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第六章『カツレツ』

冬が厳しくなる鹿眼月、王都から追放された元、王宮料理人であるアリシアが要塞ポグレムに来て1ヶ月経った。

鼠の刻である昼頃、要塞内にある巨大な肉切り包丁を看板にした特徴的なポグレム兵舎食堂は今日も賑わっていた。

今日のメニューは『カツレツ』という豚肉を使った料理で、これはここ、西方の地では昔からある料理である。

北方のように雪こそないが寒さだけなら厳しいこの地では揚げ物を『寒さに打ち勝つ』という願掛けも併せて好んで食べる習慣があった。

それゆえに慣れ親しんだこの味で人気も高く昼になるとそれはもう大盛況であった。

そして何よりも―


―「なんだこれ…つ!?俺の知ってる カツレツじゃないぞ!?」


―「こんなに…っ

うまいカツレツ …初めて食った…っ」


―「衣がサクッとしてて中身はジューシーな肉厚な脂の乗った肉!!…っうまいっ!うますぎる!!」


兵たちは今まで食ったものの中で食べたことのない旨さで一部のものは涙すら流していた。

その評判はあっという間に広がり

今では兵舎食堂は満席になっていた。

彼らは無我夢中でカツレツと焼きたてのパンとスープを頬張り続ける。

そんな中、厨房から小柄なメイド服を纏った

小柄な少女がお盆を両手に四皿ずつ持ち、頭に一皿を載せた状態で現れた。

一つにまとめた若草と枯れ草を混ぜたような色褪せた茶髪と緑髪の三つ編みと、色褪せたような赤い瞳、そして整ってはいるがあまり目立たない顔、カチューシャから垂れる鈴のついたレースが揺れ、鈴の軽やかな音を鳴らしながら少女はお盆の中身を全く揺らさずに 悠々と歩いてくる

彼女の持つお盆の上にはカツレツと焼きたてのパンそしてスープがのっていた。

スープはりんごとトマトを使ったもので独特の酸味と甘味を持ち、 中に入ったスパイスによってそれぞれの具材が強く引き立てられている

それを入ってきたばかりの兵士たちの前に置く

彼女の顔や佇まいは、その目はらんらんと輝き、その背筋は伸び切り、胸を張り、自信に満ちていた。


アリシア「オラッ飯だ!次があンだからさっさと 食って出てけ!!

おい!そこの奴!いつまで食ってンだよ!!さっさと出て行け!

そこのお前もだ!!お前最近、太ってンだろうが!!もう おかわりはなしだ!今すぐ出てけ!!!明日からお前は量減らすかンな!」


その少女の口調はとてつもなく悪い

そして、こんなに混雑しているというのに彼女は要塞内の兵の一人一人の食べる量をしっかり見ていた。


彼女は兵の胃袋をつかむと同時に、兵の健康管理もしっかりと見ていたのである


―「アリシアの姐御!この旨味が濃縮されたような脂の乗った豚、どこで仕入れたんですか!?それにこれほどのカツレツを揚げるこってりとしていながら水のようにさらっとした舌触りを残す濃厚な油!一体どこで…」


一人の兵が食べるのをやめて アリシアに話しかける。

売っている場所を聞いて暇があったら買いに行きたいとでも思ったのかもしれない。

しかし、アリシアはその質問を聞いて鼻を鳴らして一蹴した。


アリシア「あン?ンなもん言うわけねえだろうが!ボケ!!秘密だ!秘密!!さっさと食って出てけ!バカが!!」


彼女はそう言ってその兵にさっさと飯を食わせて追い出した。


―昼時を終えたその後、


アチャフ「アリシアちゃん、…何か言いたいことはあるかな?」


眉間に青筋を立てたこの要塞のアリシア担当の兵、アチャフがアリシアに向かって質問する。

その時、アリシアは昼時のような威勢はなく、

その目は必死でアチャフから目をそらそうとし、涙目である。


アリシア「な…っ…何のこと…でしょう…か…?」


その声は震え、自信がなく弱々しく、最後の部分は小さくなって声がかすれた。

そんなアリシアにアチャフは容赦しない


アチャフ「今日の昼に出した豚肉、あれどこで仕入れたのかな?あとできれば 油についても説明が欲しいな」


アリシアは目をぐるぐるさせながら どうにかしてその場をかいくぐろうと口を開いた


アリシア「あっ、…あわわっ……えっと…っ…今日の朝の…市場で…っ…買い…ましたっ」


アチャフ「うん、嘘だね

君の出した領収書の中に『豚肉と動物油』はなかったよ」


アチャフはアリシアの言葉を間髪容れず訂正した。

アリシアは ヒュッと息を呑む


アチャフ「今朝僕が食堂に来た時、君の姿はなくて、代わりに食堂の入り口の看板の肉切り包丁は消えていたわけだけれど

これはどう説明するのかな?」


穏やかなアチャフのその笑顔には凄まじい圧を感じた。

アリシアはどんどんと顔色が青くなって最後にはそれを通り越して白くなった。

それを見てアチャフは深くため息をついた。


アチャフ「アリシアちゃん、前も言っただろ?もっと自分を大切にしてってさ、…確かに1ヶ月前、君はその圧倒的な力で敵軍の将軍を一人で討ち取ったし、その時の軍の一部を切り崩すほどの力を持っていたわけだけれど…君はまだ16で成人にもなっていないんだからさ

だから……もっと……」


アリシア「……………………………ひぅっ…ひぅっ…」


アチャフ「……。」


真っ白な顔になったアリシアの目はグルグルを通り越して光を失い真っ黒になった。

それは絶望的なほどに悲壮な顔をしていた。

彼女はたまに変な声を出し、さらにどことなく呼吸も浅くなっている。

本当はもっと言いたいがこれ以上の説教はアリシアを追い詰めてしまうと判断したアチャフは説教を諦めたのだった。


しかしその後、1週間に1回は『カツレツ』が食事に出てきて

その度、アチャフがアリシアを問い詰めたのは容易に想像できる話であった。



―――――――――――――――――――――――――…



一方その頃、アストリア王国王都では一人の男が嘆いていた。

王国宰相のヅヴァンである。

彼は王宮食堂の常連客であり『とあるメニュー』をこよなく愛していた。

しかし、彼がその料理を食べることで疲れを癒す、そういう思いで月に1回の楽しみのその『とあるメニュー』を注文すべく口を開いたところ

料理人たちはとても悲しそうな顔で首を横に振ったのだった。


ヅヴァン「…うぉおっ…うぉおおっ!まさかっ…まさかっ『カツレツカレー』を食えなくなるなんて…っそんなのあんまりだぁあ…っ!!」


ヅヴァンは傍から見てもいい年したおじさんではあったが、今の現状が信じられず涙を流し、苦しむようにして床で転がっていた。

それを見ていた使用人たちは彼の普段は見せないその姿にどうしたものかと困った顔でお互いの顔を見合わせている。


―そう2ヶ月前、ここの王宮で料理人として働いていたアリシアは月に一度だけ西方料理の『カツレツ』と南方料理の『カレー』というものを組み合わせて作り出した料理、『カツレツカレー』という創作料理を作っていた。


北方にあるこの王都の王宮料理人は北方料理を得意としてはいるが一応、アリシアの作る他の地方の料理は作ることはできる

しかし、同じ味を…特に『カレー』は作ることはできない

これに関してはおそらく、アリシアが持っている独自のスパイスと本当にごく少量ではあったが『帝王蜂の蜜石』を使っていたからであろう、

本当は料理人の彼らはアリシアからそのスパイスやそれ以外の材料などの調合比率などを聞くつもりではあったのだが、あまりにも王太子の追放までの行動が早かったこともあり、聞くことができなかったのであった。

これも全て使用人、シュミエラのせいである

…ただ、そんなシュミエラもアリシアがいなくなってからはどこかぼーっとしている状態が続いてしまい、とうとうここ最近では姿を誰も見ていないとのことだった。


本当はヅヴァンはアリシアを連れ戻すもしくは囲いたい気持ちはあったがなにせ追放という判断を下した王太子 は自分よりも立場が上なのだ。

アリシアの追放がすぐのことであればどうにか 止められたかもしれないが 気づいた時にはすでに2ヶ月も経っていたとなれば正直、かなり厳しいところがあった。

それだけ『王族の決定』は重いのだ

だからこそ彼は苦悩していた。

自身が料理が食べられないのも辛い

しかし、『それ以上』に彼は苦悩していた


ヅヴァン「あぁ!…このことを『食堂愛好会』の『会長』が知ったなら絶望してしまう!!

…それだけは!…それだけは何としてでも止めなければ!!」


そう言うと宰相ヅヴァンは立ち上がり宰相部屋から走り出そうとしたが、業務が溜まっていたため慌てて使用人たちは彼を抑えるのであった。


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