第十三章『土被り』
カルヴァル「ふむ、そう動くか」
全身は土埃にまみれて薄汚れ身体には内側にインナーを着用し、
その上から革製の鎧を着ている、
そしてだらりと妙に長く見える腕に真鍮の篭手と、
右肩には真鍮の肩当てを付け、頭にはやけに大きく目立つ青い羽のついた真鍮の西洋兜を被り常に面頬を下ろしてその素顔を隠した、
全体的に古く使い古された装備で大変みすぼらしい姿の男、鉄級冒険者カルヴァルはそう言った。
目の前には離れた先にある陥落町ブルートニクの町があり、
その町の中を『英雄』が進路方向に沿って町を破壊しながら、街路の石畳や建物の破片を混ぜた煙柱をまるで杭を打つように次々と突き立てながら『獣の砦』へと進んでいる。
―その光景を他の冒険者たちと共に見ていた。
ヴァルトス「…こいつぁ…ぶったまげたなぁ…」
そこにカルヴァルの先輩でもある黒金級冒険者である『戦斧使いのヴァルトス』が口を開いた。
その顔は呆然とした顔というわけではなく、その姿は見えないが建物などの障害物を破壊しながら進む『英雄』の圧倒的な戦闘技術を自身のものにできないかとその目を輝かせながら見ていた。
カルヴァルはその先輩を見てから他の呆然とした冒険者たちの顔も見る
何人かは同じ顔をしていたが、その大半は先輩のヴァルトスたちと違い他の彼らの思考はどこか止まっており、あまりに自分たちとの差がありすぎてその光景に自分たちには全く関係ない。
―そんな顔をしていた。
カルヴァル「…ふむ、」
冒険者たちのその傍観的姿勢を見たのちに、少し思考してからカルヴァルは外側から見た限りでは分からない程度に頷いた。
カルヴァル「ヴァルトス先輩、ここは我々も動くというのはどうだろう?」
カルヴァルはヴァルトスにそのしゃがれの一つもないとても綺麗な冷静かつどこか深い湖の波を一切、立てない水面のような男性の声で話しかけた。
その声は冒険者の一団全員に響くものではなかったが先輩であるヴァルトスの耳には確実に届いた。
ヴァルトス「…お前、まじか?」
カルヴァル「うん、まじだね。
ここで、ただ指を咥えて見ているのも冒険者としてどうかなって思ったのだけど
『先輩』はどう思う?」
そうカルヴァルが問うとヴァルトスは腕を組み唸り声を上げる。
…そして
ヴァルトス「はぁ、…わかった、わかったよ
確かにおめえの言う通り、ここで何も動かねえのは冒険者の名折れだな!」
そう言うと傍観している他の冒険者たちにヴァルトスは声を張り上げる
ヴァルトス「お前ら!俺たちも動くぞ!!俺たちは冒険者だ!
誰よりも自由を愛し、誰よりも 戦いを求め、そして誰よりも 冒険を求めたもんだ!ここで『英雄』様を助けろとは言わねえ!!ただ俺たちの、『冒険者』としての矜持を騎士団と軍に見せてやれ!!それでこそ俺たちは『冒険者』なんだからな!!」
黒金級冒険者である『戦斧使いのヴァルトス』が愛用している斧を振り上げそう大きな声で焚きつけ冒険者たちは最初こそ戸惑ったが、その中の1人が拳を上げてヴァルトスに咆哮で返事をすると他の者たちもそれもそうかと同じく
拳を掲げ声を出す。
そして、その熱はまたたく間に全ての冒険者達に広がった。
ヴァルトス「よっしゃぁあ!!んじゃ行くぞぉお!!」
―「うぉおおおおぉおお!!」
咆哮とともに冒険者達は『英雄』によって混乱した陥落町、ブルートニクに向かって走り出した。
町の中には『獣人』の兵がいる
その中の一人、犬の『獣人』の兵が突如乱入してきた冒険者に目を丸くし、『英雄』の影響で混乱状態であり対応が遅れた為に本来の強力な戦闘能力を活かすことができず、振り下ろされたヴァルトスの戦斧は見事にその頭をかち割った。
その状況を見た『獣人』たちがさらに混乱し立て直すことができず対応が遅れ、ありとあらゆる敵を跳ね除けてきた世界の脅威とすらいわれた『獣人』達が冒険者たちの持つただの鉄でできた剣や槍によって次々に倒されていくその光景は目を疑うものだった。
そんな活躍劇の中、一人の人物がその冒険者の集団から離れようとしていた。
鉄級冒険者のカルヴァルだ。
彼は腰につけたポーチを手で触り、目で見て確認し、非常に慎重に慎重に確かめ、忍び足で慎重にかつ目立たぬよう一歩足を踏み出す。
それはあまりに気配を隠すのがうまく、意識をしていたとしても普通の人では気づけないほどに目立たないものだった。
―「どこに行くんだ?カルヴァル?」
しかしそこに一人、彼に気づき話しかける人物がいた。
黒金級冒険者ヴァルトスである。
彼はその真鍮製の鎧の面頬の奥にある見えない顔を覗き込むようにしてカルヴァルを見る。
カルヴァルはそんなヴァルトスを猫背の低い視点のままで見て観念したように肩をすくめた。
カルヴァル「いやはや、やはり『先輩』の目は欺くことはできないね」
ヴァルトス「…まぁな、オメェが冒険者として来てまだ短い期間だが今までの行動を見てりゃ、だいたい予想つくわ」
そう言うとヴァルトスもカルヴァルと同じく肩をすくめ、そのまま彼の隣を通り過ぎて歩き出す。
ヴァルトス「『英雄』様のとこ行くんだろ?俺もついてってやるぜ?」
カルヴァルに振り返ったヴァルトスはニヤリと笑う
カルヴァル「…やれやれ、『先輩』には僕の泥臭い戦いは見せたくなかったんだけどね」
ヴァルトス「依頼 達成率100%の新人の冒険者が何言ってやがる。
いいか?カルヴァル、冒険者ってのは華やかさも大事かもしんねぇが1番は『いかに生き残るか』なんだぜ?」
ヴァルトスはそう言うと影から飛び出してきた馬の『獣人』の胴体にその戦斧を叩き込んだ。
馬の『獣人』が痛みで一瞬ではあったが止まった瞬間に胴体から引き抜いた戦斧を迷わずその首に向かって振るい、その戦斧で一瞬、屈んだことで曲がり首の関節が伸びたその首を叩き落とした。
ヴァルトス「それに、お前その見た目でどう動くんだよ?
土やら何やらでくすんじゃあいるがよ、その真鍮鎧の色と頭につけたでけえ青い羽がめっちゃ目立つぞ」
カルヴァル「ふふふっ…『先輩』、
これは案外気づかれないものだよ
それにもし気づかれたとしてもこの見た目だと結構隙が作りやすいんだ」
ヴァルトスが指摘するとカルヴァルは自身の鎧を撫でながら答え
腰のポーチを開けてそこから黒い玉を出すと後ろに向かってそれを見ずに投げる。
その背後の投げた先でカルヴァルに奇襲しようとしていた犬の『獣人』の顔面で黒い玉の『それ』は炸裂し黄色い煙を出した。
その瞬間、犬の『獣人』が顔を抑え悶え苦しみだした。
その隙を、カルヴァルは見逃さない。
振り向きざま、その動きには一切の迷いも、あるいは高揚すらもなかった。
穏やかな声のまま、呼吸一つ乱さず、背中に背負っていた片手剣を持ち、それを振る。
標準的などこにでもある形状の剣であり、重みのある真鍮の刃だ。
その一撃は驚くほど正確なもので相手の喉奥へと吸い込まれるようにして突き立てて、絶命させた。
ヴァルトス「……ゲホッ! 辛子粉か!!」
漂った黄色い煙を吸い込み、慌てて鼻と口を布で塞ぐヴァルトス。
その横で、カルヴァルはまるでお茶の加減でも尋ねるような平然とした調子で、面頬の奥から声をかけた。
カルヴァル「……『先輩』、大丈夫かい?」
ヴァルトスの顔は赤くなり、目は涙で潤んでいる。
その様子を眺めながら、カルヴァルは足を止めることなく、歩きながら片手剣の柄を音を立てずに拳で叩くことで切っ先から飛び散った血の飛沫が町の石畳を汚す。
真鍮の刃に残った僅かな赤を、彼は自分の太ももの革当てで無造作に拭い去ると再び背中に背負い自身の鎧を指先で軽く撫で、独り言のようになめらかにヴァルトスの返事を待たずに言葉を継いだ。
カルヴァル「いくつかやったことのある異なるクエストの中に野犬の駆除があったんだけど。
木札の頃に覚えた薬草の中に『黄激南蛮』という辛子があってね、それを使って道具を作ってみたんだ。
いつか使えるかなと思って用意していたんだけど……」
淡々と語られるその声には、敵を殺した直後の緊張感も、手柄を自慢する気負いもない。
ヴァルトス「…お前ってやつは……」
涙目のままそのあまりにマイペースで「食えない」後輩の横顔
(真鍮の面頬だが)を睨みつけるのが精一杯だった。




