謎の魔物と魔剣
「さあさあ、これが他じゃ見られない王都の夜だ」
夜、レウスは上機嫌なオフィに連れられて繁華街を歩いていた。黒い杖と左手に無骨なガントレットをしたレウスと、剣を腰にさげているオフィはやはり目立っている。
「しっかし、こんな時でもそれを持ってくるんだな」
「ええ、これは俺にとっては体の一部みたいなものですから」
「まあ、それはわかるけどな。俺も剣を持ってるのは当たり前になってるし」
オフィはそこで立ち止まった。
「まあ目立つのは悪くない。どれ、どこに入ったもんかな」
レウスは周囲の店を見回す。
「どこか入りたい店はないか?」
「いえ、こういうところには来たことがないので」
「そうかそうか、それなら万事、俺に任せておけよ」
そう言うとレウスは再び歩き出し、店の物色をする。
「それにしても、事件があっても店を閉じたりはしないんですね」
「ああ、そりゃ商売だからな。多少危険があっても、客がくるならやめることはないのさ」
「すごいところですね。俺は田舎にいたからわかりませんよ」
「そうだろうそうだろう。ここはある意味田舎よりも危険なところなんだぜ」
そうしてしばらく歩いていると、よく目立つ赤いスーツを着た男が目に入った。
「お、パイロフィストか」
「へえ、あれがそうなんですか。目立つ格好ですね」
「そりゃあな。パイロフィストがいれば、それだけで下手なことをしようと考える奴も引っ込む。数は少なくても、王国軍よりもすごいよ」
「よく知ってるんですね」
「まあ、うちの会社はパイロフィストのスポンサーもやってるしな。俺もたまに遊びに行ってるし」
「そうなんですか。そこで稽古なんかはやってるんですか?」
「ああ、実はあいつも知ってる。おい、マルハス!」
オフィが大声を出して手を振ると、赤いスーツを着た男、マルハスはそれに気がついて首を横に振りながら二人に近づいてきた。
「どうしたんですか、若旦那。もう怪我はいいんですか?」
「ああ、全然問題ないぞ。お前のほうこそ、色々あって大変だなあ」
「そうでもありませんよ。元々こういう仕事ですから」
それからマルハスはレウスに視線を移す。
「それより、その人は?」
「ああ、剣術修行で旅をしててな、今はうちで面倒を見てるんだよ」
「レウスです」
レウスがそう言って軽く頭を下げると、マルハスも軽くうなずいた。
「マルハスです。見ての通り、パイロフィスト所属。それにしても、今時剣術修行なんて、珍しいですね」
「レウスは強いぞ、俺の師匠の木剣をその杖で叩き折ったぐらいだ」
「ソールマンさんをですか、それはすごいですね。剣術はどこで?」
そう聞かれたレウスは微笑を浮かべた。
「変わり者の師匠からです。山奥に住んでる変人なので、有名ではありません」
その答えにマルハスは何か言おうと口を開いたが、それは突然始まった騒ぎによって遮られた。
「なんだ!?」
オフィが最初に声を上げ、騒ぎの方向に顔を向ける。そこには一際大きな店があり、すでに中から客が逃げ出してきていた。
マルハスはすでにその店に向かって走り出し、レウスもその後について歩き出した。
「レウス、一体どうするんだよ」
「見に行きます」
それだけ言ってレウスはどんどん進んで行き、オフィは仕方なくそれについていく。だが、二人が騒ぎのあった店にたどり着く前に、その前面の壁が吹き飛んだ。それによって中が見えるようになった店内には、残っていた客や店員を守るようにして立つマルハスの姿があった。
そして、その前にはほぼ人間と同じ背丈だが、横幅だけは二倍はある、全身が鱗のようなもので覆われている、鋭い牙を持った異形の生物だった。
「なんだあれ!?」
「魔物ですかね。見たことも聞いたこともないようなものですけど、怪我人はいないようですね。さすがパイロフィスト」
最後の一言は誰にも聞こえないような声でつぶやくと、レウスは杖を握る手に軽く力を込める。だが、オフィがその肩をつかんだ。
「あいつに任せておくんだ! あれは明らかに普通の魔物じゃないぞ!」
「だから行くんです」
レウスはそう言ってオフィの手をどかし、店に向かって走り出した。
「おい! ああまったく!」
オフィもそれを追いながら、店の中の状況を見る。マルハスと対する魔物らしきものは牙が並んだ口を開けると、そこに球状の氷のようなものができ、なんとも形容しがたい地を揺るがすような咆哮が響く。
次の瞬間、球状の氷から発生した無数の小さな氷の牙が咆哮の衝撃で飛ぶ。マルハスはすぐに床を左の拳で叩きつけ、そこから炎の壁を出現させた。
氷の牙は炎の壁に阻まれたが、魔物はもう一度咆哮だけを響かせ、衝撃でそれを吹き飛ばした。そして、再び球状の氷が魔物の口に発生する。
「こいつ!」
マルハスはうめいたが、その前にレウスが飛び込んできた。
「逃げるんだ!」
「それはそっちだ、後ろの連中を連れてけよ!」
そこに無数の氷の牙が襲いかかる。それは確実にレウスに集中し、白い爆煙がその身を包み込んだ。
「レウス!」
店に足を踏み入れたオフィが叫ぶ。その返事として返ってきたのは、煙を一瞬で吹き飛ばす衝撃と、ガントレットがあった左手に一振りの黒い剣を握ったレウスの姿だった。
「レウス、それは?」
オフィは自分の想像を超えた状況にそれだけしか言えなかった。そんなオフィにレウスは凶暴そうな笑顔を見せる。
「早く後ろの連中をどかしとけ」
吐き捨てるように言うと、レウスは剣をぶら下げたまま魔物に近づいていく。オフィは一瞬固まったが、すぐに気を取り直すと、マルハスに駆け寄った。
「若旦那、彼は一体?」
「わからん。でもあいつなら大丈夫そうだし、俺はこの人たちを避難させるから後は頼む」
それにマルハスは無言でうなずき、自分が守っていた一般人をオフィに任せることにする。それからレウスに視線を向けたが、すでにレウスは魔物から数歩の距離に立っていた。
それでもレウスは構えをとらずに、剣は無造作にぶら下げたままで、魔物はまるでそれに気圧されるように動かない。
「どうした、お前はなんか吐くだけか?」
自分よりはるかに巨大な体を持つ魔物に近距離で対しても、レウスは全く余裕を崩さない。魔物は自らを奮い立たせるように咆哮を上げると、両手を大きく開いた。
レウスは衝撃をなにもないかのように流すと、その両の手が氷をまとっていくのを黙って見ていた。そして、すぐにその手が振るわれ、そこにあった氷が巨大な牙となって左右からレウスを噛み砕こうと迫る。
「ぼさっとするな!」
しかし、声と同時に二発の火の玉が飛び、その牙を砕き、魔物を押し返した。それからその攻撃をしたマルハスはレウスの隣に立つ。
「さすがにやるじゃないか」
レウスは笑みをマルハスに向け、やっと剣を軽く構えた。
「俺に合わせて、さっきのやつを左から撃てよ!」
レウスは床を蹴る。
「ったく!」
マルハスは悪態をつきながらも、レウスが魔物の攻撃に無傷だったことを思い出し、左の手の上に火の玉を発生させると、レウスの左横を通るように、それを魔物に向かって投げつけた。
レウスはそれが自分の横に並んだ瞬間、剣をそれに突っ込むと、火の玉はその剣に巻きつくようにして黒く染まる。
レウスは魔物と交錯する瞬間、その炎をまとった剣を袈裟切りに振るった。そして、剣の炎を払うと同時に、魔物はその場に倒れた。その巨体はすぐに炎に包まれ、派手に燃え上がる。
「こんなもんか」
レウスは多少がっかりしたような様子だった。




