悪魔の命
「これは、どういうことだ」
ゼムスデーモンは大したことがないように見えたアテリイの一撃を受け、体が動かなくなっているのが心底不思議なようだった。アテリイは構えを解いて、その目の前まで歩いてから口を開く。
「今のは古い技術で、気というのを使った技だ。魔法を使えなかった我々の先達も使っていたそうだが、私のは少しアレンジを加えていてな。直接相手の体内に力を叩き込む。まあ、言ってみれば生命力そのものを攻撃することができる」
「それがこの結果か」
「そういうことだ。お前も生きていている以上、逃れることはできない。精霊の力も込めたから効いただろう。まあ、これは発動に時間がかかるから、私もぎりぎりだったがな」
それからアテリイが後ろを振り向くと、そこではフォルブランに肩を借りたアライアルが近づいてきていた。
「アライアル、大丈夫か」
「まあ、大丈夫だ。しばらく動きたくないけどな。それよりそいつは?」
「副団長の結界もある。心配はいらない」
アテリイの言葉の通り、ゼムスデーモンがまとっていた鎧が崩れ落ち始めた。
「えぐい技だよな。こいつが人間だったら、苦痛でのたうち回ってるんだろ?」
「それは試したことがないからわからないがな」
「アテリイ、それよりあなたの体は大丈夫ですか?」
フォルブランに聞かれると、アテリイは苦笑を浮かべ、ぼろぼろになっている両腕のガントレットとマントを外した。
「この鎧のおかげで動ける程度のダメージですみました。ただ、これはもう使い物にはなりませんが」
「よくそんなものをつけてあれだけ動けたものですね」
「いえ、かなり無理をしたのでしばらく休みが欲しいくらいです。しかし、そろそろ休めそうですね」
アテリイが空を見上げると、その視線の先には空を舞うように駆ける一角獣の姿があった。それは上空にまで到達すると、ゆっくりと三人の前に降り立つ。その背中にはアクシャとキーツ、青い髪の子どもが乗っていた。
「もう終わってるとはね、急いで来たけど無駄だったか」
アクシャはそう言うとキーツを抱えて一角獣から飛び降りた。キーツの背中には子どもがくっついていたので、三人が同時に着地することになる。
それからアクシャはキーツを放すと、ゼムスデーモンの前まで歩いて行った。
「こりゃ完全に制圧してるか。相手が悪かったな、あんたも」
そしてアクシャが指を鳴らすと、一角獣が姿を変えて右手のグローブになった。それからその手をゼムスデーモンの頭の上に置く。
「さて、あんたにも痛みってものを知ってもらおうか」
軽くアクシャの手が握られると同時に、ゼムスデーモンが顔をしかめた。
「…これが痛みか」
そう言いながらもゼムスデーモンは口を歪めて笑みを浮かべる。その頭から手を放しながら、アクシャも笑った。
「生きてるって感じだろ」
「そうだな。この感覚を持ちながらもあれだけ動けるなら、我が負けるわけだ」
「で、少年。こいつの封印はどうする?」
アクシャに話を振られたキーツは首を横に振る。
「今あるタンクじゃどれも無理だと思います」
「つまり、こいつをどうにかするのは他の手段が必要なわけだ」
アクシャはそう言うとアテリイに顔を向けた。
「隊長さん、あんたには何か考えがあるんだろ?」
「大した考えではないが、一応はある」
そう言ったアテリイはアクシャの前に出て、ゼムスデーモンと視線の高さを合わせる。
「お前が多くの悪魔を従える存在なのは間違いないな」
「そうだ。以前には違うものもいたが、それは勇者に倒された」
「なるほど。では、お前の言うことならば悪魔達は聞くな」
「聞くだろう」
そう言ってゼムスデーモンはイエイズデーモンに視線を動かす。
「ああしてお前達に従えということか?」
「そうは言っていない。もちろんお前達がしたことの責任はとってもらうが、そもそもが全く違う生物だ、いきなり同じ基準で対応するわけにもいかない。もちろん、被害の規模次第だがな」
「そうか。勝者はお前達だ、好きにすればいい」
「物分かりが良くて助かる。副団長、結界を解いてもらえますか?」
「いいでしょう」
フォルブランが結界を解除すると、ゼムスデーモンはその場に両手をつく。アテリイはそれに向かって右手を差し出した。
「立て、お前には悪魔がこの世界で生きることができるかどうか、それがかかっているんだぞ」
ゼムスデーモンは迷いを見せずにその手をとると、アテリイに引っ張られて立ち上がった。
「わかった。そういうことならば付き合ってやろう」
「よし、これから忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
そう言ってアテリイはゼムスデーモンの体を肩に担いだ。その光景にアライアルは笑い声を上げる。
「いい格好だぜ。それじゃ、まずはお前らがやらかしたことを全部調べるところからだな」
「本部の修繕もしなければいけませんよ。それよりアクシャさん、この二人はすぐには復帰できなさそうなので、助力を頼めますか?」
フォルブランにそう言われたアクシャは軽く眼鏡の位置を直してからうなずく。
「これ以上のことはないだろうけど、ま、引き受けよう」
「ありがとうございます」
それからフォルブラン達が本部に姿を消すと、アクシャは右手のグローブを一角獣に戻して体を伸ばした。
「さて少年、これからどうなると思う?」
「色々起こりすぎてよくわからないです」
キーツは自分の背中にくっついている子どもを見る。
「この子のことも、悪魔達のことも。わかりません」
「その子はそれが本当の姿さ。ってそれはわかってるか。まあ別に中身が狼の時と変わったわけじゃないし、少年にはなついてるんだから問題はないさ。それより、悪魔のことで忙しくなるんじゃないかね」
「そうでしょうか」
「そうだよ。大体、パイロフィストが少年を手放さないさ。進路は決まりだ」
「僕は学生なんですけどね」
ため息が漏れ、キーツは地面を見た。そこで子どもがキーツの服の裾を引く。
「大丈夫」
キーツは軽く息を吐き出してから、それに向かってうなずいた。
「そうだね、こうなったらやれるだけやるしかないか」
「そういうこと」
アクシャは二人の肩に手を置くと、それからその手を二人の腰に回して持ち上げ、一角獣の背に乗せた。
「疲れただろうから、今日はもう帰って休むといい。後のことは任せておきな」
そして一角獣を押して歩き出させる。キーツはアクシャの言うことに従うことにして、手を振ってその場から去って行った。
アクシャは二人を見送ってから、帽子をとってほこりを払い、それをふわりと頭に乗せた。
「ま、思ったよりも簡単に終わってよかった」




