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第1話 断罪の宴

 王城の大広間、その天井高くに吊るされたクリスタルのシャンデリアが、煌びやかな光を撒き散らしている。

 今宵は、私の十八歳の誕生日を祝う宴であった。

 ……そのはず、だった。


「フランシスカ! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」


 ダンスホールの中心で、よく通る声が響き渡った。

 声の主は、この国の第一王子であり、私の婚約者であるレオンだ。

 金の髪に碧眼。絵本から抜け出してきたような美貌を持つ彼は、今はその整った顔を憎悪に歪め、私を指差していた。


「そして、我が国からの追放を宣言する! 二度と私の前にその汚らわしい顔を見せるな!」


 会場の空気が揺れる。

 着飾った貴族たちが、扇子で口元を隠しながら、好奇と嘲笑の混じった視線を私――フランシスカ・マーブル男爵令嬢へと突き刺す。


「まあ、やはり噂は本当でしたのね」

「身の程知らずの貧乏男爵令嬢が、殿下の慈悲に甘えて増長するから……」

「おかわいそうなレオン殿下」


 ヒソヒソと囁かれる悪意。

 私は、わざとらしく大きく目を見開き、ショックを受けたふりをしてその場に立ち尽くした。

 だが、内心は至って冷静だった。


(……やっぱり、避けられなかったのね)


 私の思考を遮るように、生演奏の楽団が、それまでの優雅なワルツから、悲壮で重々しい調べへと曲を変えた。

 まるでこれから始まる王子の告発を、ドラマチックにするかのような選曲だ。

 このタイミングで曲が変わるということは、楽団にも事前に指示が出ていたということだ。こういう小賢しい舞台装置の準備だけは万端なのが、いかにもナルシストな王子らしい。


 私は、小さく息を吐いた。意識は、この日が来るであろうことを知った、あの日に遡る。


 五年前。高熱を出して寝込んだ際、私は前世の記憶を取り戻した。

 ――ここは、前世でプレイしていた乙女ゲーム『精霊王と麗しの聖女』の世界だと。


 このゲームの世界では、『精霊』と呼ばれる超常的な存在が人々と共存している。

 物語の主人公であるヒロインは、けなげな努力と愛らしさで精霊と契約し、その力で国を救いながら、イケメン攻略対象たちと恋に落ちていく。

 だが残念ながら、私はその「ヒロイン」ではない。


 フランシスカ・マーブル。

 六歳で両親を流行り病で亡くし、天涯孤独となった少女。借金まみれで没落寸前だったところを、その稀有な血筋を見込まれて王家に引き取られ、第一王子の婚約者となった。


 本来なら、男爵令嬢の私が第一王子の婚約者になどなれるはずがない。けれど、マーブル家だけは別だった。

 建国以来、『精霊に愛された血筋』として王家に恐れられ、同時に欲されてきた一族――それがマーブル家だ。


 そして私は、ヒロインの恋路を邪魔し、最後には断罪されて破滅する――いわゆる「悪役令嬢」だった。

 私はこの五年間、破滅を回避するためにあらゆる努力をしてきた。

 領地の経営を見直し、王子の好みに合わせるよう努力し、品行方正に振る舞ってきたつもりだ。

 だが、ゲームの強制力なのか、それとも王子の性格が元々こうだったのか。

 結局、十八歳の誕生日に婚約破棄されるというシナリオ通りに事は進んでしまった。


「……殿下。突然のお言葉、理解に苦しみます。私は何か、至らぬことをいたしましたでしょうか?」


 震える声で問いかける。これも演技だ。

 すると王子は片眉をあげて、待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げた。


「白々しい! 私が気づかないとでも思ったのか? お前が陰で国庫に手をつけていたことを!」


 王子の合図と共に、王子側近の文官たちがゾロゾロと扉から入ってきて、私の目の前でこれ見よがしに書類を広げた。


「これは、フランシスカ様が裏帳簿を使って横領した証拠です」

「なんと、その額は国家予算の一割にも及びます!」

「宝石、ドレス、それに国外への不正送金……。すべてこの女の仕業ですぞ!」


 文官たちが次々に捲し立てる。

 周囲の貴族たちから、「なんてことだ」「泥棒猫め」と罵声が飛ぶ。


(……はぁ。何を出すかと思ったら、雑な捏造ね)


 私は呆れてため息が出そうになるのを必死でこらえた。

 確かに国庫からは莫大な金が消えている。

 だが、それは私が使ったものではない。

 目の前にいるレオン殿下が、豪華な暮らし、ギャンブル、無謀な投資等々に浪費した結果だ。

 私はむしろ、婚約者としてその尻拭いに奔走していたというのに。


(……私の苦労を何だと思っているのかしら?)


「言い逃れはできないぞ、フランシスカ。私の愛を裏切り、私腹を肥やす毒婦め。お前のような女は、この国の癌だ!」


 王子が陶酔した様子で叫ぶ。

 もちろん、彼も文官たちも、これが冤罪だと分かってやっている。

 自身の無駄遣いという汚職の罪を、すべて「悪役令嬢」である私に被せて処分する。

 そうすれば、彼は悲劇の王子として同情を集め、借金もチャラになるという寸法だ。


 ……けれど、それだけなら、ただの「処刑」や「投獄」でいいはずだ。

 なぜ、わざわざ私の誕生日に、これほど派手なパーティーを開き、衆人環視の中で婚約破棄と追放を突きつけるのか。

 昨日までは「愛しているよ、フランシスカ」と甘い言葉を囁き、私を幸せの絶頂に置いておきながら、今日、いきなり地獄へ突き落とす。

 このあまりに落差の激しい、残酷な演出。


 その理由は――私の「血」にある。


 ゴロゴロ……ッ!

 突然、窓の外で雷鳴が轟いた。

 先ほどまで星が見えていた夜空が、急速に分厚い黒雲に覆われていく。城の窓ガラスがビリビリと震えるほどの気圧の変化。


「ふ、フハハ。やはり来たか! 兆候が出始めたぞ!」


 不穏な天候の変化に怯える貴族たちを他所に、王子だけが狂喜に歪んだ顔で前髪をかきあげた。


 私の亡き父は、国一番の精霊使いだった。

 王子が欲しかったのは、私ではない。マーブル家の血が呼び寄せる「精霊」だ。


 ただし、強大な精霊はそう簡単には応えてくれない。

 彼らが唯一、確実にこちらへ干渉し、契約を結ぼうとする条件がある。


 それは、その血を持つ者が「魂が砕けるほどの、圧倒的な絶望」を感じた時。

 召喚者の命の危機や、深い悲しみに共鳴し、強大な力を持つ精霊を呼び寄せるのだ。


 王子は、私を五年間かけてじっくりと信頼させ、依存させ、愛させた。

 そして最後の最後、一番幸せであるはずの誕生日に、裏切りというナイフで心を刺したのだ。

 すべては、私が絶望し、その悲鳴を聞きつけた「最強の精霊」をおびき寄せるための儀式。

 私は、生贄だ。


 ピシャーンッ!

 耳をつんざくような落雷と共に、大広間のステンドグラスが粉々に砕け散った。

 悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。

 吹き荒れる暴風の中、王子は勝ち誇ったように両手を広げた。


「さあ、絶望しろフランシスカ! 泣き叫べ! お前のその絶望だけが、国の役に立つのだ!」


 ああ、なんて愚かな人だろう。

 私は強風に煽られる髪を押さえながら、うずくまるフリをして、口元だけで笑った。


 残念でした、殿下。

 絶望せよと言われても――私はもう、とっくに「餌付け済み」なのです。

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