怪事件
「ハニー、元気だったかい!?」
豪華で洒落た格好をし、腰には湾曲してきらびやかな装飾がほどこされた剣を下げた若い男が、白昼堂々若い女に言い寄っていた。女のほうは満更ではない様子でその男にしなだれかかる。
「オフィ様、今日もご機嫌ですね」
「それはそうだよ、こんな美しい女性に会えたんだからね」
そう言ってからオフィと呼ばれた男は女の額にキスをして体を離した。
「でも、今日はこれから行くところがあるんだ。残念だけど、また今度」
「そんな! でも、お待ちしていますから、お店に来てくださいね」
「ああ、もちろんだよ」
オフィは笑顔で手を振りながらそこを去ろうとしたが、そこに少女が走ってきた。
「若旦那! またこんなところで!」
「おっと、うるさいのが来たな。それじゃあね」
手を振ると、オフィは走って逃げ出した。
「待ちなさい!」
「つかまりゃしないって! 親父にはよろしく言っといてくれよ」
走り出したオフィの足は速く、追ってきた少女はすぐにあきらめて女の前で立ち止まった。その女は少女の肩に手を置く。
「逃げられちゃったみたいね、ハインダ」
「最終的に行く先はわかってるから、大丈夫です!」
それだけ言うとハインダと呼ばれた少女はすぐに反対方向に早足で歩いていった。しばらく走ったオフィは止まってから後ろを確認し、ため息をついた。
「まったく、いつもしつこいなあ。まあ、それより昼から飲めるところっと」
そしてオフィは路地に入ると、剣の柄に手を置いてゆったりと歩き始めた。その行き先は繁華街、夜ならば賑わっている所だったが、昼の時間は特に人通りが多いということもなかった。
オフィは足を進めると、とある三階建ての建物の前まできた。それは様々な店が雑居していて、今の時間ではほとんどの店がまだ閉まっている。オフィは迷わずに一階、一番端のドアをノックしてから開けた。
「いらっしゃーい」
それを迎えたのは太いが艶のある声だった。オフィは手を振りながら、カウンターの椅子に腰かける。オフィを迎えた声の主、あからまさに女装をした中年の男、フォンスは早速グラスを出して蒸留酒を注いだ。
「若旦那さんがうちに来るとは久しぶりじゃないか」
「ここなら昼からやってるじゃないか。他に客もいないから、様子をうかがうのにはちょうどいいしさ」
「若旦那は夜に来ないからわかんないんだよ。うちは夜はそりゃあ繁盛してるんだから」
「こんな綺麗所がいない店があ?」
フォンスはそれに笑顔で首を横に振った。
「わかってないねえ。この国は色々自由な国なんだよ」
「それはわかってるよ」
そう言ってオフィは蒸留酒を一気に飲み干した。
「まあ、酒もいいものを置いてるわけだ」
「さすが遊び人、そういうのはするどいねえ」
「ふふん」
そうしてオフィはさらに注がれた酒を飲もうとしたが、突然ドアが開き、中年の男が倒れるようにして入ってきた。オフィはグラスを放り投げて立ち上がると、すぐにその男に近づき、状態を確認する。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「死んではいないし、意識もあるな。おい、おっさん!」
オフィが男の頭を抱えると、その男はなんとか口を開く。
「わ、わからない、変な男が、いて、そいつが、手を上げたら、それで、みんな倒れて」
「わかった」
オフィはそれだけ言うと、すぐにフォンスに顔を向ける。
「このおっさんは頼む」
「やめといたほうがいいよ」
止められたが、オフィは立ち上がると、剣の柄に手を置いて笑った。
「こういう時のための帯剣許可だろ。あんたはじっとしてろよ」
そしてオフィが外に出ると、多数の人が、粗末な服を着た若い男らしき姿の背中を見ていた。オフィはそれをかきわけて前に出て、その若い男をよく見た。
そして、そこに警備隊が三人ほど駆けつけてくる。
「何があった!」
その声に、野次馬の一人、中年の女が前に出た。
「それが、さっきあの男が道で手を上げたら、近くの人がどんどん倒れていったんです。突然力が抜けたみたいで」
「力が? あの男が原因か、行くぞ!」
女の話を聞いた隊員がそう言うと、残りの二人はうなずき、警棒を抜いた。
「そこの男! すぐに止まれ!」
警告の叫びを発し、二人の隊員は男の横に回るが、男は止まる気配を見せない。警告が効果がないと見ると、すぐにその隊員は腰から警棒を取り、一振りした。
そこから雷が走り、男の足元に着弾する。
「止まれ! 次は威嚇ではない!」
その警告に今度は男がゆっくりと振り返った。そこに警棒を持った二人が左右からじりじりと近づく。だが、男はそれをまるで気にしない様子で正面、警棒を振った隊員だけを見る。
そして、そのまま足を踏み出した。
「制圧しろ!」
左右の隊員が号令と同時に警棒を振り上げ、男に向かって踏み出した。それから同時に警棒が振り下ろされ、男に当たると同時に雷がほとばしる。
それは確実に意識を奪えそうなものだったが、男は全くダメージを受けた様子もなく立っていた。そして、両手で左右の隊員の頭をつかむ。それと同時に二人の隊員が吹き飛び、近くの壁に激突して倒れた。指示を出していた隊員はそれを見て一瞬ひるんだが、すぐに立ち直って警棒を構える。
だが、男はそれに対して一瞬で距離を詰めると、その警棒をつかんだ。そこから雷光が発せられるが、男はまるで意に介さずに警棒を捻じ曲げた。
「こ、こいつわぁ!」
全て言い終わらずに、隊員は軽く撫でられるようにして空中に放り上げられた。
「おっと!」
オフィは素早く動くと、その体を受け止め、地面に横たえた。それから立ち上がると、前に出て剣の柄に手を置く。
「ふん、こいつは見逃せないよな」
剣を抜き放った。男はそれを見て、オフィに意識を向ける。
「おお、やる気か」
オフィは剣を持った右手を前に出すと、半身になって構えた。そして地面を蹴ると突きを繰り出す。その一撃はかわされ、男は後ろに下がった。
「魔道具の警棒は駄目で、剣はかわすのか。刃物は怖いのか!?」
オフィは今度は剣を立てて構えた。
「…その武器は、違うな」
そう言ってから、男は姿勢を低くし、オフィに向かって地面を蹴った。オフィはそれに対し、剣を振り下ろし、それは男の肩に食い込んだ。だが、それでも男は勢いを止めずにオフィに手を伸ばした。
「ぐわっ!」
オフィの体は後方に飛ばされ、野次馬の中に突っ込む。それを見た男はすぐに背を向け
ると、まるで何事もなかったかのようにその場から去っていった。
オフィは可能な限りすぐに立ち上がったが、すでに男の姿はなかった。オフィはその状況を見てすぐに気持ちを切り替えると、剣を鞘に収める。
「誰か! すぐに警備隊に連絡するんだ! 医者がいれば負傷者を診てくれ!」
そう叫ぶと、オフィは倒れている隊員に駆け寄り、その介抱を始めた。