ガランダルド・ブラッド
「どうした? 威勢が良かったわりに、あまり変わりがないな」
エリオンダーラは地面に片膝をつくレウスを見下ろしながらため息をつく。
「ああ、確かに魔族ってやつに対してちょっと失礼だったよな」
レウスはそう言いながら立ち上がると、いきなり左手の剣を右の手のひらに突き刺した。魔剣はあっさりと手を貫き、レウスの血を滴らせる。
エリオンダーラはそれを見ても眉を少し動かした程度だったが、行動は起こさずに、レウスの持つ剣に注目していた。
「こいつを使うのは親父との修行以外じゃ初めてだ」
その一言と同時に、剣が先端から崩れ始め、レウスの手の中から剣は消える。そして、崩れた剣はレウスの血と混ざり合い、その周囲に漂うことになった。
レウスは右手をその中に突き出す。
「我が血をまとい姿を現せ」
言葉が終わると同時に、剣と血だったものがレウスの右手に集まった。そして、それは剣によって貫かれた右手を包み込む。
そのままそれは肘まで包み込み、赤黒い手袋になると、さらにその手の中に同じ色の剣の柄が生成される。
「こい、ガランダルド・ブラッド」
レウスが柄を握りそれを振ると、崩れた剣と血によって、一瞬で今までよりも細身の剣が構成された。そして、その赤黒い表面が剥がれ落ち、中からは真紅の剣が姿を現す。
「ガランダルド・ブラッドか、名前だけは大したものだな」
「名前だけかどうか、試してみるか?」
レウスが地面を蹴るが、その速度は今までと変わらない。それに対し、エリオンダーラは無言で数千発以上の氷の礫を放った。
それは確実にレウスに命中し、細かく砕けてその周囲を包み込む。しかしその直後、剣の一振りによって細かい氷は一瞬で蒸発した。
「ほう、ただ格好が変わっただけではないか…」
エリオンダーラの視線の先、レウスの右腕の赤黒い手袋からは、それと同じ色の血管のようなものが出ていて、顔の右半分まで伸びていた。
そしてレウスはにやりと笑う。
「真価はここからだぜ!」
レウスが腰を落として地面を蹴ると、今までにない加速をして一瞬でエリオンダーラとの間合いを詰めた。
「…やるな」
エリオンダーラは一瞬で目の前に氷の壁を作り出す。レウスが剣を振り下ろすと、それは紙のようにあっさりと切り裂かれるが、そのわずかな隙にエリオンダーラは上空に逃れていた。
「その速度、攻撃力。なるほど、今までとはレベルが違う」
空中から見下ろすエリオンダーラに、レウスは剣を真っ直ぐ突き付ける。すると、その手袋から血管のようなものが空中に伸びていき、エリオンダーラを包囲するように動いた。
エリオンダーラはそれを手で切ろうとしたが、血管のようなものはその弾力によって切られることなく衝撃を吸収してしまう。
「切れるかよ! 縛れ! ブラッディストリング!」
言葉と同時にレウスの腕から離れたそれは一気にエリオンダーラに向けて収縮し、その体を拘束しようとした。
エリオンダーラはさらに上昇してそれをかわしたが、レウスはさらにその上をとっていた。そこから剣が真っ向から振り下ろされる。
今度は防御ではなく、エリオンダーラは回避を選択して突き刺さるような勢いで地面に降り立つだ。だが、レウスもすぐに空中で体勢を立て直すと、もう一度上空からの斬撃を繰り出す。
「大した力だが、甘いな」
エリオンダーラは頭上に何層もの氷を生み出し、レウスはそれを突き破っていく。さすがに分厚い氷によって勢いが殺され、その隙にエリオンダーラはレウスの攻撃地点から大きく下がっていた。
「いいじゃないか、やっぱり魔族は歯ごたえが違うぜ」
レウスは笑みを浮かべた。しかし、エリオンダーラはそれではなく、マルハスが戦っている方向に視線を向ける。
「だが、いいのか? そろそろ戦いを楽しむ等という余裕はなくなるぞ」
「どういうことだよ」
「すぐにわかる。まあ、今回はここまでだ」
エリオンダーラは地面を蹴ると空中に浮かび、静かに、だが素早く後ろに下がっていく。
「待て!」
レウスは血管を伸ばすが、それは追いつけない。
「次に会うときまで死なないようにしておくことだな」
それだけ言い捨てるとエリオンダーラはそのまま夜空に消えていった。レウスはそれを追おうとしたが、そこでマルハスからの通信が入り、足を止めた。
「レウス! そっちはどうなってる!?」
「魔族には逃げられた。そっちこそどうなんだ?」
「こっちは大体済んだ。とりあえず合流だな、元の場所で待ってろ」
「わかった」
レウスはそこからさらに何か言おうとしたが、それは突然のノイズによって遮られた。同時に、マルハスがいる地点から光の柱が立ち上る。
「どうした!」
レウスが呼びかけるが、返事はノイズにかき消され、ほとんど意味がわからない。
「俺がそっちに行く、待ってろ!」
そして走り出したが、数十秒後、通信が回復してマルハスの声が響く。
「レウス、動くな! なにかまずいぞ」
「いったい何が起こってるって言うんだよ」
「わからない。だが、動かなくなったドラゴンゾンビが光りだして、その光が柱みたいになってる」
「それならこっちからも見えてるぞ」
そう言ってから、レウスはさらに二本の光の柱が立ったのに気がついた。
「他にも光の柱が立ち始めた」
「ああ、俺のほうからも見える。なにかやばい雰囲気だな」
「どうする?」
「とにかく合流だ、お前はじっとしてろ」
「早くしろよ、何かあったら俺は勝手にやらせてもらう」
レウスは通信を切ってから足を止め、空を見上げた。そして、その目が何かを見つける。
「なんだ?」
思わず声が出たそれは、闇。夜空にあってもなお暗く存在を主張する闇がはるか上空にあった。それは徐々に水が染み出すように広がり、王都の空を覆っていく。
その現象は他のパイロフィスト隊員も確認し、アテリイに連絡が集まっていた。
「魔族の撤退にドラゴンゾンビの異変、それに空の闇か。何が起こる…?」
そうつぶやいたアテリイが目を凝らすと、闇に向かって何か動くものが見えた。
そしてその空、飛んでいるのは三人の超能力者だった。
「あの連中はうまくやってるみたいね」
「そうだな、おかげで俺達の仕事もやりやすい」
レギとマグスは王都を見下ろしながら後ろの男に視線を向ける。
「おい、お前の調子はどうなんだ?」
「問題はない。あの闇の中に敵がいるんだな」
「そうよ、これまでのことはそれを引きずり出すための布石。私達がこの世界の脅威を排除するの、この力でね」
「腕が鳴るなあ、どんな奴が相手なのか」
そう会話しているうちに、三人は空に広がる闇とかなり近い距離まで到達して、一度停止した。それから男は振り返る。
「お前達、死ぬんじゃないぞ」
その言葉にレギとマグスは顔を見合わせ、笑う。
「言うようになったじゃない。それならせいぜい頑張ってもらわないとね」




