第十一章『獣の砦と料理人』
あれから作戦会議はアチャフの言葉とアリシアの出したお茶と、要塞ポグレムにて作り置きしてきていた彼女の茶菓子のおかげで、張り詰めていた場の空気が緩み進めることができた。
先程までの精神的にも追い詰められた状況から、立案された無謀と言ってもいい作戦の数々は落ち着きを取り戻した騎士団長と将軍たちによって修正されかなり減り一段落ついたようにも感じられる
…しかし、そんな中で自信に満ち溢れ会議の合間合間に意見を騎士団長や将軍たちに口に出すアチャフは表面上こそ変わることは無くともその内心は酷く焦っていた。
アチャフ(困ったなぁ…)
なんてことはない、全ての作戦は『英雄』のアチャフが成功する前提で組まれていたのだ。
しかし、アチャフにはそんな力などは無い
要塞ポグレムの『英雄代理』でしかなく
『本物の英雄』ではない、
彼は優秀ではあったが結局、
ただの『補給将校』でしかなかったのだった。
そして、この事を知っているのは
この場でアチャフのみである
アチャフ「…そういえば、アリシアちゃん遅いな……」
そんな『本物の英雄』である『料理人』、アリシア・ヴァンシィはといえば会議に目を回し「ひぇ…っ」とか「あぅ…あぅ…」と、しか言えなくなっていたので気を利かせて彼女に『軽い軽食』を頼んだのだった。
…そう、『軽い軽食』である
あと数刻もすれば昼だったからこの拠点に運ばれているはずの簡易食料で作る『軽い軽食』である。
…それこそ下手すれば皿に盛るだけで完成するものである
だからこそ帰ってこないのがおかしいとアチャフは感じ席を立った。
全員がアチャフを見る
アチャフ「…皆様、誠に恐縮ながら、
些少な私用により、しばしこの場を辞させていただきます。
閣下方をお待たせするほどの内容ではございませぬゆえ、速やかに片を付け、再び参じたく存じます。
それでは、失礼いたします。」
アチャフは騎士団長たちと将軍たちが何か言葉を発する前に早口でまくし立てるようにして言葉を重ねると急いで出て行った。
その足はやや早歩きであり、テントから出て人目がなくなった瞬間に彼の額には大粒の冷や汗がにじみ出ている
彼の背中にひしひしと張り詰めた緊張感を感じ首元はじりじりと感じる、そしてぞわぞわとした悪寒、
これらはアリシアが来てからの要塞ポグレムでは日常的に感じるものになっていた。
胃が痛い
探し回ること約寸刻、アチャフはアリシアを無事に見つけることができた。
しかし、そんな彼女の顔は曇っている
アチャフ「アリシアちゃん!」
アリシア「あ、…アチャフさん」
彼が声をかけるとアリシアはその顔を見て安心したような顔をする
そんな彼女がまだ『料理人』になっていなかったことに安堵するアチャフ、
…理由は違えどお互い安堵していた。
アチャフ「…どうしたの?
全く帰ってこないから心配したよ」
そうアチャフが言うとアリシアは少し考え込んでから困り顔で言う
アリシア「えっと、ここの騎士さんと兵士さんに簡易食料について聞いたら、
…その…『まだ届いてない』…みたいなんです」
アチャフ「ーーぅっっ」
アチャフは目尻を抑え上を向いた。
…なぜ届いていないのか?
ここの拠点が作られたのは最近ではあるが、
資材とともに十分な量が来ているはずである、
それなのに『ない』とはなぜ…?
彼が疑問を反芻しているとアリシアがその答えを話し始めた。
アリシア「えっ…と、みんな言ってたのですが…その…『空から』爆弾が落ちてきて食料庫のテントを破壊した…らしいです」
アチャフ「…ふぅぅぅぅぅっっ!!」
アチャフは目尻と胃のあたりを抑えた。
アリシア曰く明日までには届くらしいが、
今は水だけで『食料がない』らしい、
もしかしたら、さっきの会議が険悪だったのは『それ』が原因だったのかもしれない
アチャフがこれからどうするか考えていると
ふと、アリシアは拠点から離れたところにある『獣の砦』を見た
そして、口を開いた。
アリシア「アチャフさん、『あそこ』には
どんな『獣人』がいるんですか?」
アチャフ「…ああ、あそこは基本『犬の獣人』が大半で一部『馬の獣人』もいるみたいだね、
あと部分的に『鳥の獣人』が空から『爆陣薬』を……」
アチャフは眉間をもみながら、
説明しかけて止まる
…なぜ今、彼女は『獣人』について聞いた?
しかも『種類について』だ。
それはまるで、
アチャフ「…アリシアちゃん?」
アリシア「なるほどね、ならそれで献立考えるか」
アリシアはそう言うと唐突にどこからか、いつもの『ポグレム兵舎食堂』と印字された彼女の背丈と同じ巨大な肉切り包丁を取り出した。
そして、その彼女の色褪せた赤い瞳はらんらんと光り、自信に満ち獰猛に笑っていた。
アチャフ「待って…!ちょっと待って!!」
歩き出そうとしたアリシアをアチャフは慌てて止めようとする、
するとアリシアは眉間に皺をよせ怪訝な顔をする、その顔は普段の彼女なら絶対にしない。
アリシア「あぁ?、ンだよ?
いつもの真面目くせぇ説教でも垂れンのか?あァっ!?
お前、うぜぇンだよ!こっちは忙しいンだからさっさと終わらせろや!ボケが!」
アリシアは巨大な肉切り包丁を軽々と肩に担ぎ、アチャフに詰め寄りながら口汚く罵る
そのほとばしる強い殺気が正面きって直にアチャフに突き刺さった。
…そのあまりにも強い殺気で自身の首が落ちる幻視すらするほどのものである。
アチャフは血の気が引き、意識が遠のきかけたがなんとか踏ん張る
アチャフ「待つ…んだ…!アリシアちゃん…!
…今ここで、…暴れたら…っ
『二度と』料理が……できなくなるんだよっ…
…それでも行くの…かい…っ?」
アチャフの言葉でアリシアが止まった
それを見て息が絶え絶えのアチャフはたたみ掛ける
アチャフ「前も…言っただろ…っ
君は…『料理…人』であって…
『兵』じゃないっ!!
人目の多いここで、君が暴れれば君は…
『料理人』…じゃいられなくなる…っ
……だから『待つ』ん…だ!
僕が…『場』を、…用意するから…っ!!」
アリシア「………はぁ~っ」
アチャフの言葉にアリシアは顎に手を当て少し考えてから深くため息をつきながらしゃがみ込んだ
アチャフは彼女がこんな獣のように凶暴化して話が通じなくなっても話を聞いてくれると…
心の底から安心した
そう、安心した
安心してしまった
信じてしまった
なぜ彼女がしゃがみ込んだのか
その時、もう少し注視していればと、後にアチャフは思う
アリシアは立ち上がるとその手には『複数の小石』を持っていた。
そして彼女はその小さな足を軸とし、右足にすべての体重を乗せ、静かに胸を張る
そこから左足がまるで獲物を狙う狩人のように静かに、しかし力強く前方へ踏み出される。
アチャフ「……っ!?」
踏み込んだ左足が地面に触れると同時に、体幹が急激にひねられる。
先ほどまで隠されていた右肩が、まるで弓がしなるように遅れて前方へ飛び出した。
肩甲骨が背中側で最大に引き絞られ、腕はしなやかな鞭と化す。
その全身の連動が生み出したエネルギーが、肩、肘、そして手首へと伝わり、爆発的な加速を見せる。
アチャフ「アリシアちゃん!待っ……」
アチャフは彼女の腰にしがみついて止めようとしたがその行動は虚しく最後には、彼女の指先が小石の側面を強く弾き、腕の回転が外から内へと切り替わる瞬間、その『複数の小石』は目にも止まらぬ速さで空気を切り裂いていった。
その時の速度はかなりのもので空気が圧縮され、ばちんっという弾けるような音が鳴る。
そして―、
『獣の砦』の複数の箇所からぱぱぱんっという何かが弾ける音が鳴りその砦から土煙があがった。
その光景にアチャフは顔を青ざめさせ
アリシアは鼻を鳴らした
アリシア「やっぱ投擲はダメだなァ、当たったやつ全部『粉々』になっちまった
あれじゃア料理には使えねぇなァ」
そう言ってアリシアは手についた土を手ではたき落とす
アチャフ「アリシアちゃん!!」
そこでアチャフはアリシアに非難を混ぜた声色で怒鳴る
アリシアはその声に対して、非常にうるさそうな顔で両耳を人差し指で塞いだ
アリシア「…うっせえな、お前、もう少し静かにできねぇのかよ?」
アチャフ「それはこっちのセリフだよ!!
なんなんだよ!?君は!?
話を聞かない獣が何かかい!?
なんでなんだよ!?ちょっっと待ってって、言っただろ!?
僕はいつもいつも、料理をするなって言っているんじゃない!!
『ちょっと待って』とか、『やるなら相談して』って、言ってるだけなんだよ!!」
アリシア「…チッ、わーったよ」
アチャフの叫びにアリシアはうんざりしながら聞き流し再び肉切り包丁を手に取る
そして地面を2回、踏み鳴らした。
その2回の地響きが鳴ると影から
要塞ポグレムからついてきた兵士たちが重そうに『あるもの』を持ってくる、
―それは、『獣人』の将軍フォグレギビーの禍々しい赤鋼の巨大な両刃斧だった。
アチャフ「…お前ら」
その姿を見た瞬間、アチャフは頭を抱え
兵士たちは申し訳なさそうにしながらも笑っている
―「…へへっ悪いなアチャフ、俺達アリシア姐さんの料理が食えると聞いたらもう言うこと聞くしかねぇからよ」
―「すまねぇ、すまねぇなァアチャフ………へへっ」
そう言いながら巨大斧をアリシアに渡す
それは将軍、もしくは王に剣を献上するかのような光景である
アリシアは右手に巨大肉切り包丁を持ち更に、大の男数人で、やっと運べるその赤鋼の巨大斧を左手で掴むと軽々と肩に乗せ右手の肉切り包丁を指揮棒のように振りながら要塞ポグレムの兵士達に指示を始める
アリシア「いいか!お前ら!!、騎士と他の兵士共に『獣人』共から攻撃を受けたって伝えろ!!
場合によっちゃどこか被害のないところにでも破壊工作でもしとけ!
上手くいったヤツは1ヶ月は料理大盛りにしておいてやる!」
―「はっ!必ず我々ポグレムの兵がその任務を遂行いたします!!
それでアリシア姐さんとアチャフ補給将校はどうするので?」
アリシア「あたしはコイツを連れて『食材』取ってくる」
それを聞いてアチャフが『は?』という顔をし、アリシアはそんなアチャフに『にんまり』と笑顔を向ける
アリシア「なんせ、戦場には『英雄様』が必要だっていうからなァ」
先程まで騎士団長達や将軍達と話した作戦会議が走馬灯のように頭の中を流れ、
その会議の意味を失い、音を立てて崩壊したことと、これからやってくるであろう後始末をどう言い訳し、処理するのかという頭が大層痛くなるようなことを考え、
この時、はじめてアチャフの瞳から光が消えたのだった。




