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第7話 モンスターを退治しよう

「あの丘を?」


 村長が聞き返す。

 私が指差した先の丘。今は地面が荒れ果て、魔物によって折れたり枯れたりした木々が槍のように突き出た荒地だが、整備すればカフェを開くには最高のロケーションに化けるはずだ。


 村長は目を白黒させたが、私の瞳に宿る決意の色を見て、諦めた声で言った。

 完全に、私のことを『実力を過信した愚か者』だと思っている様子だ。


「言っても無駄か……。もし本当に倒せたなら、好きにしていい。あの丘も森も、あんたの物じゃ。村の英雄として崇めよう。……ただし、無理はダメじゃぞ。無様に逃げてもいい。生きて帰ってきなさい」


 部外者の私にここまで気をかけてくれるとは。私は、この素朴で心優しい村長に好感を持った。


「交渉成立ね。それじゃあ、行ってきます!」


 こうして私たちは、困惑する村長と村人を横目に、颯爽と森へと向かった。


 森の入り口へ着いた。森は鬱蒼と深く、所々で巨木がいくつも薙ぎ倒されている。魔物の仕業だ。

 少し入るとすぐに、地響きと共に「それ」は現れた。自分の縄張りを荒らす狼藉者を、みすみす見逃すはずもない。

 キング・フォレスト・ボア(大森林猪)。その名の通り、小屋ほどもある巨大な猪だ。鋼のような剛毛に、凶悪な牙。

 もちろん、村人レベルが敵う相手ではない。


「ブモォォォォォッ!!」


 猪が私たちに向かって突進してくる。

 私は抱いていた愛らしい子犬を、地面に下ろした。


「タロウ、『お手』」


 瞬間。

 ボンッ! という音と共に、子犬の姿が掻き消えた。

 代わりに現れたのは、猪よりもさらに巨大な、神々しい銀色の狼――獣王タロウの真の姿だ。


「ワゥッ!」


 タロウは、元気よく前足で猪の頭をポン、と叩いた。

 たったそれだけ。

 だが、発生した衝撃波は凄まじかった。


 猪の巨体が地面に沈み込み、白目を剥いて即死した。

 踏まれた頭以外は損傷なし。綺麗に素材として残っている。


「よし、今夜のメインディッシュ決定ね!」


 地鳴りがする。仲間が駆けつけたのだ。その数は数十体はくだらない。


「フランシスカ様。残りの肉は、村人にあげてはどうでしょうか? 彼らに恩を売っておけば、後々役に立ちますわ」

「いいアイデアね! イフリーティア。じゃあ、頼むわ」

「お任せください。焼き加減は、そうね、ミディアムにしておきますわ」


 イフリーティアが指を鳴らすと、ボアの群れが紅蓮の炎に包まれる。

 一瞬で灼熱に包まれ、肺を焼かれたボアたちは、苦しむ間もなく力なく倒れた。表面はこんがり、中はジューシーだ。


「これでお終いかしら?」

「ふん。残りは私の眷属で処理しておいたぞ」


 デーゼが巨木に寄りかかり、退屈そうに言った。


「ありがとう! みんな。じゃあ村長さんに報告する前に、先に拠点を作っちゃいましょうか」


     ***


 魔物がいなくなったので、早速拠点作りを開始する。

 ここからは、精霊魔法によるチート土木工事の時間だ。


 タロウが爪を一閃させると、木々が一瞬にして切り倒された。


「次は乾燥! イフリーティア!」


 切り出された生木に、イフリーティアが手をかざすと、木材から水分が飛び、一瞬にして「最高級の乾燥建材」へと変わる。


「最後は建築! デーゼ、出番よ!」

「フン。人使いの荒い主だな」


 デーゼが腕を振るうと、彼の影から無数の黒い小人たちが這い出してきた。

 闇の眷属『シャドウ・ワーカー』だ。彼らは目にも止まらぬ速さで木材を運び、組み立てていく。


 わずか数十分後。

 そこには、立派な小屋が完成していた。さすがチートである。


「それじゃあ、使わなかった素材とボアを持って、村長さんのところに行きましょう」


     ***


 村に戻り、村長の家に行く。


「村長さん、戻りました」


 私を見て、村長は深く頷いた。


「ああ、踏みとどまってくれたか。そうじゃ、お前さんはまだ若いんじゃ。命を無駄にすることはない」


 ん? どうやら村長は、私が怖気づいて討伐を諦めて逃げ帰ってきたと思ったようだ。まだ出発してから一時間も経っていないから無理もない。


「え? いえ……」

「いいんじゃよ。村のことは、村のものでやる。その気持ちだけで、嬉しいんじゃ」

「じゃなくて、終わりました」

「そうか、終わりか……。村は終わりじゃ。だがな、それでも先祖様が残した土地だ。我々がここを捨てて離れることはできない」

「そ、村長さん。そうじゃなくて……」

「言ってくれるな。わしの決意は変わらん。ここで骨を埋めて……」


 ああもう! じれったい!

 私は村長の腕を掴んで、強引に家の外へ引っ張り出した。


「なんじゃ? 一体?」

「見てください!」


 イフリーティアの亜空間から、キング・フォレスト・ボア(ミディアムレア)と、高級な木材、さらに大量の薪が次々と落ちてくる。


「は、はい?」


 村長が、間抜けな声を上げる。


 積み上がっていく素材を前に、トマスは網を持ったまま立ち尽くし、マルタは籠を取り落とし、ミシャはぽかんと口を開けている。


「森にいたボアは、もう討伐しました」

「な、なん……? どうやって!? まだ一時間も経っとらんぞ!?」

「いや、普通に森に入って、狩ったのですが」

「し、信じられん。じゃが、これはボアで間違いない。それに、この上質な木材は……?」

「えっと、これ、全部あげます」


 私はあっけらかんと言った。

 私にはイフリーティア(超高性能暖房)がいるので薪はいらないし、猪も食べきれない。


「えっ? い、いいのか!? この冬を越せるだけの薪と、何ヶ月分もの食料じゃぞ!?」

「はい。引越し蕎麦……みたいなものです。これからお隣さんになるわけですし」


 その時だった。


「……おにく?」


 ミシャが、小さな声で呟いた。

 マルタが慌てて娘の肩を抱く。


「こ、こらミシャ、失礼でしょう」

「いいのよ」


 私は笑って、焼いたばかりの肉をひと切れ、木皿に載せて差し出した。


「はい、どうぞ。熱いから、気をつけて食べてね」


 ミシャは母親の顔を見上げ、それからおそるおそる肉を受け取った。

 小さく噛んで、咀嚼する。

 そして次の瞬間、顔が明るくなった。


「……おいしい」


 目を丸くしたまま、ミシャは呟く。


「おにくって、こんなにおいしいんだ……」


 その言葉に、マルタが口元を押さえた。

 涙が落ちる。


「ありがとうございます……ありがとうございます……これで、この子にちゃんと食べさせてあげられます……」


 トマスは積み上がった木材の一本に触れ、震える声で言った。


「これだけあれば……舟を直せる。櫂も作れる。海に出られる……」


 いつの間にか集まった他の村人たちから、どよめきと歓声が上がる。

 ボロボロの家と燃料不足、さらに食糧難に喘いでいた村人たちだ。彼らは山積みの物資を見て涙を流した。

 そして、一斉に私に向かってひざまずいた。


「この方が、我らに恵みを与えてくださった……」

「あなた様こそ、我が村に伝わる伝説の『豊穣の女神』様に違いない!」

「女神様! フランシスカ様バンザイ!」


 私は、村人のあまりの熱狂にたじろいだ。


「い、いえ、違います! 私は、ただの移住希望者です!」


「ですが……!」


「だから、そんなふうに拝まないで。私は信者じゃなくて、隣人がほしいの」

「隣人……」

「そう。私がここで店を開いたら、食べに来てね。これは、その前払いみたいなものよ」


 トマスが、ふっと笑った。


「なんだ。女神様じゃなくて、なかなか商売上手なお嬢さんってわけか」

「その通りよ」


 マルタも涙を拭って、ぎこちなく笑う。


「でしたら……今度は、私たちがお返しする番ですね」

「ええ。そうしてくれると嬉しいわ」


 村長ガランは何度か頷き、それから村人たちを振り返った。


「皆、聞いたな。今日からこの方は、我らが村の客人ではない。隣人だ。総出で運べ。肉は広場へ、薪は各家へ、木材は乾かしてまとめておくのじゃ」

「おおーっ!」


 一気に、村が動き出した。


     ***


 その日の夕方には、村のあちこちから煙が上がっていた。

 配った薪で火を焚ける家が増えたのだ。


 丘の上のテラスでバーベキューをしながら、私はその光景を眺めていた。

 少し前までは死にかけていた村から、笑い声が風に乗って聞こえてくる。


「ん〜っ 美味しい!」


 頬張った猪肉は、脂がのっていてとろけるようだった。

 目の前には絶景。背後には快適な我が家。そして頼れる仲間たち。


 だけど、今はそれだけじゃない。

 見下ろした先には、灯りの戻った村がある。


 ふと、テラスの端に小さな影が見えた。

 ミシャだ。彼女は言葉もなく、手のひらサイズの貝殻を地面に置いて、頭を下げた。


「これ、きれいだったから……おねえちゃんに」

「私に?」

「……ありがとう、のおれい」


 そう言うと、ミシャは恥ずかしそうに走っていってしまった。


「ふふ。あの子にすっかり懐かれましたね、フランシスカ様」


 優雅に紅茶を飲みながら、イフリーティアが悪戯顔で言う。


「主がここまで計算高くて、さらに人たらしだったとは。全く侮れんな」


 デーゼがプリンを食べながら真顔で言う。

 私にはそのギャップが逆に怖いわ。


「ワン!」


 タロウが、貝殻を口に咥えて持ってきた。

 その貝殻を受け取り、私も思わず笑う。


「……これよ」


 私は夕陽に染まる海を見つめながら、そっと呟いた。

 目の前には絶景、背後には頼れる仲間、見下ろした先には灯りの戻った村がある。


 私が欲しかったのは、こういう暮らしなのだ。

 そして次にすることは、もう決まっている。

 ここに、夢にまで見たカフェを開くのだ。

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