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ヤンデレ王子と風の精霊  作者: 東稔 雨紗霧
3st脱出

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13

 砂が零れ出すと共に体が崩れていくアリアにレインは目を見開いた。


 パシッ


 音を立ててアリアの頬にヒビが入る。

 サラサラとまるで砂時計の様に指先から、体の端から崩れていくアリアにレインは目を見開いた。



 「な、なんですかこれは!?」



 驚きのあまりレインの口調が昔に戻る。

 不確定要素を潰すためにアリアを受肉させる前に散々検体を用意して実験を繰り返してきた。

 そして受肉体の安全を確保して、満を持してアリアを受肉させたのだ。

 今まで受肉させた検体達にはこんな症状は現れなかった。

 動揺し思わずアリアの肩を掴んだレインだったが掴んだ肩がアリアの体からボロリと崩れ、それによりアリアの両腕が床に落ちて砕け散り、床の上に小さな砂山を作る。



 「あ、ああ……!アリア、アリアすみません!!痛いですよね?!」



 錯乱状態に陥りかけているレインは僅かに残っている腕を拾い上げ、アリアの体に戻そうと押し付けるが腕は戻らず、触れた所から更にボロボロと崩れていく。



 「そんなっ!戻れ!戻ってくれ!誰か!誰かアバ様を呼んできてくれ!!」



 レインの声に部屋の外の廊下から足音が離れて行った。

 本格的に足も崩れてきたアリアの体はゆっくりとその高さを失っていく。

 触れた途端のその部分が崩れてしまうためアリアの体に触れられないレインは、アリアの高さに合わせて膝を着く事しか出来ない。



 「アリア、アリア……!もう少しです、もう少しでアバ様が来ます。時の精霊ノーアなら時間を戻してアリアを救う事ができます!それまで何とか耐えて下さい!」



 体がほぼ砂に置き換わっていた段階でとうに触覚はアリアにはない。

 涙を流し、触れられない手を所在無さげに空に浮かしているレインを尻目に嫌いな人眼に触られる不快感に襲われる事がない安心感にアリアは瞼を閉じた。


 レインの持つ、アリアを見つめるその紫の目が不気味でたまらなかった。

 彼のアリアを呼び、話し掛けるその声が耳障りで仕方がなかった。

 無遠慮に、許可なく身体を触るその手が気持ち悪かった。

 彼の存在そのものが不愉快で仕方がなかった。


 そんな不快感の塊であるレインに体を開き、優しい言葉をかけ続け、まやかしの幸せを与え続けてきたのは、ずっと我慢してきたのは偏に今日この日のためだった。

 幸せであればそれだけこの男に絶望を与える事ができる。

 忌々しいが、アリアの手によって死ぬ事はこの男にとっては幸せの一部でしかないだろう。

 であれば、死よりも辛い精神的な苦痛を与えるしかない。


 この身体に受肉し、元の持ち主に全てを託された時アリアは決意した。

 例え、この命が果てようとも必ずかの邪悪に鉄槌を下す、と。

 あれがこうなってしまった一端は自分にある、であればその責任を果たすべきだ。

 その為の方法を考えていたアリアに天啓が訪れたのは部屋の乾燥で指が割れたと医者に説明された時だった。

 乾燥して水分が無くなって体が大地の様に割れるのならば、体から水分を抜いて砂にする事ができるのではないか。

 人間の体はその約7割が水分で出来ている。

 通常、その内2割が無くなると人間は生命の危機に晒される。

 だが、アリアは普通の人間では無かった。

 元精霊でヴァンのお陰で体内限定であれば精霊術を使用できる。

 そして尚且つ元体の持ち主のお陰でより緻密に、繊細に魔力を操作させることが可能になっていた。

 それらの条件が重なった結果、受肉した体が生命活動を停止する事が無い様に水分を魔力で補って無理矢理機能させ続ける事が可能となる。

 その考えに至ったアリアは消えてしまったこの身体の元の持ち主の魂に深く謝罪をする。

 全てを託されたとは言え、彼女を殺してまで得たこの肉体を再び殺す事になるのだから。


 アリアは少しずつ、少しずつ自身の精霊術で肉体から水分を抜いていき、レインにバレない様に体を変異させていった。

 その結果、自己回復と食事だけでは魔力の供給が追い付かなくなったアリアはレインから魔力を奪う事にした。

 性行為によって粘膜からレインの魔力を搾取していく。

 精霊と契約者の間では粘膜による供給方法は一番魔力の供給速度が速い事で知られており、主に早急な魔力供給が必要な時に用いられている。

 精霊ではなくなったアリアは当初この手段が使えるとは思っていなかったが、レインに抱かれていたある日、意識すれば受肉体でも相手から魔力を奪う事ができることに気が付き目的のために積極的に性行為に励む事にした。


 元々、歴代最高と呼ばれる程の豊富な魔力を持つレインはいつもより多少の魔力の減りがあっても気にも留めなかった。

 契約していた内の上位精霊の一体が受肉し、そちらに割いていた魔力の分余裕があったのもそうだが、アリアが積極的に自身を求める様になった喜びに気を取られたレインは魔力が少なくなる事による倦怠感を事後による倦怠感に勘違いをする。

 目論見通りに積極的になったアリアに喜んだレインは更に彼女を抱くようになった


 アリアは腹に宿った命さえ魔力の糧として扱い、医者に懐妊を悟らせるのに利用した後にはすぐさまその日の内にあっさりと体内で殺し、吸収した。

 毎日魔力の搾取を続けた結果質、量ともに歴代最高と呼ばれる魔力を持っているだけあってアリアの予想よりも早く肉体の変異は完了した。

 皮肉にもレインは愛を示す行為で自らの愛する者を死へと歩ませる事となる。

 今のアリアは波打ち際の砂山の様な物だ。

 波が押し寄せる度に砂山が崩れていくのと同じように僅かな振動や風が吹く度にサラサラと体が崩れていく。


 漸くだ、長かった地獄も終わり、漸く自分もヴァンと同じところへ行く事ができる。

 アリアの顔が綻んだ。



 「アリア?一体何を考えているんですか?お願いです!お願いですからせめて最後は最後は僕の事だけを考えて下さい……!」



 思わずと言った風にアリアの瞼をこじ開けようとレインの手が瞼に触れた途端にそこが崩壊し、伽藍洞になった。

 図らずしも以前に自らが言った行為を行う事となったが、それが招いた結果はレインが望んだモノとは真逆となる。

 これでアリアがレインの姿を見る機会は永遠に失われた。

 記憶に焼き付いているヴァンの笑顔を暗闇で思い浮かべる続けるアリアは邪魔が無くなった事に嬉しくなる。



 「ああ、ヴァン……!これで、貴方に会いに行ける!!」

 「アリア、その男の名を口にしないで下さい!!」



 例えそれが更なる崩壊を招くと分かっていても嫉妬をからくる身体に染み付いた衝動は止められない。

 他の男の、それも尤も憎い男の名前を口にしたアリアの口を塞ぐためにいつもの様に力強くアリアに口付けしようとしたがその肉体は既にその力を受け止められる耐久度は無い。

 その行為によって鼻から下、喉の部分までが消失した。

 これでアリアが最後に口にしたのはヴァンの事だと言う事実を覆せなくなった。

 足が完全に消え、遂にゆっくりと床に崩れていくアリア。

 横向きに倒れた事により床に触れた右の耳も崩れ、五感で残すは左耳の聴覚だけになった。



 「アリア……!嫌です!嫌だ!」



 四肢はとうに無く、身体は下腹部まで崩壊し、後頭部から額までが虚空となって徐々にそれが辛うじて残っている鼻から上の顔面を浸食していく。

 誰がどう見ても既に手遅れの段階にまで来ていた。

 そして必死にアリアをこの世に繋ぎ止めようとしていたレインも覆しようのないそれを漸く理解した。

 恐らくアリアが完全に崩壊してしまうまでにアバが間に合わないであろうことも。

 レインの瞳に仄暗い光が灯る。


 「この世界から消えてしまうのなら、せめて肉体は僕と一つに」



 そう呟いて泣きそうな顔で笑ったレインはその口を大きく開け、崩壊しているアリアの体に喰らい付いた。

 だが、その思いも空しく砂の様な見た目に反してにその肉体はただ空を咬んだ感触しかレインに伝えず、無情にも口中には何も残らない。

 サラサラとした砂の様に変異したアリアの体を咀嚼するのは容易では無いだろうし、あっという間に口中の水分が奪われ、飲み込み辛くなるだろう。

 内頬を歯で食い破って血を流してでも、アリアの肉体を嚥下して一つになろう。

 そう考えていたのに……。



 「そんな……これではアリアと一つになれない……!」



 悲痛な叫びが室内に響き渡る。

 せめて何か一つでも彼女の最期として残りたい。

 必死に考えたレインはアリアの五感で唯一、辛うじて残っている左耳に目を止めた。

 これ以上崩壊を早めない様に、アリアに触れない様にそっと耳元へ口を寄せる。



 「アリア、貴女は僕だけの物です、その身も心も存在も僕だけの為に存在している。他の誰の物でも無い、あの男の物なんかじゃない、僕だけの物だ!絶対に渡さない。例え、貴女が消失しようとも僕は絶対に諦めません、貴女をこの世界に再び取り返してみせる、だから待っていて下さい、アリア。必ず貴女を僕の元に戻してみせます。そして今度こそ一つになって幸せになりましょう」

 「レイン様、アバ様がご到着されました!」


 悍ましい執着の宣言をしていたレインだったが、アバの到着を知らせる従者の声を最後にとうとう残っていた左耳が消えるのを目撃し発狂する。


 アリアは静寂と暗闇の中に意識を漂わせた。

 自分と一つになりたいと肉体を貪られ様が最後として残りたいと思われようが最早アリアにとっては至極どうでもいい事だった。

 ヴァンに対する想いだけあればそれで満足だった。

 魂に刻まれたヴァンの愛の証である榛色の光を放つ左手を胸元で抱き締める。

 最後の最後だけは奪われる事なくこの大事な物を守り抜く事ができた。

 この光と共に消える事ができるのならば、アリアにはそれがこの上ない幸せに思えた。

 そして肉体と共に精神が消滅していく暗闇の中。



 「アリア」

 〔……ヴァン!〕



 アリアは確かに自分に向かって微笑みを向け、両手を広げるヴァンの姿を見た。

 その腕に飛び込み、しっかりと抱き合ったアリアから久しく浮かべなかった心からの満面の笑みがこぼれる。


 「ごめんな、一人にして」

 〔いいえ……いいえ! ヴァンはずっと私を守ってくれていたわ!!〕

 「役に立てて良かった。俺、アリアを待っていたんだ」

 〔嬉しい……!〕



 ヴァンは感涙するアリアの頬を優しい笑顔で撫ぜる。



 「これからはずっと一緒だ、愛してる、アリア」

 〔ええ!私も貴方をずっと愛しているわ、ヴァン!〕



 求め続けた最愛の人と生涯最後の口付けを交わした。

 アリアが完全に消失する際に目にしたのも、声を聞いたのも、抱き締めあったのも、口付けを交わしたのも、全て愛するヴァンとだった。

 この上ない幸福に包まれて二人は暗闇の中へと消えて行った。

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