第2話
覗いたくださりありがとうございます。
日が落ちて冷たい空気が肌にぶつかる。
実験の『成功』によって、壁が無くなった部分を急ピッチで修復していく。ギルドの薬草買取と買い出しを終えてからの作業に、気付けば空はすっかり暗い色に変わっていた。
吹き飛んだ板を適当に打ち付けて、キリの良いところで作業をストップする。小屋の中を盗み見られる心配が無くなっただけでもマシだ。散らかった小屋の中も箒で掃くと、座れるぐらいには綺麗になった。
「お腹すいたね~」
「今日は魔物肉が安くてね、奮発して買ってしまったんだ。ガリック焼きにでもしようか」
「やった~! じゃあミュウはその間にもっと綺麗にしておくよ」
ミュウの申し出にお礼を返すと私は竈に火を入れた。
フライパンを熱して、油を回し入れて、適度にスライスした魔物肉を並べる。油に浮いたガリックから食欲をそそる匂いが広がっていく。
あの機構をどうやって金に換えようか?
実験で問題なく動くと分かった外部魔力吸引回路。
何十にもなる線を走らせて構築された吸引システムは、まるで私達を絡め取る蜘蛛の巣のようだった。
魔道具のブレイクスルーと言っても過言ではない革新的技術。
それを何の考えもなく公開できるほど、この世界は甘くない。必ず真似するものが現れるだろうし、私達を取り込もうとする勢力も現れるだろう。
それに……軍事に転用する動きが必ず出てくる。
既存の魔道具職人たちは、いずれ私の下請けに成り下がるだろう。
そして、あぶれた人間が世界に溢れ、困窮する者が出始める。そうなれば、国のトップ――王族が権力を振りかざすのは明らかだ。
身分制度が根強いこの国では、それが最大の障壁になるだろう。
「あっ……」
焼いている肉を返すと熱い油が腕に飛んだ。
なぜだか、その肌を焼く痛みが『責任を負え』と言っているような気分になる。茶色く濁った油を指で拭い取ると、肌に赤い点が浮かんでいた。
「いい匂いだね」
「もうすぐ焼き上がるから皿をお願いしてもいいかな?」
「分かった!」
焼き上がった肉を皿に盛り付けて渡すと、ミュウは流しの縁に座るように腰を据える。そして、肉にフォークを刺すとかぶり付いた。
満足そうに頬を動かしながら、如何に美味しいかを何度も解説してくれるミュウに、私の考え事を打ち明けてみることにした。
「え、良いんじゃない?」
「おや? 意外とドライなんだね。これは予想外だ」
「ドライというか……その為に毎日頑張ってるんじゃないの? お金をいっぱい稼げるのはいいことでしょ?」
まるで気にすることもなく、ミュウはキョトンとした顔で不思議そうに首を傾げている。
「だが、もし発表してしまえば、必ずトラブルが舞い込むようになる。そんな生活は気が滅入ると思わないかい?」
「確かに嫌だなぁ……。でもでも、それならちゃんと対策すればいいんじゃない?」
咀嚼音とともに返ってきたあまりに純粋な言葉に、私の思考の歯車が一瞬空回りした。
「……今まで魔石から、もしくは体内にある魔力でしか起動しないのが魔法陣の普通だったんだ。それを魔石無しで、自動で空間にある魔力を無限に集めて動くと分かれば、既存の魔道具は高コストの塊になってしまう。それに――」
兵器の転用が容易なんだ。
私がそう言うと、ミュウは目を上に泳がせて考える素振りを見せる。うんうんと唸り、やがて答えを見つけたのか力強い口調で言った。
「それって私達が考えないといけないことなの?」
「え? 」
「だってそうでしょ? 良いものを作って売ったからって、なんでお姉ちゃんと私がそこまで考えないといけないの?」
ミュウの言葉に私は思考が止まった。
私の考えは間違っていた? でも、このままだと私達は誰かしらによって雁字搦めにされてしまうじゃないか。
そんな人生で良いのか?
自由がなくなって良いのか?
「私はお姉ちゃんとお金持ちになって、いっぱい贅沢して、いっぱい研究して、いっぱい、いーーーぱい、良いものを作れたらそれで幸せだよ? 変なのが来たら……その時は二人で逃げれば良いじゃん」
……そうか。
逃げればいいのか。
捕まらないほどの速度で、追いつけないほどの高みへ、私たちはただ進み続ければいい。
「……ふっ、あははは! その通りだよミュウ。私はいつの間にか、自分を過信しすぎていたみたいだ」
私は最後の一切れの肉を口に放り込み、ガリックの刺激と共にその決意を飲み込んだ。 どうなろうと知ったことじゃない。私は、ただ私たちが望む未来に向かって突き進めば良いだけだ。
「決まりだね。明日からは『蜘蛛の巣』を卒業するわよ。誰も中身を覗けない、誰も真似できない――世界を置き去りにするほど小さな魔法の心臓を作るわ」
そうだ。
それに……私がミュウを守ればいい。
誰が来ても問題ないように、世界を管理してやればいいんだ。
私達の邪魔をするなら排除する、ただそれだけでいいんだ。
「さすが私の妹だ。私に勝てるのはミュウだけだな」
「ふふん! そうでしょそうでしょ?」
ミュウが笑うと私も自然と笑みが溢れた。
前世のように壊してしまわないよう、慎重に――この笑顔を守ると私は心に誓うのであった。
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