職業、ハンター
何事も起こらずに翌朝、キーツ達一行は町を出発していた。しばらくして湖の近くに到着すると、アクシャは車を止める。
「さて、ちょっとここで野暮用があるんだ。少し時間がかかるから、てきとうに休んでてくれればいいよ」
そしてアクシャは弓矢を手にとると、さっさと湖ほうに歩いていってしまう。だが、キーツがすぐにその後を追った。
レウスもそれについていこうとドアを開けるが、その前にジンが立ちふさがる。
「車を放っておくわけにはいかないだろう。俺達はここで待っていればいい」
「チッ! お前とはそのうち決着をつける必要があるな」
「俺はその必要は感じない」
ジンの返答に、レウスは毒気を抜かれて挑発はやめることにして、目を閉じた。
「わかった。今はゆっくりすることにしよう」
レウスはジンとの会話を打ち切り、シートに体を預けた。
一方、アクシャは湖のほとりに到着していた。少し遅れてキーツも追いつく。
「アクシャさん、一体どんな用事でこんなところに?」
「おや少年、ついてこられたか」
「突然野暮用なんて言われたら気になりますよ」
「なに、ちょっと町で聞いた噂を確かめにね」
「噂というのは、なんですか?」
アクシャはそれにはすぐに答えず、湖の右手に広がる林に視線を向けた。
「まあ、この湖の付近に魔物が出るっていう噂を聞いてね。せっかくだから、行きがけの駄賃に片付けていこうってこと」
「それがアクシャさんの仕事、なんですか」
「魔物を狩ったり獣を狩ったりっていうハンターね、辺境ならこれでも食えるけど、ここらへんじゃあ無理だ。王都からこんだけ近かったら、フリーのあたしみたいなのにはほとんど仕事はないさ。今回も別に金を取ってどうこうってわけじゃないし、慈善活動さね」
アクシャはそれから林に向かって歩き始め、キーツもその後についていく。
「いつも慈善活動をするんですか?」
「まあ、目に付いた魔物は狩ってるね。そうするのが商売のためになるし、そこの住民のためにもなる」
「アテリイさんがアクシャさんをスカウトしたいと言っていましたけど、パイロフィストに入ろうと思ったことはないんですか?」
その問いにアクシャは振り返らないまま首を横に振った。
「そりゃパイロフィストなら給料はいいだろうし、装備も至れり尽くせりだろうけどね。でも、色んな所にとばされて、自由に動き回ることができないんじゃ、あたしには向いてないよ」
「そうですか。それにしても、精霊の加護を受けた人と出会えるなんて思ってませんでした。アクシャさんが有名でないのが不思議です」
「まあ、別に精霊の力を見せびらかしてるわけじゃないし、先生も別に有名になろうってタイプじゃないしねえ」
「その先生という人はどんな人なんですか?」
「一言で言えば変わり者。辺境でなんか教師まがいのことやっててね。あたしは普通の農家の生まれだけど、けっこう色々世話になったんだよ。雰囲気は少年が世話になってるおじさんに似てるかねえ」
「古い知り合いらしいですね。おじさんも謎が多いとんでもない人ですから、きっとその先生もすごい人なんでしょうね」
「確かにすごい人ではある、か…」
言葉を切ると同時にアクシャは足を止め、弓を手に取った。
「魔物ですか?」
「ああ、まだ遠い」
さらにアクシャは矢を一本手に取ると、それを弓につがえる。
「でも見える。こいつは、けっこう大物だね」
キーツもアクシャの視線の先に目をこらすが、林の奥には何も見つけられない。
「僕には見えません」
「まあ、見てな」
その言葉から数秒後、矢が放たれると、それは小さな弓からは想像できないような速度で林の中に消えていった。
そして、林の中から地面を揺るがすような低いうなり声のようなものが響く。
「当たり」
アクシャはつぶやくと、もう一本矢を手に取る。だが、それが放たれるよりも早く、木を薙ぎ倒す音が響いて、巨大な魔物が林の奥から迫ってきた。
「けっこうでかいね。武装もしてるし、こんな変種がよくもまあこんなところに」
「珍しいんですか」
「まあ、こんなところに出るもんじゃないし、この間の残り物かね」
そしてアクシャはゆっくりとした動作で弓に矢をつがえ、放った。
「貫け」
アクシャの声と同時に、矢が鋭さを増して魔物の胴体を貫き、魔物はその勢いで木に縫い付けられた。それを確認すると、アクシャはその奥に目を凝らす。
「他はなしか」
それだけ言うとアクシャはもう一本矢を取り出し、今度は魔物の頭部を狙った。
「終わりだ」
その矢は確実に魔物の頭部を射抜き、息の根を止めた。それを見たキーツはため息をつく。
「すごいですね。でもアクシャさん、加速は風の精霊の力でしょうけど、魔物を貫いた力は…」
「ああ、大地の精霊の力だよ」
「アクシャさんは風の精霊の加護を受けてるだけじゃないんですね」
「いや、加護は風の精霊だけでね。まあ、他の精霊の力も使えるのは、技術っていうやつ。先生はこれを誰にでも使えるものにしたいらしいけどね」
「すごい目標ですね」
「途方もない話だよ、自分の興味だけでそこまでやろうっていうんだから。ま、それよりもう少し歩いてから戻ろうか。多分魔物はもういないだろうけど」
「はい」
二人はその場から離れ、湖を一周するように歩き始めた。
「ところでアクシャさん、さっきの技術というのを僕に教えてもらえませんか?」
「あれをかい? まあいいけど、使うのは難しいんじゃないかな」
「使えなくてもいいんです。多分、僕が知っている技術とは全く違うものですし、とにかくどんな体系のものか知りたいんです」
「勉強ね、なんでそこまでしたいのか聞いてもいいかい」
その問いにキーツは迷いのない表情を浮かべる。
「今は前例のないことを研究しているので、どんなことでもヒントが欲しいんです」
「なるほど、役に立つかはわからないけど、そういうことなら教えてあげよう。でも、わかりにくいと思うけどねえ、感覚的なことしか言えないし」
「ありがとうございます」
そうしているうちに二人は車の場所に戻ったが、そこで目にしたのはただならぬ気配をまとって対峙するレウスとジンだった。
「お二人さん何やっての」
アクシャが声をかけると、その二人は同時にそこに顔を向けた。
「ただの訓練だ」
ジンがそう言うと同時に、レウスが地面を蹴ってそこに杖を振り下ろした。
その一撃はジンに当たる直前で見えない力によって軌道を捻じ曲げられ、そのまま地面にめりこむ。そして、ジンは突き出した拳をレウスの目の前で止めていた。
「なるほど、お見事お見事」
アクシャは拍手をしながら、その二人の間に入っていき、両手を広げた。
「野暮用は済んだし、遅くならないうちに出発するとしますか」




