家出娘
「じゃあ、僕達が向かっているのは聖剣使いの隠れ里なんですか?」
「そういうこと。パイロフィストがなんとかしてたから、百年単位で目立つことはしてないらしいけどねえ」
キーツとアクシャが話していると、そこにジンが近づいてきた。
「聖剣とはなんだ」
それにはキーツが答える。
「代々一人が選ばれて、強力な力を発揮する剣らしいです。かつては伝説の勇者の弟子となって腕を磨き、後にパイロフィストの初代団長を助けたという話もありますね。魔族を倒すことができるほどの力があったそうです」
「それはすごいものだな。レウス、お前は知っているのか」
「当然、知ってますけど」
レウスはその一言だけで、それ以上は何も言おうとはしなかった。
「ほら、きりきり歩く。今のペースなら明日には目的地に到着だ」
「一日早いですね」
「そこは諸君の頑張りのおかげなのだよ」
アクシャはおどけた仕草をしてから、眼鏡の位置を直す。それから夕暮れまで歩くと、キャンプの準備を始める。
「少年、そこをしばらく真っ直ぐ行くと水場があるから、これでよろしく」
「はい」
キーツはアクシャが差し出した容器を受け取ると、指示した方向に歩き出した。
十分ほど歩いた頃、キーツは前方に倒れている人影を見つけ、足を止める。
「あれは…」
キーツはすぐにそこに駆け寄る。その人物はうつぶせで倒れていて、長い髪を頭の後ろでまとめ、時代遅れの皮の鎧を身にまとい、一振りの剣を腰に下げた少女だった。キーツはとりあえずその側に膝をついて様子を見る。
息はあるようで、キーツはそれを確認してほっとすると、少女の肩に手を置く。
「もしもし、大丈夫ですか?」
その声に反応して、少女は目を開ける。
「…水」
手を伸ばし、かすれた声で言う少女に、キーツは自分の水筒を差し出した。少女はそれを受け取ると、水筒の水を一気に飲み干そうとして、むせてしまう。キーツはその背中に手をそえて少女の体を起こすと、軽く背中を叩いた。
「えーと、大丈夫ですか?」
「ゲホッ! ゴホッ! ま、まあ大丈夫」
「そうですか。それならいいんですけど、立てますか?」
「立てるから」
そう言って、少女はなんとか立ち上がったが、よろめいてしまう。キーツはそれをささえてしっかり立たせた。
「平気そうには見えませんけど、僕達は近くにキャンプをはってるんです。そこまで一緒に行きましょう」
「…そうする」
キーツはとりあえず水をくむのはやめにして、少女を連れてキャンプに戻ることにした。そして、そこに戻ると、アクシャは意外そうな表情を浮かべてそれを迎えた。
「おやおや、これは変わったお客さんがきたもんだ」
その声にふらふらしていた少女は顔を上げ、アクシャの姿を認めると、スイッチが入ったかのようにその胸に飛び込んでいった。
「遅かったじゃないのアクシャ!」
だが、アクシャはそれを受け入れずに少女の額に手を当てて止めてしまう。
「とりあえず、なんでこんなところにいるのか、それが問題だけど」
それから少女の勢いが止まったことを確認してから、手を放した。少女は今ので力を使い果たしたのか、その場に座り込んでしまう。
「…食べ物ちょうだい」
そのつぶやきにアクシャはため息をついて、キーツに顔を向ける。
「少年、その子の面倒見てやって。話はそれからね」
「わかりました」
とりあえずキーツは少女の側に行くと、しゃがんで目線を合わせた。
「食べ物を用意しますから、少し待っていてくださいね。それまではこれで我慢してください」
そして飴玉を一つ渡すと、すぐに少女のために食事を作り始めた。
少女は飴玉を口に放り込むと、とりあえず周囲を見回す。そしてまずレウスを見て少し眉を動かし、ジンを見ると軽く首を傾げた。しばらくそうしている間に、キーツが器とスプーンを持って戻ってきた。
「どうぞ、押し麦のおかゆです」
「ありがと」
少女は器を受け取ると、流し込むようにそのおかゆを食べ始め、あっという間にそれを空にしてしまった。
「ふう、生き返った」
そう言うと、少女は真っ直ぐ立ち上がり、キーツを正面から見た。
「名前は?」
「僕はキーツです。あなたは?」
キーツの問いに少女は額に指を当てると、もったいぶった様子で腕を組んだ。
「ふふん、教えて欲しい?」
キーツはとりあえずそれにうなずく。
「お願いします」
「そこまで言うならしょーがないわねー」
それから少女は組んでいた腕をほどき、今度は腰に手を当てて胸を張る。
「あたしこそは伝説の聖剣の継承者! その名もトーラ!」
やたらと大声の名乗りがその場に響き渡った。レウスはそれに反応して作業の手を止めて立ち上がっている。だが、キーツは落ち着いた様子だった。
「聖剣ですか、それはすごいですね。その剣がそうなんですか?」
「そうよ、驚いた?」
「はい、まさか聖剣の継承者の人にこんなに早く会えるとは思っていませんでした」
キーツの言葉にトーラは満足そうに首を縦に振る。
「そうでしょうそうでしょう」
しかし、そこにレウスが割り込んできた。その視線はトーラを鋭くとらえている。
「本当に聖剣の継承者ですか?」
トーラは体の向きを変え、その視線を正面から受け止めた。
「そうよ。それがどうしたの」
胸を張るトーラとレウス、両者は鋭い視線を絡ませる。先に動いたのはレウスだった。
「立会いをお願いします」
そう言われたトーラは少しの間目を閉じると、深くうなずいた。
「…そう、これが道場破り。なんていう都会な響きなの」
そうつぶやく表情はなぜか嬉しそうなものだった。そして、トーラはレウスに向かって拳を突き出す。
「いいわよ、その申し出受けてあげる」
「ありがとうございます」
レウスはその拳に自分の拳を軽くぶつけた。
翌朝、互いの剣を持って向かい合うトーラとレウスの姿があった。その間に立ったアクシャは右手を上げて口を開く。
「さて、両者とも相手を切らないようにすること。あたしが止めと言ったらすぐに立会いは終わりにすること。二つの条件はちゃんと理解してるね」
「当然」
トーラは余裕の返事をし、レウスは無言でうなずいた。それからトーラの聖剣が光を発すると、両者は同時に地面を蹴る。
次の瞬間、甲高い音が響くと同時に、レウスの魔剣が宙を舞っていた。トーラが振り返りもせずに聖剣を鞘に収めると同時に、ガランダルドが地面に突き刺さった。
「なかなかのものだけど、あたしに比べたらまだまだね」
振り返ったトーラはそう言って笑った。レウスは表情を変えずに地面に刺さった自分の魔剣に近づいてそれを引き抜き、トーラに礼をした。
「ありがとうございました」
そこでアクシャが間に入る。
「勝負あったな。それじゃトーラちゃん、あんたがこんなところで遭難してた理由でも聞こうかね」
その言葉にトーラはうつむき、口を動かした。
「え? 聞こえない聞こえない?」
「…家出したのよ!」




