パイロフィスト
「状況はどうなってる!」
緑の制服に身を包んだ、警備隊の責任者らしき人間が封鎖された銀行の前で声を張り上げていた。その中年の男の前に、部下が敬礼をして報告を始める。
「強盗犯は三人、非合法な魔道具を持ち、銀行員と客を人質に逃走手段を要求しています」
「突入準備はどうだ」
「まだ特殊部隊が到着していません」
「くそ、どういうことだ!」
男は悪態をついたが、それで事態がよくなるわけもなく、ろくな手が打てずに状況は膠着する。だが、そこに一人の足音が響いてきた。
「なんだ!?」
警備隊の男が勢いよく振り向くと、その足音の主を見て言葉を失った。そこにいたのは、短い赤毛に全身を赤い特殊なスーツと装甲に身を包み、腰に一振りの剣を差した女だった。男はその姿にあっけにとられた。
「ま、まさか」
「パイロフィストのアテリイです。困っているなら手を貸しますが」
その女の一言に男はすぐに敬礼をした。
「そ、それなら是非お願いしたい。おい、状況を報告しろ」
男は部下に振ると、その部下は緊張しながらもアテリイに今の状況を報告し始める。
「は! 強盗犯は三名、非合法な魔道具で武装し、覆面をしています。人質は銀行員と居合わせた客、合わせて三十名ほどです」
「了解しました」
アテリイはそれだけ言うと、銀行を見て腕を組んだ。
「建物の見取り図と中の様子は?」
「はい、ここに」
部下が見取り図を差し出すと、アテリイはそれを受け取ってざっと見てから、すぐに返した。
「これなら制圧できますね。周囲の避難は頼みました」
それだけ言うと、アテリイは銀行に足を進めていき、腰を落とした。次の瞬間、地面を蹴って凄まじい速度で空に向かって跳び上がっていく。
数瞬後、銀行の屋根を突き破ってアテリイは強盗が立てこもっている内部に進入していた。アテリイは落下しながらも周囲の様子を瞬時に把握し、三人の強盗犯を確認した。
そして床に着地すると同時に、一番手近な強盗犯に向けて低い姿勢で一瞬で近寄ると、その顎に軽く掌底を入れて意識を刈り取った。
そこからアテリイは素早く反転すると、低い姿勢で動いて、背後にいた強盗犯の顎にその勢いのままもう一発掌底を放って同じように昏倒させる。
残った一人、二階から様子を見ていた強盗犯は、慌てて魔道具だと思われるダガーをアテリイに向け、発動させた。そこから人の頭ほどの大きさの火の玉が三発放たれたが、アテリイはそれにかまわず床を蹴って跳ぶと、それに突進する。
火の玉がアテリイを直撃するかと思われたが、その直前にアテリイの目の前に青く半透明な障壁が発生し、火の玉を全て霧散させた。
そのままアテリイはその強盗犯の首をつかむと、勢いそのままに壁に叩きつけると、その衝撃で強盗犯は意識を失った。
数分後、銀行内には警備隊が入り、強盗犯を拘束していた。責任者はアテリイの前に立ち、敬礼をする。
「ご協力感謝します! こうも簡単に強盗犯を制圧してしまうとは、さすがパイロフィストの方です」
アテリイはそれに微笑を浮かべた。
「いいえ、情報のおかげですよ。では、私はこれで失礼しますので、あとのことはよろしくお願いします」
それだけ言うとアテリイは外に出た。そこにすぐにアテリイと同じ赤いスーツを装備している若い男、マルハスが駆け寄ってきた。
「隊長、もう済んだんですか」
「ああ、大したことはなかった。だが、あの魔道具は気になるな」
「そんなに大した物だったんですか?」
「今までのものとはレベルが違う。あれでは警備隊の装備では対抗できないな」
「そこまでだったんですか。王宮の方とも連携する必要がありそうですね」
「そうだな、ベネディックに連絡しておいてくれ。王宮には私が行く」
「わかりました」
マルハスはすぐにその場から立ち去り、アテリイは王宮に足を向けた。しばらく歩き、王宮前に到着すると、そのスーツを見た門番は敬礼をしてアテリイを通した。
アテリイはそれから一直線に王宮内のある場所に向かい、いきなりドアを開ける。中には男が一人、机に向かっているだけだった。その男はすぐにアテリイに気づくと、顔を上げて口を開く。
「おや、珍しい来客だ」
「暇そうじゃないか、イステル」
「そう見えるなら、だいぶ視力が落ちたんじゃないか、隊長さん」
「それなら大丈夫だ、今そこで強盗を片付けてきたところだから」
「はあ、俺のところに情報がまだ来てないってことは、本当に今さっきだったわけだ。さすがパイロフィスト。それで、それだけ報告に来たわけじゃないんだろ」
それに答える前に、アテリイは近くの椅子を引き寄せ、イステルの前に座った。
「強盗が強力な魔道具を使っていた。非合法なものとしては今までとは段違いの威力があったな」
「なるほど、それでここまで来たわけだ。で、そんなに大したものだったのか?」
「警備隊の装備ではまず対抗できないな。見た目はただの武器だったが、威力は十分にあった」
「パイロフィストの隊長さんがそう言うなら、間違いないな。わかった、すぐにそれの出所を調べるようにしよう」
「王国諜報部の力には期待してる」
「ああ、パイロフィストには負けないからな。いやまあ競争じゃないけど」
「それはそうだ。あんな強盗でも持っているくらいだから、きっと中心ではかなりのものがある、お互い注意しよう」
イステルはそれにうなずき、額に手を当てた。
「そうだな。つまらない強盗でも警備隊の手に負えない魔道具を持ってるなら、その製造元はかなりのものなんだろう。実際、諜報部だけじゃ手に負えないな」
「パイロフィストも協力するようにしよう」
「それは助かる。まあ、一国で済む問題かどうかもわからないしな、そこはそっちが先行して動いてくれよ。パイロフィストなら国やらなんやらに縛られないんだからな」
「わかってる」
アテリイはそう言って立ち上がると、赤い色の腕輪を取り出し、イステルの前に置いた。
「通信用の魔道具だ」
「これはありがたい」
イステルは腕輪を早速腕に通した。
「よろしく頼んだ」
アテリイは足早にそこから立ち去り、残ったイステルは机に肘をついて頭をかいた。
「これは仕事が増えるな、だがまあいい機会か」
そうつぶやいてからイステルは立ち上がり、部屋の置くに近づいて、壁に手を当てる。すると、そこが沈み込み、壁が動いて階段が現れた。
それを降りていくと地下にはたくさんの明かりで照らされ、数十人の諜報部員が働いている比較的大きな部屋があった。
「部長は」
イステルは手近な人間をつかまえて聞いたが、その諜報部員は首を横に振った。
「またか。まあせっかくパイロフィストと共同で動けるんだから、あの部長にもしっかりしてもらわないとだ。探してくるから、戻ってきたらつかまえといてくれ」
そう言い残すとイステルは慌しく地下室から出て行った。