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第8話 果樹園をつくる(イフリーティア視点)

 移住から数日が経った、ある朝のこと。

 空が白み始めたばかりの刻限。私――イフリーティアは、扉を開いて小屋の外に出た。


 主であるフランシスカ様と、闇の精霊王デーゼ、そして獣王タロウは、まだ夢の中にいる。


 朝の冷たい空気が肌を刺し、森の木々の爽やかな香りが心地いい。

 私は一人、家の裏手に広がる、先日整備されたばかりの広大な更地に立っていた。


「……ふう」


 私は思わず深く深呼吸をした。肺が朝の冷たい新鮮な空気で満たされる。


 ……自分の手を見つめる。

 この手は、数千年の間、ただ奪うことしかしなかった手だ。


 「破壊」「戦争」「焦土」。それが私に与えられた役割だった。人間たちは私を恐れ、あるいは最強の兵器として崇めた。

 彼らが私に望むのはいつも、「敵を焼き尽くせ」「国を滅ぼせ」。その繰り返し。

 だから私は、自分の炎を呪いだとすら思っていた。


 けれど、今の主――フランシスカ様は違う。

 昨晩、彼女は寝る前に、無邪気に笑ってこう言ったのだ。


『ここが果樹園になったら、採れたてフルーツでタルトが食べたいな』


 と。


 その願いには、誰かの命を奪う殺意も、国を富ませる欲望もない。ただ純粋な「食欲」と「夢」だけがあった。


「……フフッ。フランシスカ様らしいわ」


 私は昨日のやりとりを思い出し、微笑んだ。

 破壊しか能がないと思われては、最強の精霊王の名折れ。

 私の炎が、命を育む太陽にもなり得ることを証明してみせましょう。


     ***


 まずは、環境作りからだ。

 この村は気候が良いとはいえ、最高級のフルーツを育てるには、完璧な温度管理が必要になる。


 私は海岸へ飛び、真っ白な砂浜の砂を大量に魔力で浮かせ、更地に運んだ。

 これは珪砂けいしゃ。ガラスの原料だ。


「熱よ、集いなさい」


 砂が一瞬でドロドロに溶解する。そこから不純物を丁寧に取り除き、薄く、透明度の高い板状へと成形していく。

 冷ましたら、板ガラスの出来上がりだ。


「来なさい、我が愛しき火の眷属、サラマンダーたち」


 次に、小さな炎のトカゲたちを無数に召喚する。

 彼らはチョロチョロと動き回り、私が生成したガラス板と、あらかじめ用意しておいた木枠を組み上げていく。

 朝日が昇りきる頃には、更地だった場所に、巨大な温室が三棟、威風堂々と並んでいた。


「いい出来ね。右から『イチゴ棟』、『ブドウ棟』、そして『メロン棟』にしましょう」


 私は温室の中に入り、ふかふかの黒土に、種を蒔く。

 そして、天井から、柔らかな魔力の光を降り注がせる。


 すると、どうだろう。

 通常ならば発芽まで数日かかる種が、土の中でピクリと震えた。

 まるで早送りの映像を見ているかのように、土が盛り上がり、可愛らしい緑色の双葉が顔を出す。

 さらに茎が伸び、青々とした葉が展開していく。


「おはよう、可愛い子供たち」


 健気に伸びる苗たちを見て、私の胸に温かいものが込み上げてきた。


     ***


 並んだ若葉を眺めながら、私の意識はふと、過去へと飛んだ。

 まだ、フランシスカ様と出会う前のこと。


 私の住処は、ボルケーノ火山の火口だった。

 たまに訪れる人間からの願いは「敵を焼き尽くせ」。

 視界に入る景色は、いつも岩肌の灰色と、溶岩の赤色だけ。

 そこには緑もなければ、瑞々しい命もない。

 退屈で、心が冷え切っていた。


『私には、何も生み出せない。私はただ、世界を灰にするだけの存在なのだ』


 そう諦めていた。


 あの日。汗だくになりながら火口へ登ってきた、一人の人間の少女。

 私は彼女もまた、力を求めに来た愚か者だと思った。

 けれど、彼女は真っ直ぐに私を見つめて言ったのだ。


『あなたは最も熱い炎を操りながら、心は冷たく冷えているのね』


 その言葉に、私は息を呑んだ。

 誰もが私を「兵器」として、あるいは「災害」としてしか見ていなかった。私の心になど、誰も興味を持たなかった。

 けれど、彼女は違った。


 彼女に手を引かれ、連れて行かれた「夕陽が一番美しく見える丘」。

 そこで見た夕陽は、私の炎と同じ色をしているのに、とても優しく、温かかった。

 渡されたサンドイッチを食べ、隣で笑う彼女を見た時、数千年ぶりに胸の奥が「燃える」のを感じた。


     ***


「す、すごーーい!!」


 背後から響いた弾んだ声に、私は我に返った。

 振り返ると、寝巻き姿のまま、髪をボサボサにしたフランシスカ様が、テラスから駆け寄ってくるところだった。


「イフリーティア、これあなたが作ったの!? いつの間に!?」


 彼女はガラス張りの温室と、その中で青々と茂る苗たちを見て、瞳をキラキラと輝かせた。


「ええ。種を蒔いて、少し成長を促しましたわ。実がなるまでにはまだ少しかかりますが、このペースなら一週間もあれば収穫できるかと」

「天才よ! あなた天才! これでもう、フルーツ食べ放題じゃない! 村の人たちにも食べさせてあげられるわ」


 フランシスカ様は私の手を取り、興奮気味に叫んだ。


「あなたはまるで、そう! コナラギ村の人たちが言ってた『豊穣の女神』ね!」


 ――豊穣の女神。


 その言葉が、かつて人間たちから捧げられたどんな畏怖の称号よりも、私の心を震わせた。

 ああ、この笑顔だ。

 私はこの笑顔を守るために、ここに来たのだ。


 私は優雅にドレスの裾をつまみ、膝を折って微笑んだ。


「ええ、フランシスカ様。貴女が望むなら、私はこの炎で、世界中の甘味と幸せを実らせてみせましょう」


 朝日が差し込む温室の中。

 若葉の緑と、主の笑顔が、何よりも美しく輝いていた。

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