精霊使い
「王都というのは大きいんだな」
緑のコートの女は目の前に広がる王都を眺めていた。その周囲は王国軍によって厳重に警戒されていて、すんなりと通れる様子ではない。
「さて、と」
女は馬の首に手を置いて問いかける。返事代わりに馬は前足で地面を打った。
「よし、行こう」
声と同時に馬が力強く地面を蹴ると、その体は一直線に空に向かい、警戒している軍のはるか上を矢のように飛び越していく。
兵士の一人がそれに気づき、上空を見上げるが、すぐに馬は通り過ぎてしまった。
「おい、見たか!」
兵士はすぐに声を上げ、少し離れた位置の兵士に声をかける。
「ああ、今のは何だよ!」
「知るかよ! とにかく報告だ!」
「わかった。ちょっと行ってくる!」
兵士は報告に走り、残った兵士は警戒に戻った。だが、その間に女を乗せた馬はすでに街に入り、誰もいない道を走っていた。
馬はまるで目的地がわかっているかのように迷いなく走り、地面を強く蹴っている。
だが、女はそれを急停止させると、数秒後、そこにはアテリイが姿を現し、すぐに女に気がついて足を止めた。
「誰だ」
アテリイの問いに、女は馬上から落ち着いた様子で口を開く。
「名前はアクシャ、さっきは空中の竜を撃って、今は残った問題を片付けにきたわけだけど」
アテリイはアクシャのコートの色を見ると、何かを思い出したようでうなずいた。
「そうか、マーガレット部長が言っていたファマドさんの知り合いの弟子というのは君か」
アクシャはうなずき、それからアテリイはアクシャの腰の弓と馬を見る。
「まさかその弓であれを? それにその馬は…」
「ああ、これね」
アクシャは馬の額に生えている角に手を触れた。
「見ての通りちょっと変わってるけど、性格はいいから心配いらない」
アテリイはその返答に額に手を当てた。そこにベネディックから通信が入る。
「隊長、不審な者が王都に進入したらしという報告を受けました。馬に乗っていたらしいということですが」
「ああ、それなら目の前にいる。どうやら味方だ」
「味方、ですか」
「ファマドさんの知り合いの弟子だ」
「そういうことですか。では、こちらは引き続き警戒に戻ります」
「頼んだ」
アテリイは通信を終わらせると、アクシャのことを正面から見た。
「魔族がこの王都に入っている。その対応のために協力してもらいたい」
アクシャはそれにうなずく。
「もちろん。場所は大体わかってるし」
「わかるのか」
「まあね。着いてこられる?」
「問題はない」
アクシャはアテリイの返答に笑顔を見せると、馬を走らせる。アテリイはそれについていきながら、ヤルメルに通信を入れた。
「ヤルメル、応援といっていい人物と合流した。お前もこっちに合流してくれ、到着したら場所はこちらから連絡する。今は八番街付近だ」
「了解しました。すぐに向かいます」
それから、アテリイはアクシャの後について走り、王都内最大の公園に到着していた。その入口でアクシャは馬を止めると、弓を手に取り、馬から降りた。
「ここからは歩きだな。静かに行こう」
アクシャはアテリイに顔を向けると口に指をあててみせる。それから馬を背中に手を置いて口の中で何かをつぶやくと、馬の体がすぐに縮んでいった。
言葉もないアテリイに、手の平サイズにまでなった馬をコートの内ポケットに入れたアクシャは軽く首を傾げて見せる。
「ほら、あんたも武器の準備をしたほうがいいよ」
「ああ、そうだな」
アテリイも収めていた剣を抜くと、先に歩き出したアクシャに続いた。アクシャは特に何かを注意するといった様子もなく、まるで目的地が明確にわかっているような様子で、早足で歩いていく。
しばらく歩いて公園の中心付近までくると、アクシャは茂みの前で身をかがめた。アテリイもその横につくと、茂みからその向こうをうかがう。
その視線の先には今は止まっている噴水があり、アテリイはその周囲に何も見出せない。だが、アクシャは矢を手に取ると、視線を噴水の少し上に向けた。
「もうすぐだ」
アクシャのかすかなつぶやきから数秒後、噴水の上に何かが降り立ったのがアテリイの目に映った。剣を握る手をわずかに緊張させるが、アクシャは軽く手を上げてそれを制する。
「ここにいたのね」
そこにアエチディードの声が響いた。それと同時に噴水の上にいたもの、青い狼が姿を現す。それを上空から見下ろすアエチディードは、アクシャとアテリイに気づいた気配はない。
「そろそろあなたの力をもらわないとね」
アエチディードの手から網状の闇が放たれ、狼を包み込もうとする。だが、狼が雄叫びを上げると、その衝撃が実体を持った光となり、一瞬で闇を打ち払った。その余波はアエイチディードにも及んだが、闇の障壁によってそれは防がれる。
アクシャはなめらかな動きで弓に矢をつがえると、それをアエチディードに向けて放った。それは放たれた瞬間に風をまとって加速すると、一瞬でアエチディードまで到達する。
「貫け」
アエチディードはそれに反応しようとしたが、それより早くアクシャの言葉に反応して鏃が変形し、剣のようになってその肩を貫いた。
「爆ぜろ」
そして、その矢が爆発をするとアエチディードの右肩が大きく抉られる。
「ああ、外した」
アクシャは残念そうにつぶやいて立ち上がる。その横をアテリイが飛び出していき、逆袈裟に剣を振り上げた。
だが、その一撃はアエチディードの傷ついた右腕によって受けられる。右腕は千切れ飛んだが、それによって勢いを殺されたアテリイの剣はアエチディードには届かない。そのままアテリイはその横を通り抜け、着地する。
アテリイはすぐに振り向き、アクシャはすでに次の矢を準備していた。右腕を失ったアエチディードはそれを見ると、どう見ても危機的な状況にも関わらず笑みを浮かべた。
「歓迎されたものだわね」
それから青い狼に視線を向ける。
「それでも、この機会は逃そうとは思わないけど」
無くなったはずの右腕の付け根から闇が噴出し、それは巨大な腕の形をとる。そして、狼をとらえようと伸びていった。
狼はそれを大きく跳躍して避け、同時に弓矢を手放したアクシャがナイフを手にしてアエチディードの目の前に現れる。
「風の精霊よ」
ナイフが振るわれると同時に、凝縮された風の刃がアエチディードの首に向かって飛ぶ。それは残った左腕によって散らされるが、その背後から、岩と炎をまとったアテリイの左の拳が迫った。
アエチディードは急上昇してそれをかわした。だが、その隙に狼はその場から走り去ろうとする。
その進路にアエチディードは闇の右腕を放った。狼はそれに巻き込まれるが、強引にそこを突破すると、魔族の視界から消えるほどの加速をして姿を消した。
「…これじゃ駄目ね」
それだけ言うと、アエチディードは夜の闇の中に姿を消した。
「まあ、とりあえずはこれでいいか。今日はもう大丈夫そうだ」
そうつぶやくと、アクシャはナイフをコートの内側にしまい、放り出した弓を取りに戻る。アテリイはアクシャに色々聞きたいことはあったが、その前に隊員達と連絡をとることにした。




