不可思議な遭遇
パイロフィスト本部を出たキーツの足取りは軽かった。行き詰っていた研究が大きく進展し、これからの展望も明るいとなればそれも無理がないことだった。
そうして夜の道を歩いているキーツだったが、その気分を吹き飛ばすことが起こった。
「お前は…」
路地から出てきた男がキーツの行く手を遮り、視線が絡んだ。
「あなたは、あの時の…」
キーツは後ろに跳んで身構えようと意識したが、不思議と体は動かず、恐怖もなかった。
「一体、何をしているんですか?」
「散歩だ。今は特にやることがない」
そう言うだけで、男は特に何かするような様子はなく、棒立ちでキーツのことをじっと見ていた。
「僕に何か用なんですか?」
「少し、話がしたい」
「話ですか。いいですよ、でも、あなたは手配されてるんですから、目立たないほうがいいんじゃないですか」
「それもそうだな」
そうつぶやくと、男は路地に入っていき、しばらく歩いてから腕を組んで壁に背を預けた。キーツはその前に立ち、男が口を開くのを待った。
「しかし、よくついてくる気になったな」
男は首をかしげながらそう言った。
「敵意を感じなかったので。それに、僕を狙う理由もないでしょう」
キーツはそう言って男の反応を見てから再び口を開く。
「でも、僕を待っていましたね。散歩だというのは嘘ですね」
そう問われ、男はしばらくの間黙っていたが、目を閉じて首を横に振った。
「鋭いな。そうだ、お前を待っていた」
「なぜ僕を?」
「俺が会った中ではお前が一番話ができそうな相手だからだ」
「そうでしょうか。それより、あなたの名前を教えてもらえますか?」
だが、男は首を横に振った。
「それはわからない。俺には記憶がない」
「記憶が、ですか。どうしてと言っても、記憶がないのではわかりませんよね」
「そうだ」
「でも、あなたにも仲間がいるんじゃないんですか?」
「あいつらも大したことを知ってはいない。誰かと連絡をとっているらしいが、俺は話したことはない。記憶もないから、何を話せばいいのかわからないが」
「そうなんですか」
相槌をうちながら、キーツは男が以前の様子とは違い、なめらかに話すのを多少の驚きをもって受け止めていた。
「少し無駄話が過ぎたか。こうして話せたのは久しぶりのような気がする。お前には感謝しよう」
「僕のほうから、質問してもいいですか?」
「聞こう」
「これからどうするつもりですか、まさか破壊活動や人を傷つけるようなことはないですよね」
「そういう行動予定は聞いていない。俺も最初は迷惑をかけたが、これからは無意味にそうすることはない」
「それならいいですけど、いっそのことパイロフィストの本部に行きませんか? 僕も付き添います」
男はそれには首を横に振る。
「今はまだ、その時ではない。話ならお前からしておいてくれてかまわないが」
そして、男は組んでいた腕をといて、キーツに背を向けた。
「引き止めて悪かった。気をつけて帰れ」
そう言った男はまるで目の前に階段があるかのように足を踏み出し、空に向かって歩いていった。キーツはその背中に向かって声を上げる。
「僕はキーツです! また、落ち着いて会いましょう!」
男はそれにたいして顔だけ振り返ると、軽くうなずき、そのまま屋根の向こうに姿を消した。キーツはしばらく空を眺めていたが、家に戻ることにして歩き出した。
帰宅後、キーツはその出来事をファマドに相談していた。ファマドは話を聞いている間、楽しそうな表情を浮かべていて、話が終わると大きくうなずく。
「なるほど、これは面白いね。その男の言っていることが本当だとすると、結界の強化は僕がやってきたから、とりあえずの目的が達成されて、今はその様子見というところかな。ところでキーツ、君は彼にどんな印象を受けたかな?」
「危険な印象はありませんでした。それに、前よりもずっと落ち着いた感じで、人間味がありましたね」
「ふむ、記憶はなくても他の誰にもない強大な力を持った人間。実におもしろい存在だね。それに、これからしばらくして何かが起きるのを予期している。それが何か、調べる必要があるかな」
そこでファマドはお茶を一口飲んだ。
「まあとにかく、あの超能力者達と接触できたのは有意義だよ」
「超能力者?」
「ああ、僕が名づけたんだよ。人間の力を超えた未知の能力を持つ者達にね。いい名だと思うだろ?」
「超能力者…、ぴったりですね。でも、またあの人に会えるかはわかりませんけど」
「話の様子だと、また会えるはずだよ。相手は君に興味を持っているようだから、下手に護衛をつけたりしないほうがいいか。大丈夫かい?」
「はい、特に不安はないです」
キーツはわずかな逡巡もなく答えた。ファマドはそれに満足気にうなずく。
「それでもパイロフィストに話は通しておいたほうがいいね、それは僕から話しておこう。ああ、王女様にも言っておいたほうがいいか」
「それは僕が直接説明しておきます」
「そのほうがいいね、頼んだよ」
そこで話は終わり、二人は後片付けを始めた。
翌日、ファマドは朝からパイロフィスト本部に向かい、キーツは学院に向かいながら、通信用の指輪を起動していた。
「レミさん、聞こえますか?」
「聞こえているわよ。何か用なのかしら」
「少し話があるので、講義が始まる前にどこかで会えませんか」
「いいわよ、天気もいいし、屋上のテラスで会いましょう」
「はい」
キーツは通信を切ると、すでに到着していたバスに乗り込んだ。
しばらくして学院屋上のテラス、キーツはレミとその後ろに立つエルシアとテーブルを挟んで向かい合っていた。キーツの説明が終わると、レミは静かに口を開く。
「キーツ、つまりあなたは昨晩、最近王都を騒がしている男と一対一で会っていたというわけね」
「はい、そうです」
「それで、危害を加えられる様子もないから、私に手を出すなと、そう言いたいわけね」
「おじさんがパイロフィストにもそうお願いしているはずです」
レミは少しの間、キーツのことをじっと見つめ、それからため息をついた。
「それなら仕方ないわね」
その言葉にキーツは頭を下げようとしたが、それより早くレミは言葉を繋げる。
「なんて言うと思った? 帰路には私が付き添います、もちろんエルシアも一緒で」
「でも、それじゃ警戒されます」
「安心なさい、相手がおかしな行動をしなければなにもしないから」
「向こうにはそれはわかりませんよ」
「大丈夫よ、隠れておくから。相手が出てきたら私達のことも紹介してちょうだい」
そう言って自信満々に微笑むレミに、キーツはこれ以上の妥協はないと悟った。
「わかりました。どうなるかはわかりませんけど、お願いします」




