になりそう」
それを見たアクシャは苦笑を浮かべる。
「思ったよりも気が合いそうだねえ、同じ剣士ってだけのことはあるか。いい影響があるといいけど」
その目の前で再びレウスとトーラは激突した。今度のレウスは剣と血管をわずかな時間差で振るってトーラに攻撃をしかける。
だが、トーラはその攻撃も剣と身のこなしで全てかわしてみせ、さらに隙をついてレウスに足払いをしかけた。
レウスはそれを食らったが、なんとか耐えて踏みとどまりながら血管を伸ばしてトーラに反撃をする。トーラは踏み込みながらそれを剣を振り下ろしてそれを切り払い、そこから剣をレウスに向けて振り上げた。
次の瞬間、聖剣と魔剣がぶつかり合う音が響いた。レウスは上から抑えるほうだが、トーラの力に逆に押し上げられていく。
「その程度の力じゃ押し切れるけど?」
「これからだ! ブラッディニードル!」
鋭い針のようになった血管が広がり、上空からトーラに襲いかかった。そこでトーラは剣を握る手に力を込めると、一気にレウスの魔剣を跳ね上げて叫ぶ。
「風よ!」
声と同時にトーラを中心として小さな竜巻が発生し、血管をレウスごと弾き返した。レウスは地面に叩きつけられる前に体勢を立て直すと、片膝をついて着地した。だが、すぐにトーラはその前に走りこむと、剣を振り下ろす。
「終わりね」
聖剣はレウスの頭にぴたりと当てられていた。レウスは防御が間に合わなかった剣を地面に置くと、トーラも自分の剣を引いた。
そこにアクシャが近づき、トーラとレウスの肩を軽く二回ずつ叩く。
「はいはい、お見事お見事。青年もなかなかのものだったし、トーラは昔よりもだいぶ聖剣の力を引き出せるようになったもんだ」
トーラは得意気な表情を浮かべると聖剣を鞘に収め、胸を張った。
「当然でしょう」
アクシャはとりあえずそれを放っておいてレウスに視線を向ける。レウスはすでに魔剣を元の杖の状態に戻していた。その右手を見て、アクシャは感心したように息を吐き出す。
「へえ、手を貫いたりしてどうなるかと思ったけど、傷もないわけか」
「…まあ、そうですね。それより、さっきの風は?」
「ああ、聖剣っていうの歴代の使用者の力を宿してるんだよ。歴代の誰かが精霊の力を使ったのなら、当然その力も使えるわけだ。もっとも、未熟だと力は安定して引き出せないわけだけど、青年が立ち会って見た通り、トーラはちゃんとできてるわけだ」
「当然でしょう」
トーラはまた同じセリフを言って、さらに体を反らす。レウスはそんなトーラにゆっくりと頭を下げた。
「いい修行になりました。ぜひ、また俺の相手をしてください」
「ふふん、そこまで言うなら特別にあたしの弟子にしてあげる。厳しく鍛えてあげるから覚悟しておきなさい。ハッハッハ」
そうして笑うトーラだったが、アクシャが音もなくそこに近づき、軽く額を小突いた。すると、トーラは体を反らしていたせいかバランスを崩し、後ろに下がろうとしたところにはアクシャが足をすっと出している。
結果、トーラはその場で後ろ向きに転がってしまった。アクシャはそんなトーラを見てにやりと笑う。
「弟子をとるには早いんじゃないのかねえ」




