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第3話

 『手首を固定して筆を走らせろ。力を一定にして肘を引いて動かせ』

 不機嫌な声音で父さんは言った。

 

 薄暗い部屋。淡く光る魔導ランタンの下で、薄い青の筆先が金属の肌を撫でる。

 かすれた音を奏でながら魔法陣を描く父さんの太い腕が、プログラムされた機械のように動いた。

 邪魔にならないように背中から覗く私は、煌めくインクの軌跡を、目に焼き付けるように追い続けていた。

 

 すべての線が引き終わる頃には、始点のインクの艶は引き、魔石の粒子がキラキラと光る。

 

 父さんの顔、思い出せないな。

 

 夢の中の私が呟けば、ぱっちりと目が開いた。

 父さんが死んで6年の時を過ぎた記憶はノイズだらけだった。

 白い靄がかかるように輪郭が溶けている頭の中の父さんの顔は思い出せなかった。

  

 ミュウの隣から這い出して、朝のルーティーンを手早く済ませる。

 それから年季の入った魔導ランタンを手に取った。

 

 細かい擦り傷に外装は少し凹んでいて、使用感がありありと残っているランタン。

 歪な形の留め具を外して中身を露出すると、古びた魔導インクの香りが鼻につく。

 中には見覚えのある回路が書かれいる。経年劣化で煤けた色に変色して以前の輝きは無いに等しい。


 埃が薄っらと乗る表面は薄汚れている。魔導インクの定着を良くするために綺麗な布で拭うと、治具にガッチリと挟み込んでランタンを見据えた。

 

 昨日の夜にミュウと話し合った結果『とりあえずやってみよう』という、身も蓋も無い着地になった。しかし、私を動かすには十分過ぎるほどの言葉でもある。

 

 妹の安易な号令に流されている自分を客観的に捉えつつ、邪魔者から妹を守るという口実の名の下に、『一緒に居られる』といった大義名分を得れたことを素直に嬉しいと思ったりもしている。

 

 全く合理的ではない帰結にどうやら妹に毒されている気がしてならない。

 一番面倒なのは権力だろうな……。

 コレばかりは避けられない――やはり全員処理してしまったほうが早いか?


 少し短気過ぎると頭を振った。

 余計なトラブルを持ち込む必要はない。

 うんうんと頷いて、私は迷いなく筆を取った。


 魔石の代わりになるメッシュアンテナとブリッジ整流回路を書き込んで、止まっていた息を一旦吐き出した。

 手書き制作の回路は書き損じた瞬間に、母材までゴミになってしまう代物。

 直接書き込む方式より、基盤を分離させたほうが良いのは百も承知だ。

 しかし、お金の都合上、今はあるもので対処するしかない。

 決して失敗は許されない一発勝負の作業。

 私はゆっくりと息を吐いて、体内にある魔力を筆に流し込むと、慎重に作業を進めていく。


 回路作成が滞り無く進むと、外装の内側は蜘蛛の巣が張ったような見た目になった。

 メッシュアンテナの回路は制作できた。

 後はアンテナに繋がるように4本の魔力整流用《ブリッジ整流回路》の回路をつなげれば山場は終わったも同然だ。

 

「ふぅ……」


 力む手首を振って緊張を解す。

 残す工程はキャパシタの取り付けだけになった。

 魔力の安定化を担う、空魔石の欠片をピンセットで掴み上げて、たっぷりと塗り込んだインクの凹みに嵌める。乾燥させてしっかり固定されれば完成だ。


 改造を終えた後、回路のひび割れや施工不良を目視で確認していく。

 問題は無いな……。

 インクも全て乾いている。後は試験運転を兼ねた起動を行うだけだ。

 私はようやくスイッチに指を置いて、起動用の魔力を流した。 


 中の回路に青白い燐光が走ると、ランタンの内側に浮かび始める。

 メッシュアンテナの網目模様が空気中の魔力を引き付けて、確かに聞こえるジリジリとした音が外装を震わせて指先に伝わった。


 やがて円筒のガラスに塞がれた狭い空間に灯りの種が浮遊し、じわりとした暖かい光が灯った。


「成功だ」


 眼の前にある魔石無しで動くランタン。

 私と妹の明るい未来を照らす柔らかな光が小さく波打っている。 

 

「やったね。お姉ちゃん」

「ありがとう。やっぱり私達の理論は正しかったようだね」 


 背後から聞こえた声に返事を返す。

 

「これで私達お金持ちだね。まだ売れてないけど」

「間違いなく売れるさ。それこそ私達の手に負えないほどにね」

「……ねぇ、私、新しい家が欲しいな。それも庭がついてて、個室があって、お風呂もある家!」

「はは。もっと大きな買い物をしても良いんだよ?」

「ん……例えば?」

「例えば領土とかでも良いんじゃないかな? 国でもいいよ」

「いかにもお姉ちゃんらしいね。でも、そこまでは要らないんじゃない? 管理とかすっごい面倒臭そうじゃん」


 全てを手に入れられる道具は目の前にある。

 これは序章に過ぎない。


「ミュウ……。これから大変な事が待っているよ。私はこの回路をさらに発展させて頭脳を作るつもりだ」

「何言ってるか全然わかんない」

「これは道路さ。その中に家があって……言うなれば集落みたいなものだね。それをどんどん大きくしていくと、村になり、町になる」

「それで?」

「うん。今はこの大きさだけど、いずれ爪の先ぐらいに小さくするんだ。何千もの建物を用意して、道路を走らせる。まるで国みたいに脈動する回路の集積化……その時、ようやくミュウの計算の能力が必要になってくる」

「じゃあ、頑張らないとね」


 ニッコリ笑うミュウに私もつられて笑顔を作る。

 きっと意味も分かっていないだろうけど、それでもいい。

 これから忙しくなるな。

 使える素材の調達に実験器具の制作。

 いずれ必要になるレンズについても調べておく必要がある。

 

 冒険者ギルドを頼ろう。

 面倒な作業は全て外注すれば問題ない。

 それよりもまずは販路の形成に力を入れる方が先だろう。

 

 私は出来たばかりのランタンを持って、道具屋に向かうことにした。

  

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