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「そんなに……そこまでして……そんなに僕から逃げたかったのですか……?」
呆然と、最後に何も刻む事ができなかったアリアだった砂山を見つめる。
こうなる前にもっとアリアの身体に注意していれば彼女を永遠に失うのを防げたかもしれない、そう考えた所でハタッとレインは思い至る。
ツッチーにアリアの身体を見せて時に性別やらは自分の目で確かめろ、アリアの身体は問題ないと言っていなかったか?
「ツッチー!」
〔……なんだ、ご主人〕
「お前……お前僕を裏切ったな!僕に嘘を吐いたでしょう?!」
怒り狂いながら召喚したツッチーにそう言うレインに彼は至極冷静に返答する。
〔いや、俺は嘘は言っていない。最初に俺が見た時には確かに彼女の腹の中には赤子が宿っていた。そしてその後の彼女の身体に関しては俺は彼女が健康かは聞かれていなかった。ただ、問題があるかどうか聞かれなかったからな、彼女の身体は問題なく順調に変化していた。だから『問題は無い』そう答えただけだ〕
「屁理屈をっ!」
鬼の様な形相でツッチーを睨むが、当の本人はどこ吹く風と言った風体だ。
臍を噛むが全てはもう終わった後の話だ。
窓から強く風が吹いた。
それは床に砂山となったアリアの肉体を巻き上げると窓から出ていく。
「ああ!!ツッチー、風を止めて!」
〔残念だが、俺は風の精霊じゃないからそれは不可能だ〕
ツッチーの言葉にレインは直ぐに風の精霊に命令してそれらを取り戻そうとしたが、直ぐに自分には風の精霊が居ない事を思いだした。
レインの伸ばした手をすり抜け、窓から外へと出た砂は塵となって空気に消えていく。
息を切らし、部屋へと駆け込んできたアバはレインの様子と部屋の惨状を見て全てを察した。
「レイン様……」
「……!アバ!来たのですね!!ノーアは?!ノーアも居るのでしょう?」
〔……〕
アバの横にノーアが無言で現れる。
「ノーア!!お願いです!!時を戻して下さい!」
アリアが身に纏っていた衣類を握り締め、床に座り込んでいたレインはノーアに懇願する。
ノーアはレインには視線もくれず、部屋を見渡し、アリアが先の宣言通りに亡骸も残さずに逝った事を把握した。
アリアがレインを許し、彼の愛を受け入れた。
いつだか、ノーアは噂を耳にしてレインの不在時にアリアの元へ訪れた事があった。
〔人としてレイン殿下と生きる事にしたのか〕
「ふふっ、面白い事を言うのね、ノーア。貴方がそんな冗談を言う方だなんて知らなかったわ」
全く面白くなさそうに言うアリアにノーアは片眉を上げる。
「私の怒りは決して風化される物ではないわ。この怒りはきっと私の肉体も魂も燃やし尽くして、あの男には欠片も残さないでしょうね」
「そうか」
燃えるようなその強い意志の宿る瞳に彼女のかつての最愛を思い出した。
回想はレインの叫びによって終了する。
「聞いているのですか、ノーア!」
『ああ。聞いているさ』
レインの叫びに駆けつけたリョクがノーアの言葉を植物を使って翻訳する。
『そして、それに対する俺の答えは「断る」これ一択だ』
「っ!!僕の言う事が聞けないと」
『ああ、そうだ』『「時の流れを尊ぶ時の精霊は確定した未来や過去を変えるのを何よりも嫌がる」』『これは昔アバが授業で教えたし、俺も度々言っていただろう』『アリアの消滅、これは確定した過去だ』『これを変える事は何人であっても許される事ではないし』『変える事は俺が許さない』
「……アバの命を懸けてもですか?」
〔それを口にすると言う事は相応の覚悟の上でと捉えて良いんだな?〕
〔ちょっと待ってノーア!!レインは今錯乱していてまともな思考回路をしていないんだ!!今の失言は謝るからその手を止めてよ!!!〕
左手を上へと上げたノーアとレインの間に身を挟んだリョクは必死にノーアを止める。
それを見下ろすノーアの目は冷たく、依然手を下ろす気配はない。
〔どけ、リョク。今までは目を瞑っていたがもうこれ以上は看過できん。ソイツのせいで今までどれ程の同胞が被害に合い、苦しみ、命を落としてきた?〕
〔それは……でも!君だって止めなかったじゃないか!〕
〔ああ、それは否定しない。止めたくても止められない事情がこちらにもあったからな。だが、もうたくさんだ〕
振り降ろされた手から黒い球が飛び出し、レインの元へと飛んでいく。
リョクの身体をすり抜け、呆然とアリアの服を握りしめるレインへと向かったそれを彼は避ける事は出来ず誰もが当たると思ったが、レインと球の間に身を挟ませ代わりにそれを受けた者がいた。
「あ、ああああああああ!!」
〔フーイ?!〕
驚き声を上げたリョク達の目の前で球を受けたフーイの身体に変化が起き始める。
髪が異常な速さで伸び、豊満な胸は萎み、すらりと伸びた手足は縮んでいく。
どんどん、どんどんと縮んでいき、蹲ったフーイはそのまま横へと倒れた。
〔フーイ大丈夫?!ヒッ……〕
「あ、ああ」
駆け寄ったリョクの目にはか細く唸り声を上げる老婆の姿が映った。
あれだけ美しかった姿は見る影も無く、枯れ木の様な皺だらけのその姿に思わず後ずさる。
〔赤子に返したとしてもいずれは同じ道を歩むと思って老いにしたんだが、まさかフーイが身代わりになるとはな〕
〔身代わりになるとはって、ノーアは未来がわかるんだろう?!だったらフーイに当たっちゃう事だって分かってたはずだ!〕
〔いや、俺が分かるのはあくまでも未来で起こる可能性のいくつかにすぎん。フーイが本当に庇うかどうかはフーイ本人にしか分からんさ〕
アリアの服から床へ倒れ込むフーイへとレインは視線を動かす。
「フーイ」
「れ、れいん、さま」
「僕を庇ったのですか、ご苦労様です」
そう言うとレインはフーイへと慈愛に満ちた笑みを贈る。
「あ、ああ……」
倒れたままのフーイはレインへと縋る様に手を伸ばす。
ようやく、ようやくレイン様が私を見てくれた……!!
喜びに瞳を潤ませるフーイにレインは言葉を続ける。
「もう君に用は無いです」
「……え」
フーイの手を避け、レインは立ち上がると歩き出す。
縋る目標を失い宙に彷徨った手はポトリと力尽き床へと落ちる。
〔フーイ!〕
リョクが駆け寄るがその身体は既に呼吸を止めており、冷たくなるだけの頬に静かに涙が伝い落ちるだけだった。
アリアの肉体だった砂を留める事、重要なそれを行う事が出来なかったフーイにレインが何かを思うことはなかった。
それよりも今は消滅してしまったアリアを復活させる方法を探すのが先決だ。
頼みの綱であったノーアは強力する気はないと言い放ったので、自力で時の精霊を見つけ出して時を戻させるしかない。
「リョク、これから精霊の森に向かいます。直ぐに準備を」
〔……それだけ?〕
「え? 他に何かある?」
〔フーイが……!フーイが死んだんだよ?!他でもない君を庇って!君の契約精霊が!!君の為に全てを投げ出して!!なのに……なのになんで、どうしてそんな平然としてられるのさ!!!〕
レインは叫ぶリョクを不思議そうな顔で見る。
そして事も無げにこう言った。
「確かに僕の契約精霊でしたが、それはもう終わった話です。まあ、最後に僕の身代わりになったのは評価しても良いですがアリアの遺体を留めると言う最重要案件の役に立たなかったのですからそれだけで重罪ですよ。そんな使えない精霊の為に何かする程、今の僕は暇じゃない」
〔そんな……そんな言い草……〕
「それよりも、今は時間が無い。一刻も早く精霊の森に行って時の精霊を見つけなくては。行きますよ、リョク」
〔……嫌だ〕
「は?」
〔僕はもうレインの言う事は聞かない!!例え命令されようが罰を与えられようが絶対に君の言う事なんて聞くもんか!!〕
そう叫んだリョクは部屋から姿を消した。
「なんだ、あいつ」
リョクの反応に鼻白むレイン。
まあ来ないのであれば別に良い、そう気を取り直してレインは部屋の出入り口へと足を向ける。
「アバ様、御呼び立てしておいて申し訳ないのですが、火急の用が生じたので失礼します」
「……」
「そこの死体を片付けておけ」
「はっ、はい!」
何事だと部屋の外から様子を伺っていた兵士にフーイの遺体の処理を命令しレインは足早に去っていく。
その背中をアバは無言で見送った。




