第七章『皮の裏側』
大衆食堂マリーゴールドの女店主リリーは料理と喋るのが三度の食事よりも好きだった。
いつものように旅人たちや商人、常連客たちに料理を提供し世間話を長々と話していた。
彼女の料理は絶品ではあったが、そのお喋り好きによる長話は多少、うんざりされることがあり一部の常連客は飯を食べると彼女に話題を振られる前にさっさと逃げる客もいた。
そんな中、昼を過ぎ
一度客が全員いなくなった間を狙ったようにして少し毛色の違う客が入ってきた。
茶色の革製の旅用のマントを来た男で、彼は深くフードをかぶり顔は見えない
右手にはすでに開いた封筒を持っている状態でそのまま席に座る見た目の怪しい客をリリーは迎えた
リリー「いらっしゃい!…ってあんたブルドかい?久々だねぇ!恋人のアイーリャはどうなったんだい?
…ああ!それより聞いてくれよ!この間、中々可愛い娘がいてねぇ!緑色の髪の娘なんだけどね!それが―」
ブルド「探しましたよリリー、2年間も連絡が途絶えて帰ってこない上に久々に手紙が来たから何をしているかと思い来てみれば、こんな所で大衆食堂ですか?
…確かに貴女の料理は売れるとは思いますが、まさか『本職』を忘れたとか言いませんよね?」
いつものように長話を繰り出そうとしたリリーに間髪容れずフードの男、ブルドは言葉を挟み込むことで止めた。
リリーは少し困った顔をして答える
リリー「…まぁ、忘れちゃいないよ
ちょうどこの間も隣町で『獣人』共が暴れたからね、あたしゃこの間も買い出しのついでに『偵察』してきたさ」
ブルド「ついでではなくそれが本命ですよリリー、…それでどうでした?」
リリー「…あんま良くはないね、奴らの巣になって街中、肉の腐敗臭と獣臭くてたまったもんじゃないよ!
おかげで帰ってから匂いが全然取れなくて5回も体を洗うはめになったからね!」
そう言うとリリーは鼻を鳴らした。
そして先ほどまでの優しい目尻をした『食堂のおばちゃん』の顔から鋭い目つきの顔になる
リリー「…事態は深刻だ、すぐに王都に連絡し、総力をもって対処せねば我々は終わる
アレらはもはや我々、『第8』だけでは対処不能だ。既に陥落した街の中に『砦』の建築をはじめている、…完成すれば奴らは確実に王都に攻めてくるだろう」
ブルド「…なぜ今まで連絡してこなかったのですか?」
彼はそう言いながら右手のリリーからの封筒を握りしめ、
それを見たリリーは肩をすくめた
リリー「…したさ、ただ獣共の小賢しさの方があたしの想像より上だったってだけだよ
…あそこの敵将は『フォグレギビー』って言うやたら強い豚で脳筋だと思ってたんだけど、見た目の割にありゃあ中々の策士だよ
この間まで何度も追い詰められかけたからね
―ほんと、『今も生きてりゃ』本当にまずかったねぇ…」
ブルド「―…………?
ちょっと、待ってくださいっ。
その敵将は死んだの…ですか?」
リリーの言葉にブルドは考え込もうとして眉を顰め反応こそ薄いがとても驚いていた。
『獣人』の兵は一体一体が人間で言う一人当百並みでありその将軍となれば比べ物にならないものである、そしてその将軍が死んだと聞かされれば驚くのは当たり前のことだった。
リリー「あぁ、1ヶ月前だったかねぇ、奴は首を討ち取られたね
…もちろん人間によってね」
それを聞かされたブルドはさらに驚く
ブルド「そのようなことを一体、誰が…」
リリー「残念ながら、探ってみたけどそこまでは分からなかったね
…ただ噂によると西方の辺境要塞ポグレムにて大侵攻を仕掛けた時に軍の一部を切り崩されたと同時に討ち取られたって話さ
全く、あんな辺境要塞に一体どんな凄い兵士がいたのやら…」
それを聞いてブルドは顎に手を当て考え込み
答える
ブルド「…とりあえずはわかりました。
この情報は王都に持っていこうと思います
…それと、あなたも私と一緒に王都に戻ってください。リリー、」
リリー「ああ、そうするつもりだよ
―しばらくはこの大衆食堂も休業だねぇ…」
そう言うとリリーは店内を見渡し、少し寂しそうな顔をした
リリー「それじゃあ、よろしく頼むよ
『副団長』殿」
ブルド「…それを言ったらあなたもでしょう
『第8騎士団長リリー・アンブルー』殿」
2人は笑い合った後、店内を掃除して店の入り口に『諸事情でしばらく休業!』
というかけ札をかけた
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一方、リリー達のいた街とは違う東方のとある冒険者ギルドにて、2日前に木札から銅級に上がった冒険者カルヴァルは今日もギルド受付から受けた依頼の成功報酬を貰っていた。
しかし、一部の冒険者からは良い顔をされていない
カルヴァルの全身は土埃にまみれ、薄汚れている、その身体には内側にインナーを着て、その上から革製の鎧、だらりと妙に長く見える腕に真鍮の篭手と、右肩には真鍮の肩当て、頭にはやけに大きく目立つ青い羽のついた真鍮の西洋兜を被っており、常に面頬を下ろしているのでその素顔を見た者はいない
持っている武器は真鍮の片手剣であり、今はその猫背気味の彼の背中の上で薄汚れた鈍い光を放っていた。
…一言、言うと全体的に古い装備で使い古されており、大変みすぼらしい姿であった。
しかし、1年前に来たばかりの新人なのにも拘わらず、全ての依頼を達成し一気に昇格していく彼の実力は確かなものであり文句を言えるものはいない。
カルヴァル「…ふむ、問題ないね
この報酬はありがたく頂くよ
シェンリィ、いつも本当にお世話になるね…
こんなみすぼらしい男の対応なんて嫌だろ?」
その異様な見た目の割にカルヴァルの声はしゃがれの一つもないとても綺麗な男性の声であり、その言葉遣いも悪いものではない、この声だけ聞いたならこのような見た目の男だとは誰も思わないだろう
シェンリィ「いえ、そんなことはありませんよ!カルヴァル様、貴方は今のところ依頼もしっかりと行っていますし、、何よりその後の対応も素晴らしいと依頼主様からの評判も良いですからこのまま行けば一月もしないでまた昇格できると思いますよ!」
受付嬢シェンリィはカルヴァルの言葉を聞くと慌てて彼の言葉を否定し、彼の依頼主と冒険者ギルドとしての評価を伝える
それを聞いて他の冒険者達は渋い顔をした
その中には明確な敵意すらにじませている者もいるが、カルヴァルはその視線を気にせず受付嬢と話をして冒険者ギルドの建物から出た。
その後ろから彼を追いかける者がいる。
カルヴァルは街中を歩き、人気のない路地に入る
カルヴァル「…それで僕に何か用があるのかな?僕は君たちに危害は一切、加えていないはずなんだけどね」
そこにいたのはギルド内で彼に明確な敵意を向けていた6人の冒険者たちだった。
その手には抜き身の鉄製の槍や斧、剣が光っていた。
カルヴァルは肩を竦める
カルヴァル「やれやれ、困ったね
僕としては争いとかではなく、穏便に話し合いが良いんだけど、どうにかならないかな?
…なんせ、僕はあんまり血は好きじゃない」
―「……黙れっ!
よくも俺達に恥をかかせやがったな!
お前があの依頼を成功させたせいでこの間、あの依頼を失敗した俺達が笑われたじゃねぇか!!」
カルヴァル「それは君たちが悪いね、失敗した後もその夜に依頼人の娘さんに暴力を振るったのは特に悪い、
だから全て君たちの自業自得だよ鉄級冒険者」
―「…抜かせ!新人の銅級が!!」
6人は一斉にカルヴァルに襲いかかる
彼らの動きは長年積み重ねたことがわかる洗練された動きで、カルヴァルを囲み一斉にその刃を振り下ろす
当たれば怪我では済まないものだったが、カルヴァルはその攻撃を避けたり、手の篭手を使って逸らしたりする。
背中の剣にすら手をかけないその彼の姿に鉄級の冒険者はさらに頭に血が登った時、一人の冒険者の腹にカルヴァルの拳が突き刺さった。
……文字通りその拳は『腹を破り背中から出て』いた。
それを見て驚くもう一人冒険者の頭を掴み『握りつぶす』
それを見た瞬間、残りの4人は戦慄した。
それは明らかに人間のできることではない
カルヴァル「あぁ、失敗したな、できるだけ『力加減』するつもりだったんだけどね…
まぁ、いいや」
血と肉片のついた手を見てカルヴァルはそう言うと冒険者に顔を向ける
冒険者達は顔を青ざめる
カルヴァル「ちょうど身体も怠けてきたし久々に身体を動かさなきゃね」
―この後、彼ら鉄級冒険者の6人を見たものは誰もいなかった。




