もう一人の同行者
ノーデルシア王国を出たその日、キーツ達一行は最初の町に到着していた。最初にアクシャが車から降りると、体を伸ばす。
「さてと、あんた達は宿のほうをよろしく。あたしは車を置いてくるから」
「わかりました」
キーツとレウス、狼は車を降りると、一足先にあらかじめ予定していた宿に向かった。それを見送ったアクシャは、車を町の外れの車庫まで移動させて駐車すると、キイを抜いて車を降りる。
それからポケットを開けると、そこから一角獣が飛び出して車庫の前で元のサイズに戻った。アクシャはその首を軽く叩く。
「それじゃ、車の警備はよろしく」
一角獣は言葉を理解したように前足で地面を軽く蹴る。アクシャはそれにうなずいて見せると、町の中心に足を向けた。
一方、キーツとレウスに狼は宿の前まで来ていた。
「けっこう良さそうですね」
キーツのつぶやきにレウスは黙ってうなずいて宿の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。だが、その動きは一瞬止まり、次の瞬間には勢いよくドアを開けると、大きく踏み出しながら杖を前方に突き出した。
突然の動きに誰も対応できなかったが、その杖を突き出された相手だけは反応し、その一撃を受け止めていた。
「いい挨拶だな」
男は杖から手を放すと、一歩後ろに下がった。レウスはそこにもう一撃加えようとする気配を見せるが、動きがある前にキーツが二人の間に入る。
「二人ともやめてください。レウスさん、おじさんが言っていたあと一人というのは、多分この人のことですよ」
「こいつが、ですか?」
「そうですよね」
キーツが聞くと、男はうなずいた。
「そうだ、俺はここでお前達を待つように言われていた」
「それなら、僕達はこれからは仲間ですよ。とにかく落ち着きましょう」
キーツの落ち着いた様子に、レウスは杖を下げた。
「わかりました、今はやめておきますよ」
その様子を見た男も、緊張を解いてリラックスした様子になる。そこにキーツが向き直って口を開いた。
「どういうことか説明してもらえますか? 僕達もあなたのことについては聞いていないんです」
「それなら落ち着いて話そう。お前達にはもう一人同行者がいるんだろう」
そう言う男は落ち着いた雰囲気に簡素な旅装も手伝い、王都にいる時とは全く違う人物に見えた。
男はあっけにとられていたフロント係に軽く手を上げると、そのままロビーのソファーに向かった。キーツとレウスもそれに続き、その向かい側のソファーに座る。狼はその横に移動すると、立ったまま男に視線を注いだ。
「ずいぶん雰囲気が変わりましたね。しばらく何をしていたんですか?」
「パイロフィストと接触をしていた。迷惑をかけた者には謝罪をして、パイロフィストが補償を肩代わりすることになった。変わりに、俺はあいつらに力を貸すという条件だ」
「そんな話が…」
「俺も詳しいことは知らない。とにかく、言われたのはお前達の旅に同行しろということだ」
「わかりました」
キーツはうなずいたが、レウスは納得しがたい表情を浮かべる。
「俺は反対ですね、大体こいつが言ってることが本当だという証拠もないですよ」
「それならある」
男はそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出す。それを広げると、そこには男の身元をパイロフィストが保証するという文が書かれていた。その紙は青く淡い光を放っている。
「確かに、それはパイロフィストの公式な文書ですね」
キーツがそう言うと、レウスも渋々納得したようだった。
「そういうことなら、とりあえずは我慢することにしますよ」
あきらめの表情を浮かべたレウスがそっぽを向いたところで、外から扉が開かれ、アクシャが入ってきた。
「おや、もう顔合わせをしてんの」
それからアクシャは男の顔をじっと見た。
「あんたとは初対面か。まあ、魔族と戦ってたのは見てたけど」
「あれを見ていただと?」
「ま、あたしもあの戦いには参加してたし、眼はいいほうなんでね。あんたの戦いは一応見させてもらった。なかなかやるのはわかってる。ああ、アクシャだ」
アクシャが男の前に立って手を差し出すと、男は立ち上がってそれを軽く握り返した。
「俺は、名前は覚えていない」
「ふうん、そういうことなら、今名前をつけるとしようか。そうだな…」
アクシャは少し考え込むような仕草をしてから、おもむろに手を打ち合わせた。
「ジン、ジンなんてのはどうかな。短いし覚えやすい」
「ジン? いい名前だな。これからはそう名乗ることにしよう」
「そうかいそうかい、気に入ってもらえてうれしいよ。じゃ、さっさと部屋とって休もうじゃないの」
そう言ってフロントに向かおうとしたが、足を止めて狼を見た。
「この宿は動物いいのかい」
アクシャがフロントに問いかけると、フロント係は初めて狼に気づいたような顔をしてそれを見た。
「いえ、動物を部屋にあげるのはご遠慮いただいてます」
「そういうこと」
アクシャは狼の首輪を軽く叩いた。
「まあ、これがあれば問題はないだろうし、あたしの馬とでも遊んできな」
狼はそれを理解したような目をすると、キーツを一瞥してからドアに近づき、アクシャに先導されて外に出て行った。
「さて、部屋は二部屋、あたしと少年、あとはそっちの二人だ」
それだけ言うと、アクシャは返事は聞かず、キーツの手を取ってフロントから鍵を受け取って階段を上っていった。
残されたレウスとジンは黙って顔を見合わせるが、ジンの方がが先に息を吐き出して立ち上がった。
「あの女には逆らわないほうがいい。俺やお前よりも確実に強いし、何を考えているのかわからない」
「見ただけでわかるのか」
「わからないのなら、お前はまだまだだな。俺は先に部屋に行っているぞ」
ジンは鍵を受け取ってさっさと階段を上っていってしまった。残されたレウスはしばらく同じ姿勢のまま座っていたが、おもむろに立ち上がると外に出て行った。
「おやおや、悩める青年はお散歩か」
それを窓から窓から見下ろしていたアクシャは、そうつぶやいてから荷物を整理しているキーツに向き直った。
「少年、あの男、ジンをどう思う?」
「悪い人ではないと思います。最初は危険な感じでしたけど、今は別人みたいに落ち着いてますね」
「なるほどなるほど」
アクシャは笑みを浮かべると、ベッドの上に座り込んだ。
「これからあいつがどうなるか、楽しみだねえ」
「どうなるか、というのはどういうことですか?」
「なに、どこまで成長するのかなっていうことかな。それより、あの狼のおかしなところには気づいてるかい?」
「おかしなところですか?」
キーツの反応を見てアクシャはうなずく。
「やっぱり、あいつは他者の認識に干渉する能力があるらしいね」
「認識、ですか」
「そう、あんな狼が歩いてたら、普通騒ぎになる。でも、誰もおかしいとは思ってない。少年も他の誰かも」
「確かに、言われてみるとそうですね…」
「ま、旅には都合がいいし、問題でもないけど」
それからアクシャは自分の荷物の整理を始めた。




