15
フーイの亡骸に黙祷を捧げ、部屋を後にしたアバはその足で庭園へと向かう。
王宮のよく手入れされた庭園のこの一角はアバのお気に入りで、暇がある時はノーアと共によくそこで散歩をしたものだ。
王宮の中がやけに慌ただしい。
何かを叫ぶ声と人々が走り回る喧騒を無視して足を進めると、やがて鳥の鳴き声しか聞こえなくなった。
いつもの場所にあるベンチに腰掛ける。
「思えば、貴方とは随分と長い時を過ごしてきたのう」
〔……そうだな、俺と契約させてせいで君には随分と苦労をかけた〕
「ほっほ、いやいや、お陰で冥土の土産には事欠かない貴重な体験ができましたわい」
穏やかに笑うアバだったが。
「がほっ」
「アバ!?」
なんの脈絡も無く、突如その時はきた。
突然血を吐いたアバにノーアは動揺するが、それがいつか見たアバの最後だと理解する。
そしてそれが長い時を生きてきたアバの待ち望んだ死であることも。
「ほっほ、遂に、か」
〔アバ……〕
穏やかな笑みを浮かべ、アバはそのまま事切れた。
契約者が死んだ事によりこの世界へと繋ぎ留めていた楔が外れ、帰還のためにノーアの姿が薄れ始める。
誰も知る由もないのだが、アリアの風化した身体から生まれた砂は彼女の激しい憎しみを媒体として純度の高い特殊な毒へと変化していた。
自然や動物には一切の影響のないそれは、レインを除いた精霊眼を発現させる程の魔力を保有する者とレインと血縁関係にある者だけにその威力を発揮する。
その毒は決してレインには効かない、何故ならアリアのお陰で死ぬのはレインにとってはこの上ない幸福でしかないからだ。
だから、レインだけは殺さない。
殺すのはこの現状を作った者たちだけだ。
アバが何故レインを止めなかったのか、誰にも明かしていなかったがアバは周囲に申告しているよりもずっと長い間生きてきた、時の精霊ノーアと契約した事によって長い寿命と死ぬ事の出来ない身体を手に入れたアバはずっと死ぬ方法を探していた。
そしてある時、ノーアの能力で自分の将来を見た時に数ある選択の未来の中にこの終わりを知り、それに向けて手を打つ事に決めた。
何故、自分が死ぬのかは分からない。
けれどもこの選択肢を選ぶことでこの死へと繋がる事が出来る。
アリアの死によって何故こうなる未来なのかはアバには分からなかったが、どこでどの選択肢をとればこの結果になるのかだけは分かっていた。
アバの望む未来を得るために、ノーアもそのために何人もの同胞が犠牲になるのを見過ごしてきた。
それがどれ程罪深い事なのか理解していた。
けれども、その罪よりもノーアはアバの望む未来を叶える事を第一とし、アバは自分の死を選んだ。
長い時を過ごした。
共に艱難辛苦を乗り越え、全てを分かち合ってきたアバとノーア。
ノーアは安らかな表情をしているアバの額に一つ、口付けを落としす。
〔おやすみ、アバ〕
程無くしてノーアはこの世界から姿を消した。
✻✻✻
王宮ではアバと同じく突然血を吐き、絶命する者が何人も現れた。
それはこの国の上層部や重鎮で嘗て王族の人間を下賜された事のある者たちであったり、この国の防衛を担っている宮廷精霊術師であったりといずれも重要人物たちで、なんの脈絡もなく血を吐き、絶命するその姿に人々は恐怖に襲われる。
精霊の森へと向かう為に準備していたレインは慌てた様子でやってきた伝令に不機嫌な顔で対応する。
「レイン様!緊急事態が発生しました、至急お戻り下さい!」
「僕は忙しいんだ、一体なんの用なんだい?」
「……国王様が崩御なさいました」
「……それは本当か?」
流石のレインも国王が亡くなった事を無視して精霊の森へと向かう訳にはいかない。
慌てて王宮へと戻り国王の部屋へと向かうがその途中に国の上層部の役員の一人に呼び止められ、今のレインが向かう場所は国王の部屋ではなくこちらの部屋だと会議室へ案内された。
部屋には普段集まる人員の半数にも満たない者しかおらず、その誰もが顔面を蒼白にしている。
その様子にただ事ではない何かを感じたレインはいつもの定位置に腰掛けようとして制止された。
「レイン様、レイン様のお席はそこではなくあちらとなっております」
「……あそこは国王が座る場所だろう。いくら父上が亡くなったと言っても兄上がいらっしゃるんだ、僕が座る場所じゃない」
「その兄上もお亡くなりになられています」
「は……?」
耳を疑った。
自分を謀っているのか、そう問い詰めようとしたレインだったがその者の真剣さに言葉を引っ込める。
「まさか、本当に?」
「はい、そのまさかでございます。国王様、スティーブン様ならびに上層部の方やその他重鎮、また、現在王宮におられる多くの王族の方々が原因不明の病によりお亡くなりになられました。いえ、病かどうかも怪しく、一斉になくなられた事から毒なのではないかと疑われます。一先ず、わたくし共の裁量で毒物の方を調べさせておりますが、結果はまだ出ておりません」
「何故……そんなことに……」
予想だにしていなかった事態に頭を抱えるレインに役員が言葉を続ける。
「レイン様、ご指示を。今現在を持ってこの国は貴方様の物となりました。一刻も早くこの事態の収拾のためにも我らに指示をお下し願います」
その言葉と共に役員たちが一斉にレインの傍で跪く。
何故、こんなことに。
下げられた頭を見下ろし、呆然とするレインの元にアバの死とその他宮廷精霊術師達の死亡が報告されたのはこの直ぐ後だった。
✻✻✻
かつて、何人もの精霊術師を抱え、栄華を誇っていた国があった。
その国には6人もの宮廷精霊術師が所属しており、その内には5人の高位精霊と契約を果たす程優秀な者も居たが、ある時にその者を残して他の精霊術師が死ぬ病が発生した。
国の運営を精霊術師に頼り切っていたこの国は一気にその者以外の精霊術師を失った事により衰退の道を辿る事となる。
いくら5人の精霊と契約をしていようが多勢に無勢、他の国々に攻め入られたかの国はあっさりと陥落する。
今ではその病は呪いとも言われており、ある一人の精霊術師が精霊の怒りを買ったせいで引き起こされたと語られる。
その原因とされる精霊術師が件の5人の高位精霊と契約を果たした者であったが、その精霊術師から不当な理由で鞭打ちされ放逐されると言う扱いを受けた侍女の証言やその後の調査により、かの者の悪魔のような行いの数々が白日の下に晒される事となる。
彼の非人道的な実験によって亡くなった人と精霊の数は数百に上るとも言われており、その所業に人々は言葉を失った。
かの精霊術師は最後には契約していた精霊達に愛想を尽かされて敵国へと捕まり、魔力を供給する装置として生涯を地下で幽閉されて過ごす事となる。
その国は無くなったが、今でもかの精霊術師の手により犠牲となった者達の冥福を祈る石碑は飾られており、毎年鎮魂の儀式が行われている。
その中でもかの精霊術師によってその生涯を狂わされ、引き裂かれた恋人達『アリア』と『ヴァン』の話は今でも悲恋として語り継がれている。




