脅威の影
薄暗い倉庫の中、レギとマグスは互いに背を向けて積み上げられたパレットに座っていた。
「これからどうするんだ」
「計画通りにやるだけでしょう」
「チッ、こんなことしてないでさっさと標的を潰せばいいだろ。面倒くさい」
レギはマグスの反応にため息をつく。
「それができたらね。そこで寝てるあいつがまだ完全じゃないんだから、今は結界を強化して様子を見ておくのが最善でしょう」
「アレに結界なんてもの、意味があるのか?」
「あるていど行動を制限するのには役に立ってるでしょう、多分」
そこで息を吐き出す音がして、二人はその方向に顔を向ける。そこには床の上に直接寝そべっている男の姿があった。
「何か気がついたの?」
「お前達が言っているモノかは知らないが、昨晩何か動きがあったのは感じた」
「昨晩? おいおい、そういうことは先に言えよ」
「お前達は休んでいた。だから、俺だけで見に行った」
「見に行ったのかよ! で、どうだったんだ?」
そこで男は体を起こしてあぐらをかく。
「おかしなものが現れて、それを魔剣を使う男が片付けていた」
「あの男か」
レギはうめくようにつぶやいた。
「やはりあの男は強い、現れたモノを簡単に倒していた」
そこで言葉を切ると、三人の間には沈黙が訪れる。それを破ったのは立ち上がったマグスだった。
「考えてるだけじゃしょうがないだろ。アレが動き出したのかもしれないんだ、俺達もとりあえず結界の強化を済ましとけばいいんじゃないのか」
「それもそうね。すぐに動きますか」
レギも立ち上がると、背筋を伸ばした。
「ほら、二人とも行くわよ」
男も立ち上がり、その後に続いて倉庫から出た。外は昼、姿を隠す場所はなさそうに見えたが、レギが指を鳴らすとその姿は消えた。
一方その頃、レミはエルシアを伴って王宮内を歩いていた。
「お母様は一体何の用かしら」
「最近の事件のことではないでしょうか」
「そうでしょうけどね」
そして二人は女王の私室の前まで到着し、その中に入る。
「お母様、どのようなご用件でしょうか」
立ったまま軽く頭を下げたレミに、背を向けた椅子に座っている女王、ヤエは首だけ動かして顔をレミに向ける。
「レミ、最近あの少年の様子はどう?」
「キーツですか? 学院にも普通に通ってますが、最近は空いてる時間があるとパイロフィストに出入りして研究をしています」
「そう。あなたの望み通りにはならなかったのね」
「それはまだわかりません。今はパイロフィストと協力していても、それは一時的なことですから」
ヤエは一度目を閉じ、立ち上がるとレミと向かい合う。
「レミ、あなたは少し外出を控えなさい」
「最近の事件ですか? しかし、私にはエルシアがいます。そうそう危険はありません」
「エルシアとて一人では限界があります。あなたも王女としての自覚を持ちなさい」
「お兄様とお姉さまがいますし、私は私です。それに、エルシアだけで不安ならば護衛を増やしてくださればいいではありませんか」
レミの言葉に、ヤエは視線をエルシアに送る。エルシアはそれを受け止め、頭を下げる。
「陛下、レミ様のことでしたら私がお守りいたします」
そのままの姿勢で止まっているエルシアをヤエは視線を注ぎ、数秒後に視線をそらした。
「…わかりました。ですが、護衛を増やしましょう。レミ、エルシア、くれぐれも無理はしないように」
「はい、お母様。では、失礼します」
そうしてレミとエルシアが退室すると、ヤエは手を叩いた。すると、すぐに初老の侍従が姿を現す。
「デバルト、レミの護衛の増員を手配して」
「かしこまりました」
デバルトは礼をしたが、動こうとはしない。
「どうしたの?」
問われると、デバルトは顔を上げる。
「陛下、今起こっていることはかなり深刻な事態につながると思われます」
「それはあなたの勘かしら」
「はい」
その迷いのない返事に、ヤエは深くうなずいた。
「あなたの言うことなら、間違いはないのでしょう。任せます」
「かしこまりました」
デバルトは再び礼をしてから退室していった。
「まったく、お母様も心配性ね」
王宮の廊下を歩きながらレミはつぶやく。
「レミ様のことをご心配なされてのことです。陛下らしいご判断かと」
「それもそうね」
そうして二人は歩いていたが、突然エルシアがレミの前に出た。その手には投げナイフが握られている。
「どうしたの」
「何かいます」
エルシアはそう言ったが、レミにはその視線の先に何かがいるようには見えなかった。だが、エルシアは迷わずに投げナイフに炎をまとわせると、それを壁に向かって投げつける。
そのナイフは真っ直ぐ壁に突き刺さり、エルシアは警戒を解かずに右手を自分の背後にまわす。
「エルシア、一体何が」
「下がっていてください」
エルシアは右手を前に出した。そこには短い棒が握られていて、それは一瞬で伸びると長い杖のようになった。次の瞬間、構えられたその杖に何かが激突し、エルシアは数歩分後ろに押される。
「あれは?」
そして、レミの目にも廊下に何かがいるのが見えてきた。それはまるで狼のような輪郭をもったシルエットだったが、ほぼ透明で、周囲の環境に溶け込んでいてはっきりとした形はわからない。
エルシアは杖を構え、慎重にそのシルエットの様子をうかがう。応じるようにそれはゆっくりと動いた。
直後、突然そのシルエットが消え、エルシアはすぐに反応して杖を自分の頭上に突き出す。しかし、杖は強い衝撃で弾かれ、エルシアの手から放れた。
だが、それだけで追撃はなく、シルエットは元の場所に戻ると姿を周囲に溶け込ませた。
「消えたようです」
そうつぶやき、エルシアは廊下に転がった杖を拾うと、それを縮めて元の場所にしまった。
「一体なんだったのかしら」
「わかりません。魔物のような気配はしませんでしたし、敵意も感じませんでした」
「でも、襲ってきたじゃない」
「攻撃するつもりなら、できたはずです。ですが、あれは」
「何もしないで退いたのね」
「はい」
「それにしても、誰も気がつかなかったようね」
レミは周囲を見回し、警備の兵士やその他の誰も近くにいないのを確認する。
「まるで私達を死角で狙っていたようにも見えるけども」
「いえ、私が何もしなければ動かなかった可能性もあります。攻撃をしたのは早計でした」
「いいのよ、正体不明の何かが王宮をうろついているのを黙認するわけにもいかないでしょう。それよりも、これはお母様に報告しておかないとね」
そうして二人はエルシアのナイフを回収してから、再び女王の私室に向かった。




